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異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~  作者: さきばめ
第六部 権謀うずまく帝国動乱 1章「帝国と竜」
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#357 帝国の盾


 謁見(えっけん)および決起会はとどこおりなく終了し、俺は城内を兵士に案内される形で歩いていた。

 外からは堅牢な城塞のように見えた王城も、中を見れば普通の王宮とそこまで変わりはない。


 ただ帝国らしい雑多な装飾と機能性が随所に垣間見え──俺は王城全体を反響定位(エコーロケーション)したい衝動を抑えながら──案内役に続く。

 そうして到達したのは元帥の為の執務室。案内人がノックし、扉が開けられたところで俺一人だけが中へと招かれる。


「ご足労すまないね、帝国元帥オラーフ・ノイエンドルフだ」

「はッ! モーガニト領伯爵、ベイリル・モーガニトと申します」


 俺は軍人ではないものの帝国式の敬礼をし、対して同じように返したオラーフは応接用の椅子へと座る。


「そちらに掛けたまえ」

「失礼します、閣下」


 俺が対面に座るとすぐにお付きの従者がお茶を注いでくれ、俺はオラーフがティーカップを手に取るのに追従して一口だけ(すす)って戻す。



「──モーガニト伯、ハーフエルフでも若いそうだが」

「はい、ヴァルター殿下と同じ年齢です」

「戦争前から大任を与えられたようだが……それだけ陛下が期待していることの裏返しと思うといい」

「恐縮です──しかしこうなれば全身全霊をもって遂行したいと存じます」


 オラーフ・ノイエンドルフ、こうしてわずかに話すだけでもどこか包み込まれるような感覚があった。

 それは生来のそれと、経験によって熟成された人格によるものなのだろうか……不思議なカリスマ性である。


「よろしい。書状は既に用意してあるから、目を通してもらいたい」


 俺は従者から書類を受け取ると、実にシンプルな中身が書かれていた。


 皇国との戦争に備えて今すぐに参集すること。

 また遅滞するに足る相当の理由を説明すべく、"竜騎士団長"もしくは"竜の巫女"が速やかに王城へと出頭せよとの(むね)

 期日までに守られない場合、盟約の不履行として相応の処分を課すという内容。



「モーガニト伯、盟約の内容は知っているだろうか?」

「大まかには──帝国領の通称"赤竜山"と周辺一帯の土地を特区税制で治めるのと引き換えに、戦力として竜騎士を供出すること──ですよね」

「そう……帝国建国当初から存在する、最も古き盟約の一つだ。しかし事ここに至って、突如として揺らいでいる」

「今までこういったことは?」

「帝国の歴史上において初めてのことだと、"宰相"は(おっしゃ)っていた……」


(帝国建国当初からいたとされるエルフ──ヴァナディス宰相閣下がそう言うのであれば……まぁそうなんだろうな)


 俺は会話を途切れさせないまま、並列して思考する。



「理由なく一方的に盟約破棄しようなどとは考えにくい。よって、せめてその理由くらいは聞いてきてもらいたいのだ」

「帝国としても竜騎士という空戦特化兵力を失うわけにはいきませんものね」


(そもそもなぜ、赤竜は……気に喰わないことがあったとして、帝国側へ要求をしてこないのかってことだな)


