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#369 転生者 I

「そして三つ、君はもしかして転生者?」


 俺はスミレがゆったりと呼吸できるよう、周辺の大気を調整しつつ……彼女が落ち着くまで待つ。


「──財団は悪くない……?」

「ああ、そうだ」

「うん、わたしも……あれから調べた。たし……かに、良いことのほうがずっと多かったけど。ティータちゃんも……そこにいるの?」

「いるよ。初期からの所属してくれていて、財団のために色々なモノを作ってくれている」

「……元気にしてる?」

「もちろん、会いたいならすぐにでも会えるさ」


 俺はスミレ(かのじょ)(さと)すように会話を重ねていく。



「それと……てん、せい……わたしの──名前……」

「ベロニカ、地球(Earth)からきた? 英語(English)はわかるかな?」

「うん、英語わかる……わたしはロシア人(Russian)だけど」

「ロシア! なるほど、ちなみに俺は日本人(Japanese)

「あなたも……転生したの?」


「そう、だから俺と君だけの仲なんだ」


 無垢な瞳が俺の碧眼と交差する。ようやくまともに話せる同郷(・・・・・・・・・)を得られたことは、素直に嬉しく思う。


「わたしだけじゃなかったんだ……。ねぇグルシ……ベイリル? あなたの前の名前って?」

「前世の名前は捨てたから、ベイリルでいい。ただまぁ、積もる話はここを脱出してからにしよう」



「──……そうだった! わたしなんでまだここに!? 今っていつ!?」


 ハッと我に返ったようなスミレは、あらためて周囲を見回す。


「湿季は第八週の二日だ」

「うそ……もうすぐ凡庸季!?」

「いつからいたんだ」

「えっと……多分丸々一季くらいは……」

「なんでまた」

「それがあんまり覚えてなくって……、最後の記憶は──浮遊石の上に寝てたと思う」


(運悪く、神獣の進行上にいたってとこか)


「もう息苦しくてわけわからなくって、でもなんか生物っぽくて……あと魔力かなりなくなってて、排泄されるのを覚悟で"拒絶"したの。あっ、拒絶っていうのはね──」

「"魔導"だろう、概念を付与するやつ。拒絶と言うからには、呼吸や水分といったあらゆる変化を停滞させてたってとこか」


 冷凍睡眠(コールドスリープ)低体温維持睡眠(ハイバネーション)よろしく、最低限の状態で眠るように生きていたといったところだろう。

 魔導一つで簡単にやってのけてしまうのは、レドの"存在の足し引き"に負けず劣らずのトンデモ性能と言える。



「なんで知ってるのォ!?」

「いや皇都で戦った時に身をもって思い知らされたし、あんだけ何度も使えばおおよそ察しがつくってもんだ」

「むむむ……」

「ちなみにここは神獣と呼ばれる、神領より皇国が借り受けている神聖な獣の体内だ。排泄機能はなんか無いっぽいから、俺が助けなきゃ何百か何千か……あるいは何万年後に目覚めていたかもな」


