#366 参陣
シップスクラーク財団が保有してる魔術具は、実に多用途に揃ってきている。
筆頭開発のリーティアをはじめとして、数多くの人材が積み上げてきた成果。
とはいえ市場に出すには生産性や費用の問題、あるいは能力の安定性に難ありだったりと、お蔵入りされている物品も数少なくない。
かつてワーム迷宮をショートカット攻略に使用した"大型穿孔錐"もその一つであった。
そんな訳アリな品々を割かし自由に利用できるのもまた、俺の強みであったりもする。
主戦場より北東にて、深い森の中に──絶妙に隠され、微妙に目立つ──岩で形作られた高さ十数メートルの"斜塔"。
見る者には練度の足りてない地属魔術士が作ったような、出来損ないを思わせることだろう。
しかしそれは皇国軍に対する適度なアピールの為のあえての造形でもあり、その地下空間には地上建ての何十倍という規模の資材保管庫とプチ監獄とが備わっていた。
全部がぜんぶ突貫工事ながら、持ち運べる範囲であらゆるツールと魔術を総動員して作り上げたモノ。
現代の建築基準法からすればメチャクチャだろうが、魔術具によって最低限の補強をしてあり、戦争中だけ保たせるには十分な作り。
仮に地上部が潰れたところで、集めた面子の強度からすれば大怪我するようなこともない。
(はてさて、どこまでいける──?)
夜半、俺は斜塔の頂上に腰掛けつつ……開戦直後の昼間のことと、これから先の戦争の行方とさらなる展望に思いを致すのだった。
◆
「──……最初だけ、ですか」
前線基地の天幕にて、俺は改めて"戦帝"バルドゥル・レーヴェンタールに呼び出されていた。
彼は武具を伴の者に磨かせている横で、高級そうなワインを煽るように飲みながら盤上を眺めつつ、同時に俺との会話を並行する。
「そうだ、モーガニト。オマエの労力むなしく、竜は盟約とやらが殊のほか大切なようだ」
「はい、私も赤竜殿と話している中で強く感じました。長命ゆえの考え方もあるのでしょうが……」
「だろうな。もっともオレとて帝国を統べる者として、そうした価値観を否定はしないし、連中の言い分も理解できる」
「穏便に済むのであれば──私も気掛っていたモノが解消されます」
「伯爵風情が生意気な……いや、まだ若いからこそ感情的というものか。なんにしても結果的に竜騎士が来なくとも、オマエの功績は変わらないから安心するがいい」
召使いにワインをつがせ、コツコツと盤上の駒を動かしていく。
どうやら竜騎士はその運用に透明性を得るまでは、戦争に参陣しないということが正式に決定されたようだった。
赤竜と宰相ヴァナディスとの間でどのようなやり取りがあったかはわからないが、帝国本国側もそれを受け入れた様子である。
「だが最初だけ、オマエの力を借りたいと思ってな」
「本来竜騎士が担うはずだった空戦部隊の穴を、埋めろと仰るわけですか」
「そういうことだ。不服があれば、一応聞いてやる」
想定していないわけではなかった。
連係巧みな竜騎士編隊の代替までできるとは思っていないが、何らかの形でお鉢が回ってくるのではないかと。
領地を下賜された貴族の義務であり、いくら遊撃の自由を与えられようと指揮系統のトップには従わねばならない。
「いえ、特には……強いて言わせていただきますと、まともに空戦できるのは私だけですので、他の者は自由でも構わないでしょうか」
拠点の構築こそほぼ終わってはいるものの、だからって傭兵らを余計な任務に引っ張り出す必要性もない。
「与えられた負担を他者に分配するか、オマエ一人で背負うかは好きにしろ。結果さえ出すのであれば文句はない」
空戦は俺の領分であり、帝国軍として戦うのもまた役割である。
ゆえに他の面子にはそれぞれの役割を全うしてもらう。
「無論、竜騎士どもは最初から来ない前提での準備を進めていたのだがな。本来であればオマエは、敵が"宝刀"を複数抜いた場合にのみ招集くらいだったであろうな」