 何かしら理由があるのであれば、正式に訴えるべきところだろう。

 あるいは理由が存在しない気まぐれ……というのは考えにくく、何か厄介事が起きているとすれば頭が痛くなる。


「あぁ、竜騎士たちの中には歴戦の馴染みも少なくない。()の者らと争うことだけはどうしても()けたいのだ」


 その言葉と態度になんら(いつわ)りない──(たみ)(へい)らを第一として考える、帝国軍人の(ほま)れにして規範と称される姿がここにあった。



「了解しました。(わたくし)も竜騎士と相争(あいあらそ)うようなことがないよう、重々注意してあたりたいと思います」

「すまない……いやありがとうモーガニト伯」


 深々と頭を下げたオラーフに、なるほど彼の分け隔てない気質あってこそゲイル・オーラムやファウスティナが従ったのだと感じられるのだった。


「お任せください、ただ……一つよろしいですか?」

「疑問があればいくらでも答えよう」


 そう(こころよ)く言ってくれたオラーフに、俺はわずかに笑みを浮かべながら好奇心と悪戯心をブレンドして問い掛ける。


「赤竜は黄竜と比べて(・・・・・・)どうですか?」

「むっ──?」


 一瞬だけ怪訝(けげん)な顔を浮かべたオラーフは、さらに言葉を続けようとする俺に向かって大きな手の平を広げて向けてくる。


「いや、待ってほしい。自分で導き出すから、何も言わないでもらえるだろうか」

「……はい、いくらでもお待ちします」


 なぜ黄竜と名指しして、赤竜と比較する質問をオラーフに投げ掛けたのか……彼はその意図を探る。


「インメル領会戦──円卓の魔術士第二席、王国"筆頭魔剣士"テオドールを討伐した戦功……自由騎士団もいて、確か──」


 オラーフは記憶の中から順繰り辿っていき、彼なりの答えへと到達する。 



「わかったぞ、インメル領会戦にて一枚噛んでいたというアルトマーから聞いたわけだな」

「えーっと……三割ほど正解、くらいでしょうか」

「なに? なんという中途半端な──他には……いや、アルトマーが"永久商業権"を使って建てた店か」


「それも間違いではありませんが、なぜ最下層の(ぬし)を知っているかと言えば……(わたくし)も閣下と同じく、ワーム迷宮(ダンジョン)制覇者だからです」

「ほう! なんと!!」


 オラーフは得心いった様子で、パァッと顔を明るくする。


「わたしの頃とは違って、今は若き芽がよくよく育っているのだな。(はく)にしてもヴァルター殿下にしても──若さと強さは大切にするといい」

「……ヴァルター殿下?」


 唐突に挙げられたその名前に、今度は俺がオラーフへと答えを求める。


「さすがに知らぬか、ヴァルター殿下もワーム迷宮の制覇者なのだ」



(まさか、直近の制覇者ってヴァルター・レーヴェンタールだったのか!?)


 キャシーが言い出したワーム迷宮の再攻略──しかし回復担当のハルミアが潜れないこともあって、スライムカプセルの開発まで待つことになった。

 しばらくしてスライムカプセルが実用に()えうるようになった丁度その頃、改装された新たなワーム迷宮に制覇者が出て、またも改装期間に突入することになる。


 結果として再攻略作戦は延期に延期を重ねて、ようやく今になってダンジョンアタックが可能となったのだった。


(財団の情報部で調べても、制覇者については判然としなかったが……ヴァルターだったのか、まったく(あなど)れないな)


 カエジウス特区とワーム街と迷宮それ自体が特異な場所であるので、調査しても不明だったのは致し方ない。

 事実──わざわざ店内に制覇者として名前を並べでもしない限り──喧伝(けんでん)していない制覇者(おれたち)の名前も広まっているわけではない。



「そうでしたか、殿下の叶えられた願いはご存知でしょうか?」

「そこまでは聞いていない。ただ今回の戦争を後押ししたのは、ヴァルター殿下が"折れぬ鋼の"を抑える算段があるからだという話だ」

「まさか……カエジウスに"折れぬ鋼の"をどこかに釘付けするように願った──?」

「あの"無二たる"カエジウスが、そこまで都合よく願い事を聞いてくれるとは思わないが……何かの策があったことは確かなのであろう」


 いかに迷宮制覇者とて、"折れぬ鋼の"に直接あたるのは領域が違いすぎる。しかしカエジウスが出張るのであればその限りではない。

 まさか直接的に衝突することはないだろうが……何がしかに絡んでいるという可能性は非常に高いと言えよう。



「なるほど──あっちなみにですが、アルトマー殿(どの)だけでなくオーラム殿(どの)とファウスティナ殿(どの)も知っています」

「なにっそうか! そうか……息災でやっているか」

「オーラム殿(どの)は、はい。ただ聖騎士ファウスティナ殿(どの)は……どうでしょうかね、あるいは皇国と戦う以上は──」


 それ以上の言葉を俺が紡ぐ前に、オラーフは鷹揚に(うなず)いた。


「かつての仲間ではあるが、彼女もわたしもそれぞれ国も違えば信念も(こと)とする。気にすることはない」

「──で、あれば」


 俺はおくびにも表情や態度には表さなかったものの、声色に出てしまっていたことで逆にオラーフから(おもんぱか)られてしまう。

 かつて信頼し背中を預けるまでの仲間であった人間と争うということが、一体どういう気持ちになるのか……俺には実感がない。



「ははは、ゲイルのことも知っているのなら少しだけ昔話でもしようか。未来ある若者への教訓話なども交えてな」

「是非とも。興味深いです」


 そうして俺は"帝国の盾"オラーフ・ノイエンドルフとしばしの歓談を楽しむのだった。



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