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#368 神獣 II


「無事、侵入──っと」


 俺は魔術によって小さい光球を作り出して、潜り込んだ体内を照らす。


外見(そとみ)は神聖な獣でも……さすがに内部は気持ち悪いな)


 極彩色の筋繊維っぽいものが躍動し、組織液が足元でぬめぬめと流れる。

 "六重(むつえ)風皮膜"がなければ悪臭に感覚や粘膜がやられ、呼吸するのも一苦労だろう。



「まっ今頃はキャシーやフラウたちも迷宮攻略(ダンジョンアタック)している頃だろうし、そこはかとなくシンパシー」


 ワーム迷宮内の多くは、"無二たる"カエジウスの手によって大幅改造されたものであったが……ワームの胎内そのままのような階層もあった。


「慣ーれーたーモ~ノ~」


 その場でドンッと足を踏み抜いて音波を放ち、"反響定位(エコーロケーション)"で神獣の体内構造をざっくりと把握する。


(なんだァ……?)


 跳ね返ってきた音響から()るに、明らかに普通の生物とは(こと)なっていた。

 自分はてっきり食道らへんにいるのかと思っていたが……どうやら胃腸に値する部分も存在しないっぽい。


 ワームのように体内全てが消化器官のような──というわけでもなく、一体どうやってこれほどの巨体を動かしているのだろうか。



(かすみ)ならぬ魔力だけ食って生きられたりすんのかね……とりあえず何か変な反響をした、やたら広い空間を目指してみるか)


 俺は赤外線視力も駆使しながら、頼りない光だけで内部を進む。

 時折、外の援護になるよう"音空波"を叩き込んでダメージを与えながら──頭の中でマップとルートを構築していく。


 神獣の行動を阻害できるだけの適度な破壊と、同時に生体資源となりうる素材の探索。


「ん──ぬんッ!」


 俺は収縮し閉じている肉をこじ開けて強引に通り抜けると、広い空間へと踊り出た。


「ここで音を反響・増幅させて、さっきの超音波を(はな)ったんかな」


 そこは巨大な一個の肺臓のようで、普通に発声しているだけでも音が非常によく響く。

 まるで葦畑(あしばたけ)を思わせるほどに、ビッシリと腰元近くの高さまで繊毛(せんもう)がそこら中に生えていて……。

 ──そして、俺はすぐに違和感に気付く。



(……魔力が"枯渇"してるか)


 それは大監獄でも味わっていたからこそ、すぐに理解できたことだった。周囲にあるはずの魔力がまったく存在していない。

 ひとたび体内貯留魔力を使い切ってしまえば、自力で脱出することは不可能になるだろう。


「ふ~むふむふむ、これは──」


 俺はブチッと引き抜いた一本の繊毛を観察する。

 折り曲げてみたり、匂いを嗅いでみたり、引っ張ってみるとなかなかに強度もある。

 何よりも魔力を通してみると、良質の魔鋼を思わせるほど魔力導通性が良い。


「使えるな」


 ニィと笑って収穫物を喜ぶ。具体的にどうこうというわけではないが、シップスクラーク財団の魔導科学があれば何かしらの用途を見出せるだろうと。


(毛……いやクジラだからヒゲとでもしておこうか、神獣(ひげ)


 俺はブチブチとそこら中から引き抜きまくり、(かた)で抱えられるくらいの一束(ひとたば)を作る。


「しかも(かっる)いな……こんだけ束ねても羽根みたいだ」


 どうやって持ち帰るべきかも考えながら、俺はせっせと髭束(ヒゲたば)の量産作業に従事する。

 日にちを掛けて何度も往復するか、それとも体内から大穴を穿(うが)って投下して回収するか。



 ──ともすると、何百回目かの引き抜きから……爪先(つまさき)にコツンと当たるものがあった。


(んん……?)