「なにか不確定要素があったのでしょうか」
「"神獣"が確認された」
「……神獣」
俺は呟くようにその名を繰り返して、記憶の中から引っ張り出す。
「知らぬか、モーガニト」
「いえ風聞くらいは……神族から貸し与えられたという聖なる獣──空飛ぶ"巨鯨"」
実際には元神族であるサルヴァ・イオから聞き及んでいて、俺は一般に知られていない詳細についても既知であったが……あくまで噂を知っている程度に留めておく。
神領を守護せし大巨人、"神人ヘクタカイン"──
土地に眠って魔力の恵みをもたらしているという被隷属の竜、"神竜ラガ"──
(そして……過去に移動手段として用いられたという"神獣モーヴィック"──)
天然の飛空生物要塞とでも言えばいいのだろうか、普段は皇国内を回遊していてその大空を守護しているのだという神獣。
神族のほとんどが神領に引きこもっている現在では無用の長物の為、皇国に貸し与えていると思われる。
(地球史においてもクジラは肉に骨歯に脂に至るまで、その体は余すことなく高級資源の宝庫だった)
もしも仕留めて丸ごと持ち帰れたら、財団にとって凄まじい利益となりうるだろうが、帝国軍の手前さすがに不可能なのが惜しい。
「そうか、知っているのならば話が早い」
「見たことはありませんが」
「オレですら三度ほどくらいしか、かち合ったことはない。それも直接見たのは一度きりだ」
「戦場に出てくるのはよほど珍しいと?」
「皇国の連中も、神領から借り受けている以上は無茶な運用はしにくいのだろうがな。ただひとたび現れると……あの神獣は卵を産むのだ」
(クジラなのに卵……? いや外見が似ているだけで、生物種としては別モノに決まっているか)
魔獣メキリヴナも巨大なヤドカリのようでいて……その体内構造と、もたらされる資源は未知に溢れていたように。
「卵からは小さな鯨が産まれ、これがまた数が多くなかなかに厄介。空戦部隊の機動力が大きく削がれる要因となってしまうわけだ」
「陛下ご自身が"伝家の宝刀"である以上、向こうも即座に抜いてきたというわけですか」
「フンッ、オレとてこれほどの規模の軍勢であれば、自ら前線に出るのは詰めの段階となるがな。大軍には大軍なりの用兵と妙味を楽しまねばならん」
戦闘狂ではなく、戦争狂というのがよくわかる──らしい言葉であった。
「では皇国は初手から……なりふり構っていないというわけですか」
「別に珍しいことでもない。特に皇国側は今回、奇襲される形となるわけだからな。時間を稼ぐ為に大駒を並べて迎え討つも、ままあること」
すると戦帝バルドゥルは一つの駒を、覆い隠すように掌中へ握り込んだ。
「一番銛の名誉が欲しくば、気張れよモーガニト」
「謹んで承りました。巨鯨に痛撃を与えつつ生み出す小鯨の群れを露払いをし、他の部隊が円滑に動けるよう──」
話し途中で、バギッと破損した音が天幕内に木霊する。
「なんなら粉砕して構わん、そうだろう"円卓殺し"よ」
俺へと視線を向けた戦帝の手の平から、砂混じりの駒の欠片がサラサラと地面へ落とされていく。
「……さすがに"巨鯨殺し"の異名は皇国より恨まれそうなので、可能だったとしても遠慮したいところです」
「ハッハッハッハ! まあ巨鯨を殺し切れるのは世界でもそうはいない」
(そう言われてしまうと試したくなるのは……度し難い性ってもんだな)
俺も異世界に来て強くなった。世界でも少なくとも100指くらいには入れるだろう。
相性と状況次第では上位の大物も十分に喰えるに違いない。
「五日……いや四日ほど引き付けておけば見込みとしては十分。以降は連絡なしで遊撃に戻ってよい」
「御意に」
「存分に励め、下がっていいぞ」
俺はその場から一歩だけ下がってから帝国軍式の敬礼をし、帝王の天幕より去るのだった。




