#28 動く領土
(もしも過去に戻れたなら──)
恐らく元世界・異世界問わず、誰もがもしも話として妄想することだろう。
そして過去のどの時点に戻りたいかと問うたなら、学生の頃と答える者はかなり多いだろうとも。
灰色の青春を送り、あの時にもっと積極的になっていたらと悔やむことは枚挙に暇がない。
だからこそ俺は幸運だ。今度こそ充実した学生生活を送れるのだから……と信じたい。
そこは連邦西部国土で、今は帝国との国境界線上に近い場所に位置している。
山のような高さの位置に、広大な森山河を有し、独自の生態系が存在し、敷地内はおよそ2キロメートル四方に及んでいた。
──"ブゲン往路"と呼ばれる街道がある。
その街道沿いは年に一度だけそこを通る際に周辺一帯を注意さえしておけば、それ以外の時季は魔物が滅多に現れることのない安息の土地となる。
淡水が近い立地であれば自然と人が住み、次第に多くの営みが形作られ、やがて西部連邦に属する都市国家の一つとなった歴史がある。
そんな街道の真上に位置するのが、これから俺達が住み込みで通うことになる"学苑"であった。
「意外と揺れって感じないもんなんだな」
「相当ゆっくりみたいだからねぇ」
ヘリオとリーティアが先行し、軽やかに"坂道"を登っていく。
「これが"生き物"だなんて信じられない──」
「確かに、スケールがぶっ飛んでる」
ジェーンの言葉にベイリルは同意しつつ、背後を振り返って光景を眺めた。
太く長い尾が、街道にその先っぽを擦っているのだ。
否、実態はその逆であり──地面を均した結果として、今の街道ができあがったのである。
今まさに登っている途中の尾っぽの主は、学苑の敷地と同等の大きさ……つまり2キロメートルを越える超規格外の威容を誇る。
──"魔獣"と呼ばれる生物が異世界には存在する。
かつて神族が魔力の暴走により変異して魔族となり、暴走が止まらぬままだと精神性すら失った魔物と化す。
しかし極稀に魔物となってなお魔力を取り込み続けてなお生存した場合にのみ、魔獣と呼ばれる化物が誕生するという。
「魔物同様、魔獣ってのは理性がなく……ただただ衝動のままに破壊するらしいんだが」
「例外もあるみたいだね、この亀さんみたいに」
魔獣"ブゲンザンコウ"──その姿を形容するのであれば、背中に火山を背負った巨大陸亀とでも言えば良いだろうか。
常に地熱のような温暖な気候を保ち、甲羅は深い森に覆われる形で植生が実り、深い窪みには湖を湛えている。
そんな魔獣の上の大自然の中に動物や魔物までも住み着き、さらに人工的に作られた"ブゲン学苑"は存在しているのである。
(ファンタジー半端ねぇ……)
この"移動する火山"は少なくとも数百年に渡って──不必要な破壊はせず──ただたた西連邦領土内の同じ道をぐるぐる回っているらしい。
そして道中にはいくつも都市国家が成り立ち、学苑は転々と中継地としながら交易ばかりでなく"冒険者"稼業も請け負っていくのだとか。
学習と実地の両輪にて生徒を育む。時に危険も内包するが、それは異世界では常である。
(肉体御年にして12歳。日本でも昔なら元服なる齢なれば……多少の無茶も許されようというものだろう)
伊達にカルト教団にいたわけではない。
6年近く己を磨き続け、決して小さくない自己肯定感に満ちていた。
「到っ着ぅ!!」
「おぉーーー? なんだこりゃ」
俺達は登りきった先の学苑の正門をくぐると、さながら象徴のようにそびえる"石像の竜"に迎えられる。
巨大に鎮座こそしているが、別に"竜教団"を信仰しているというわけではなく……。
『これはただの飾りである。しかし未来ある若人は虚飾であることなかれ』
──と、単なる賑やかしと叱咤激励するような旨が明記された看板が、長い首から雑にぶら下げられていた。
俺はすぐ隣に立ててある、学苑の全体図を眺めながら思考を巡らせる。
(帝都幼年学校、王立ウィスマース魔術学院、皇国聖徒塾、そして……西連邦ブゲン学苑──)
帝国、王国、皇国、連邦の最高学府の名をつぶやきながら考える。
それらは世界でも数少ない教育機関の中において、トップに数えられるもの。
"帝都幼年学校"は軍の士官候補となる者を育てる学府で、帝国籍と法外な入学金も必要となる。
結果として帝国貴族などが自然と集まり、学業内容も軍事学に傾倒している。
"王立ウィスマース魔術学院"は推薦がなければ、入学が許されない学閥機関である。
才能顕著な者であれば王国籍も与えられるという利点もあるが、魔術のみに心血を捧げることになる。
"皇国聖徒塾"は聖騎士を目指す為の学府で、皇国籍がなくとも入学可能で規模も大きい。
聖騎士となる為に学べることは多岐に渡るものの、同時に皇国軍属となってしまう。
"ブゲン学苑"は他の学府と違って最も歴史古く、いずれの国家──連邦にすらも厳密には属していない。
創立当初から自由・自主を最上に置いて運営されていて、学苑自体が半ば独立した都市国家のような扱いという特殊な形態を今なお保持している。
(どれほどの権力者が創設したんだか……)
なぜだかココは非常に現代的と言える、前世の懐かしさすら覚える学苑であった。
国家・宗教・思想・種族・身分を問わない、多様な生徒に溢れる自由な校風。それは近代の価値観が成熟し、根付いている証。
