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異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~  作者: さきばめ
第六部 権謀うずまく帝国動乱 1章「帝国と竜」
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#362 赤竜 II


『──帝国は、忘れているのだ』

「忘れている……?」


(われ)らが()わした"盟約"とは対等(・・)であった。しかしヤツらはそれを忘れている──それだけ時間が経ったということでもあるが』

「帝国側に非がある、と」


 語り出した赤竜に対し、俺は水を差さない程度に相槌(あいづち)を打っていく。



『そもそもの発端は、まさしくライマーであった』


 俺はつい先刻まで話題にあがっていた人物の名に眉をひそめる。


『モーガニト、貴様はライマーが捕まっていた理由は聞いているか』

「えぇはい……確か皇国への秘匿任務の最中に、駆っていた火竜を失い捕まった──」


『そうだ、竜騎士は帝国が自由に使っていいものではない。まして知らされぬ特務などもっての他だ』

「あくまで契約関係、互いの合意があってこその軍事運用というわけですね」


『かつての盟約を(ないがし)ろにするのであれば、こちらも応じる(いわ)れは無い。まして木っ端をよこし、軍を供出しろなどと』

「なるほど……だから今までの特使は、漏れなく門前払いを喰らっていたわけですか」


『貴様も本来であればそうであったことを忘れるな』

「やはり(えにし)は大事であり、恩は売っておくものですね」


 雰囲気を感じ取りながら、俺はギリギリのラインを攻めてそう言った。



「では盟約の細かい内容についてはともかく、さしあたって赤竜殿(どの)の主張は理解しました。同時に帝国へ訴えるべきは、"立場ある者をよこし会談を設ける"ということで……?」

『ライマーがあたった特務、当時の誰が命じたのか──指揮系統が曖昧なまま判然としない。責任と(とが)を無視する限り、(われ)らは一切の協力を拒絶する』

「了解しました、その(むね)もしっかりと調査するよう伝えます」


『──"ヴァナディス"、今も健在なのだろうな』

「"帝国宰相"ですか? 戦前の決起会でもお見掛けしましたが……」

『ヤツをよこさせろ』

「……はい、わかりました。名指しであることも、しかと聞き届けてもらいます」


 帝国宰相を引っ張り出せとはとんでもない要求ではあるが、赤竜ともなればそれ以上の存在なのも確かである。



 一つ、会話が終着したところで──赤竜は気まぐれるように吐き出す。


『ヴァナディスは……かつて同志であった』

「……はい? 同志、ですか?」

『ヤツが忘れているとは思いたくないものだ』


「それは盟約についてでしょうか、詳しくお尋ねしても……?」


 赤竜がどこか話したがってるのを察して、俺はそう続ける。


『聞きたいか』

「昔話……いえ歴史は好きです。イシュトさんや緑竜(グリストゥム)殿(どの)にも、創世時代について聞いてます」


『よかろう、少し長くなるぞ』

「手ぶらで帰ることも無くなりましたので、時間はいくらでも」



 そうして赤竜の口から語られるは、帝国建国時の話であった。


『一人が平等な世界を夢見た、一人が呼応して独立を求め──そしてもう一人が大いなる(ちから)を求めた』

「もしやその内の一人が、帝国宰相……?」


『ヴァナディス、そうだ。ヤツが最初に誰もが笑って暮らせる国を目指した。そして人族の男がそれに賛同した」

「人族……であれば、初代帝王」


 俺は学んだ帝国史と照らし合わせながら、当時生きていた本人の(げん)に耳を傾ける。


『そうだ、そして最後に実現の為の(ちから)を欲した獣人──(のち)に"燃ゆる足跡"と呼ばれた』

「あっ……赤竜の加護を与えられたのがその人だったわけですか──」


 思わぬ話の展開に、俺のテンションが熱を上げていく。

 あるいは赤竜は被加護者について、俺が知りたがっていたからこそ……こうして昔話をしてくれているのかも知れない。



『炎熱を前にして倒れながらも、一人立ち上がったあやつに(われ)は問うた。そこに"竜の居場所はあるのか"と。ヤツは力強(ちからづよ)く言い放った、"もちろんある"と』


(尋常ならざる胆力だな……だからこそ赤竜に認められるだけの器だったわけか)