 しれっと俺は脅すように恩を強調し、スミレの血の気がサーッと引いていく。


「うぅ……ありがと」

「どういたしまして、ただ必要以上に恐縮する必要もない。地球という同じ故郷を持つ者同士、ましてティータの幼馴染を無下にはできん」


 俺は柔和な笑みを浮かべつつ、ベルトバッグの小瓶の中から黄スライムカプセルを取り出して、スミレへと投げ渡す。



「なにこれ?」

「シップスクラーク財団が開発した"スライムカプセル"という経口摂取薬だ」

「えぇ……スライムぅ?」

「……まぁ、転生者ならそういう反応になるわな。でも治験を重ねて実用化されている安全なものだ」


 心中で「神族以外は」と俺は付け足す。もっともみなまで言う必要はなく、彼女が鳥人族なのは見た目からも明らかだった。


「ちなみにその黄色は完全栄養カロリー食。腹はさほど膨れた気はしないがエネルギー補給は無類だ、ハチミツ風味」

「へぇ~……それじゃ、いただきます」


 スミレは両手を合わせて一礼する。ロシアでも日本のような文化があるのかは知らないが、非常に行儀が良く感じるのだった。



「すっごく(あん)ぁ~~~い、っていうかグミだこれ! ほんっとおいしい!!」

「そいつは何より。まぁこの手のお菓子なんて、こっちの世界にはさほど流通してないものだからな」

「あのー余ってたらもう一個……とか?」

「欲しがりだな。ただそれ一つで、巨漢戦士一人の三日分に相当するカロリーだぞ」

「うっ……じゃあやめとく」

「他にも色々なお菓子は財団で作っているから、ティータに会いに行くついでに食べればいいさ」


 俺はスミレを是が非でも財団に引き込めるよう、遠まわしに利点(メリット)を提示する。


「そっか! シップスクラーク財団ってもしかしてあなたが作ったんだ?」

「ん、まぁそうだ」

「美味しいものを食べる為に!」

「食欲だけじゃあないが……未知で過酷な世界でも欲得ずくで生きやすく、ってのはあながち間違いではない」



 実際に地球料理の再現のみならず、異世界ならではの食材と調理によって開拓される美食もある。

 そして何よりもハーフエルフとして味覚も優れるので、食の楽しみが非常に大きいウェイトを占めるのは否定できない。


「良かったら、スミレも財団員にならないか?」

「えっ? んん~~~……助けてもらった恩はあるし、ティータちゃんと働くのも悪くないけど──」

「まだ俺達が悪の組織だと?」

「そうじゃなくって、わたしにはわたしのやりたいこと──生きる道があって……」


「具体的には?」

「この世の悪を断罪すること」


(だから皇都ではやたらと突っかかられたわけか)


「わたしが異世界(こっち)に転生して来た意味……使命だと確信してる。なんでわざわざ、わたしだけが……あっいや今は、ベイリル(あなた)もいるけど」

「とても長生きの大先輩から聞くに、過去にも転生者は何人もいたみたいだが──同時代に複数現れるのは非常に(まれ)らしい」


「へぇ~、そうなんだ。だったらなおさらだよ、乱れた世界をわたしだけでも正す。その為に(ちから)があるんだから」



(……危ういな)


 俺は素直にそう思った。スミレの思い込みの強い感情、それはひとたび方向性を間違えれば──彼女の信念とは逆の結果をもたらしかねない。


「立派な(こころざし)だとは思う、人の為に、身を()にして、己を捧げるってのは簡単なことじゃない」

「ありがと。でもなんか含みがあるっぽ?」

「いいや、大いに結構だと思う。ただし一人でやるには限界がある、だから俺は組織ひいては企業を作ったんだ」 


「もしかして世界平和を目指しているの?」

「それも少し違う。結果的に世界が安定するというだけで、シップスクラーク財団とフリーマギエンスが目指すのは誰もが上を向く世界(・・・・・・・・・)だ」

「うえ?」

「すなわち宇宙、魔導と科学の果て──人類(みな)が上を目指して"進化"し、生存圏を広げて繁栄し、新しいものを次々と生む螺旋(スパイラル)

「大それてる!!」


「まぁこれはオルゴール付属の"小星典"にも書かれてないし、財団内でも宇宙を認知できる人間しか理解できないからな」


 真っ直ぐスミレの瞳を見据え、真摯(しんし)な表情で勧誘をかける。



「だからこそ……君には財団と協力して、共に歩んでほしいと思っている」

「でも聞いてる限り、わたしが目指すのとはちょっと違ってて……」


「誤解しないで聞いてもらいたいんだが」

「……?」


「財団は悪人を排斥(はいせき)するというわけじゃない。コミュニティや社会が大きくなるほど必ず一定数が存在し、手段の一つとしてそれを容認する場合もある。

 君主論(マキャベリズム)の基本たる、特定多数の幸福の為に不特定少数を見捨てることも必要とあれば辞さないし、慈善事業もやっているがそれ以上に開発と発展に多くの労働力を割いている」


「うん、そんなの聞いちゃうとやっぱりわたしには──」


 俺はスミレが断る前に、その口を封じるように言葉を被せる。


「そういう時に財団の大きな手から(こぼ)れ出てしまった分を、スミレ(きみ)(すく)い、(すく)い上げてくれたらなと思っている」

「えっ……?」


 そう──人類世界の救世主──五英傑は"折れぬ鋼の"のように、財団内における救世主(メシア)としての資質が彼女にはあるのだと。



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