学業の幅も他と比較にならないほど広範に渡り、一季ごとの単位取得制によって成り立つ大学キャンパスのようなシステム。
(他所の貴族階級の子弟なんかも一緒くたって話だからな──)
家督を受け継ぐ嫡男などは別として……以降に生まれた兄弟や、傍流あるいは落とし子といったのは珍しくもないらしい。
なにせワケありの家にとって、学苑は好悪どちらの意味でも態のいい場所になるのだろう。
生家では居場所がない者の流刑地代わりとなり、事情があって身を隠さねばならぬ者の拠点ともなる。
(だからこそ幅広い人脈を構築するにはもってこいだ)
多岐に渡る埋もれた人材を発掘するにあたって、ココ以上の場所は無いかも知れない。
例えば医療における四体液説など、育ちきった人間の固定観念や常識・理論というものを砕くというのは、並大抵のことではないのは歴史が証明している。
理屈が通ったとしても、必ずしも納得させられるとは限らない。
何故ならそれまで既存の理論でも不都合がないのだから比較して有力だとしてもわざわざ新しい概念を採用する必要性がないからだ。
だからこそまだこの世の常識や考え方に染まりきっていない、吸収力のある若き才能というものは大切であり……学生という立場は利用して然るべきである。
(そして……思想や文化を広めるって意味でもな──)
俺は心の中で暗く邪悪な笑みを浮かべた。
各国の社会や他種族の文化や価値観を身をもって知り、応じた計画を立てることができる。
(この学苑は"文明回華"のモデルケースになる)
大きな事業を成す為に、ぶっつけ本番などは可能な限り避けたかった。
まずは小規模でもいいから、とりあえずやってみること。学苑を試金石にしてしまおうという目論見。
学部は国家であり、各派閥は都市などにそれぞれ見立てることができる。
種族差はそのまま差別問題を含めて、小さい世界に生きる人々と見て取れる。
そこで小出しにした現代知識や文化が、人々にどのような影響を与えていくことになるのか。
権威や種族が持つ価値観や宗教問題まで、生徒達がどう変質していくかをデータとして積算できる。
フィードバックするにあたってそれはたった一つのサンプルに過ぎなくても、何も無いよりはずっとマシなのである。
繋いだ人脈と、見出した才能と、布教した文化や思想と──種を撒く。
それらは今後、文明を発展させていく土台になる。必ずや近い未来に、大きな力として役立ってくれるに違いない。
曰く──"知識という巨人の肩に乗った矮人"。
先人が累積し続けた集合叡智の高みがあってこそ、小さき人間はより遠くの景色──地平を望み、新たな発見ができるという格言である。
(まさしく今の俺だ)
決して自分の力というわけではなく、地球の現代知識という一際大きな巨人の上で踊っているだけの道化のようなもの。
大量生産された書物などで知識の継承が確立されてない、大地から空を飛ぼうとしている異世界の人々。
彼らをより早く、より多く、その肩まで引っ張り上げて……地平線の彼方の先の先まで見通してもらおう。
(そこがスタートライン、ここから文明を大きく進歩させる布石とす──)
基盤を構築する為に必要なこと、そして微力ながらこの俺がやれることである。
(そう……他の生物と違い、知的生命たる人類だけが歴史を持つ)
幾重・幾世代に渡って──積み重ね、学ぶ。
時に対話し、対立し、競い合うことで進化してきたのだ。
(それに学生ライフを純粋にエンジョイしたいしな)
肉体的に子供として育ってきて、精神性もまた童心に返って感性が若い段階で学ぶこと交わることは、俺という個人の成長にとって大きな利点であろう。
"イアモン宗道団"で過ごした中でセイマールから多くを学んだものの、かなりの偏りがあるに違いなく。
体系化されたモノを新たにしっかりと学び、今後の為に備えておくのは有意義なことだ。
二度目の人生なのだから、そもそも楽しまないと意味がない。
惨劇だの奴隷だのカルトだのはもうたくさんだ。鬱憤は思い切り発散するに限る。
「さて、主要学部は三つ……」
「戦技部だな」
「それと魔術部」
「あと専門部ぅ~」
俺は改まる形で姉、兄、妹を見つめる。これはみんなにとっても良い機会だ。
「さて、ここからは別々だな」
カルト下の共同寮生活とは大いに違う環境。
同年代の多くの者達と交友を深め、より高みへと成長をうながしてくれる。
家族とはまた別の新たな世界、新たなコミュニティを構築して見識を広げていける。
「私としては少し寂しいな……」
「どうせ毎日会えんだろ、部活? だかなんだかで」
いつでもどこでも常に一緒──という期間は終わりだが、部活を作ってそこで会えるようにする。
有望な人材を囲い込んでおく為に。あるいはそれが前身となるかも知れない。
「そいえば、ベイリル兄ィってどの学部か決めてるの?」
「いや俺はまだ決めてない、じっくりと吟味するつもりだ。猶予期間の内にな」
自由過ぎるゆえに決めかねる。大事なのはバランスだ、何事も按配によって回っていく。
(学生を楽しむ、基盤を整える。両方やらなくっちゃあならないのが、今の俺の悩ましいところだな)
新章です。キャラが一気に増えるので、煩雑な面もあるかも知れません。
なるべくキャラ立てはおこなっていきますが、今はまだ漠然としていても問題はありません。
今後の下地作りとして必要な部分でもありますので、どうぞお付き合いください。