 俺は"それ"を拾い上げると……とても見覚えのある"オルゴール"であった。

 シップスクラーク財団が生産する、底に"小星典"が入るギミック付きのオルゴール。

 実際にゼンマイを巻いて(フタ)を開けてみると、聞き慣れたメロディーが──さながらコンサートホールで演奏されているかのように──響き渡る。


「なんでここにある……?」


 何かを感じ取った俺は大きく息を吸い、呼吸を止めてから"風皮膜"を一度解除する。

 そして"天眼"状態へと入り、周囲の環境を掌握した。


 枯渇した魔力空間内において、新たに会得した"魔力色覚"が……ひときわ濃い"紫色"の人型(・・)を共感覚として(とら)える。

 同時にわずかばかりだが体温があり、呼吸も小さく死んでないことがわかる。



「ふゥー……──まじか」


 俺は再び"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)いながら、一足飛びに近付く。

 そこにはどこぞの見知らぬ他人──ではなく、茶色い髪を二つ結びにした黒翼の鳥人族の女が、ヒゲ畑に(うず)もれて眼を閉じていた。


「なんっつー偶然だよ」


 俺は彼女を知っている。なんなら喧嘩を売られて、一戦(まじ)えた仲であった。

 そしてティータの幼馴染であり……同時に──俺や"血文字(ブラッドサイン)"と同じ──"異世界転生者"の可能性を持つ人間。


「"スミレ"! おい、起きろ!!」


 こんな環境下にあっても衰弱してはいないようで、本当にただ静かに()るといった様子であった。

 何度か体を揺さぶってみるが、うんともすんとも言わない。このまま連れて帰ってもいいが、俺は一つだけ試してみる。


「……"ベロニカ"、今すぐ眼を開けるんだ」



 それはティータから聞いていた、幼少期に彼女が前世の真名(まな)として名乗っていたらしい名前を呼ぶ。


「あ……うっ──? わたし……んん?」


 ゆっくりと見開かれた瞳はキョロキョロと、数秒ほどして俺を見つめてくる。


「あなた、どこかで……え~~~っと──ああ!! あの時の賊!! たしかグルシア!!」

「いや、俺の名前はベイリル。ベイリル・モーガニトと言う」

「えっ? そうなの? でもその顔……暗いからわかりにくくて、人違いだったかも。ごめんなさい」


 なんとはなしに流れを誤魔化せたものの、彼女に対しては誠実にいくべきだと判断する。


「いや見間違いではないよ、俺の名前がグルシアじゃなくてベイリルってだけだ」

「へぇ~そうな……、ん?」

「皇都でちょっと戦ってオルゴールを渡したグルシアってのは偽名ってこと」



 バッと素早くその場に立ち上がったスミレは、キッと俺を睨んで腰元へと手を伸ばし──何度も(くう)を切る。


「……!? 傘! わたしの番傘がない!! せっかく高いお金払って修理したのに!!」

「オルゴールはあったけどな、ちゃんと持っていてくれたようで安心したよ。おかげで君を見つけられた」


 俺は無防備にスミレへと近付くと、その手にオルゴールを握らせる。


「ちょっ……気安い!!」

「まぁそう言うなってスミレちゃん、俺と君の仲だろう?」

「そんなの、ないから!!」


 スミレはキッと睨みつけて、魔力圧が研ぎ澄まされていくのを感じる。


「それがあると思うんだよな。番傘ならまたティータに作ってもらえばいい、ベロニカさん(・・・・・・)



 そう俺が踏み込むと、スミレは呆気に取られた顔を晒す。


「なん……で──? そういえば……さっきも起こされた時に聞こえた……わたしの……」

「一つ、シップスクラーク財団は決して悪い秘密結社ではありません」


 俺は指折り見えるように数える。


「二つ、君の幼馴染のティータは財団員で、俺は友人として君の真名とやらを聞いた」


 スミレが俺の発した言葉を理解しきる前に、最後まで畳み掛ける。


「そして三つ、君はもしかして転生者(・・・・・・・・)?」


 数秒、数十秒、数分と──時間は過ぎていく。俺は静かに周辺の空気を集めて、彼女が冷静に状況把握できるよう(つと)めるのだった。




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