 "燃ゆる足跡"──赤の加護を受けし英雄譚。


()()いていたわけではないが、ヒトの美しさと可能性を垣間見(かいま)(われ)はそれに懸けることにした』

(とうと)い考え方だと思います」

『そして加護を与えられただけでは満足せず、ヤツはあろうことか(われ)自身にも参加するよう持ち掛けた。自らの居場所は自らで勝ち取ってこそ、最高の価値があるなどと抜かした』

「……その言葉に、かつて神族との戦争(いくさ)をしていた頃を思い出させられ奮起したと?」


『黙れ、我が心の(うち)を好き勝手に推し測ることは許さん』

「失礼しました」


 七色竜は"人化"して新たな社会に適応したとは言っても、竜種そのものは敗北者である。

 生きる土地を追われた無念。それが長い年月を掛けてはたして風化していたのかどうかは、赤竜本人にしかわからない。



『四人、そう……たった四人から始めた──』


 赤竜はとうとうと物語にして歴史を語るのだった。





『──そうして遂に帝国の独立は()った。レーヴェンタールが王となり、ヴァナディスが支え、(われ)は領地を……そして"燃ゆる足跡(ヤツ)"は世界を巡った』

「"燃ゆる足跡"は、築き上げた新たな国の行く末を見ずに旅立ったのですか?」


『違うな。ヤツは仲間に(たく)すとともに、今度は世界中に溢れる(しいた)げられた種族へと目を向け、多くを救い、国へ集めることにしたのだ。そも"燃ゆる足跡"と呼ばれるようになったのもその後だ』

「だから(わたし)の知る限り、帝国史には彼の名前が無かったわけですね」


 カリスマ性に(ひい)で、上に立つことに慣れていたレーヴェンタールが初代帝王となった。

 一方で実務能力に(すぐ)れたヴァナディスが直近補佐である、(のち)の宰相として末永く見守り続けた。

 加護による炎熱を自在に操った彼が残した功績と、通ってきた道こそが……"燃ゆる足跡"となった。

 

「それで赤竜殿(どの)は……当時はまだ連邦もなく、不安定だった魔領の境界付近に居を構えて、(にら)みを()かせたわけですか」

『……モノのついでだ。まがりなりにも(われ)も協力して作り上げた国を、苦労も知らぬ身勝手な連中に蹂躙されるなど我慢ならん』



(っははは──)


 俺は声には出さず心の中で笑いながら、赤竜は本当に人が大好きなのだと実感させられた。

 大義と理想を現実のものとした多種族国家たる帝国は、長き歴史の中にあっても……その本質だけは失うことなく継承し続けたのだ。


「とても実りある歴史をありがとうございました」


 改まって俺は頭を下げてお礼を述べる。長命の語り手だからこそ聞ける、歴史の一面はとてつもなく有意義なものだった。


『これで一端(いったん)を知っただろう、今の帝国は盟約を(ないがし)ろにしているということも。平等にして対等、どの種にあっても公正であることが大原則であったということを』

「はい──信義に(もと)る行為は、きちんと弾劾(だんがい)されるべきでしょうね」


 赤竜の言葉に大いに同意する。ライマーが不透明な任務によって不当に拘束された事実は、追及せねばなるまい。

 それも俺が大監獄を解放したから露見したことであり、あるいは氷山の一角に過ぎないのかも知れないのだから……。



『大体、当代の帝王はあまりにも戦争が多すぎる』

「まぁ……"戦帝"とアダ名されるくらいですから」


 戦争を手段でなくそれ自体を目的としている帝王、バルドゥル・レーヴェンタール。

 はたして"折れぬ鋼の"というストッパーがいなかったらと考えると……人領の一体どこまでが帝国領になっていたか定かではない。


『ヴァナディスがアレの専横を許しているというのが()せん』


 かつての建国の同志であり、初代から通して帝国のNo.2に居続ける大人物(だいじんぶつ)

 エルフの長命をいかんなく国家運営に捧げる、その精神性というのは──個人的にも興味が尽きない。



「もしよろしければ、直接帝都まで(たず)ねてみてはどうでしょう?」


 それは単なる思い付きでの冗談交じりな言葉であったが、受け取った赤竜の熱が上昇するのを俺は間近で感じ取るのだった。



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