#351 傭兵雇用 III
「──これで三人っすか、とりあえずおれっちの面目は保たれましたかね旦那?」
「内二人は財団の身内みたいなもんだが……まぁ正直なところ、見つかれば儲けモノくらいの気持ちだったから十分だ」
その気になれば俺一人でもいい、どのみち落ちるのはモーガニト伯爵としての面子と能力だけ。
領地運営そのものは上手くいっている以上、没収されるようなことはまずもってありえない。
「ところであたしらって帝国軍に加わるの?」
「一応はそういうことになる、対皇国戦線における……俺の直属となる少数精鋭部隊」
「モーガニトさん、おれたちのことはよく知ってるみたいだが……あんたはどれくらいやれるんだ?」
「ワーム迷宮の制覇に、パーティで七色竜の一柱を倒し、"円卓の魔術士"第二席を斬り、五英傑は"折れぬ鋼の"に血を流させ、魔獣メキリヴナの討伐補助と、白竜の加護を得て、かつて西方魔王だった男を殺した──」
あらためて、我ながら惚れ惚れする武勇伝と言えよう。一部分だけ事実ではあるが大いに語弊を招く部分があるものの……。
「本当かよ? 信じられねえぜ」
「正直、嘘っぽい!」
「まぁ今すぐ試しても構わんが、おいおい理解ることだ──それよりも、岩陰に隠れている人ぉ~~~!」
俺は赤砂岩の裏にいる人物へと声を掛け、オズマとイーリスとガライアムはそれぞれ平然としながらも空気が引き締まるのを感じ取る。
「おやまあ、気配は完璧に絶っていたと思ってたんだけどねぇ……」
あっさりと姿を見せたのは──翡翠色の髪を片側だけ細い三つ編みにし、透き通るような海色の瞳を浮かべた女性であった。
龍の意匠が彫られた偃月刀を背負い、"極東本土"の衣服を着る──その覚えある姿と声に、俺は数瞬ほど呆気に取られてしまう。
「おっネェちゃん、めっちゃいい女だな。もしかしておれを追って来たとか?」
「あいにくだけどわたしが会いに来たのは、そっちの男さね」
学園に"食の鉄人"と呼ばれた龍人族がいた。
クロアーネとレド・プラマバの姉貴分として、専門部調理科でその腕を振るっていた女性。
闘技祭においてはキャシーに勝利するもフラウに敗北し、三位決定戦においては俺と素手喧嘩にてほぼ互角に渡り合った相手。
「お久し振りです、"ファンラン"先輩」
「あぁベイリル、しばらくぶりだね」
互いに握手ではなく、自然と拳をゴッと突き合わせた。
「なんでも傭兵を雇っているんだって?」
「えぇ、その通りです。なるほどストール──こんな隠し玉を用意していたとはな、いいサプライズだ」
「いやいや違いまっせ、旦那の知り合いだったら真っ先に紹介してまさあ」
俺がストールからファンランへと視線を戻すと、ファンランは柔和な笑みを浮かべて説明する。
「"仕入れ"の為に領都に来てたら、なにやら話が聞こえてきたもんでね……。ちょっとだけ覗かせてもらったのさ」
「そういうことでしたか、というか……仕入れ?」
「あらら、わたしが領都で店を出してるって知らなかったかい? "外海"の新鮮な海産物をここまで輸送してるんだよ」
「……まじすか。領都にいる時はもっぱらクロアーネの手料理ばっかで、外で食わないんで知りませんでした」
「一応クロアーネには伝えといたんだけどねぇ」
「だから情報部からも特に連絡が来なかったわけか……」
クロアーネは料理稼業のかたわら、より高品質あるいは希少・未知な素材を得る為に情報部とは密に関わったままであった。
ゆえに俺はクロアーネを通じて公然と既知なものとして、扱われていても不思議ではないのだった。
「海産料理──そういえば以前プラタからオススメされたような記憶があります」
「だったら是非とも味わっておくれよ。わたしが調理しているわけじゃなく、弟子たちが切り盛りしてるんだけど……人さまに出せる水準にはあるからさ」
「でも仕入れはファンラン先輩が直接……?」
「輸送用の拠点はうちでもいくつか持ってるけど、サイジック領まではちょっと遠いからね。わたしの水属魔術で直接運んでいるのさ」
「それは豪気な話ですね」
かつて闘技祭で拝んだ巨大水龍そのものが、ちょっとした移動水族館となっているのを想像する。
「嬉しい再会です」
「わたしもだよ、それとついでにここは一つ恩を売ろうかと思って足を運んだのさ」
「えっ……まさか、先輩が傭兵として雇われる気で?」
「そのつもりさ。風聞を聞くに闘技祭よりは水を空けられちまったかも知れないけど、足手まといになるつもりはさらさら無いさね」
「ちなみに目的を聞いてもいいですか? お金に困っているわけではないですよね」
「まずサイジック領と、せっかくならモーガニト領にもうちの輸送拠点をいくつか置かせてもらいたい。より広く誰もが海の幸を楽しめるようにね」
内陸の人間にとって海産物とはそこまで縁遠いものではなく、いつの時代も食文化の一つとして味わわれてきた。
しかしながら魔術があって肉体規格が違う異世界にとっても輸送は安価なものではなく、それなりに高級な食材として扱われている。
「それとシップスクラーク財団が営んでいる"養殖業"にも参入させてもらいたい。うちの事業も拡大して、余裕ができてきたからね」
「まぁ採算や利益が見込めるのであれば、わざわざ傭兵として恩を売っていただかなくても……。ファンラン先輩には学園時代に世話になってるんで」
シップスクラーク財団はあくまで内陸に存在する巨大湖たるワーム海が範疇であり、大陸の外海に関しては基本的に事業範囲外である。
そこにパイプを繋げられるのであれば、こちらとしても願ったり叶ったりであった。
「あははっ、そいつはありがたい言葉だけどねえ──本命は次なのさ」
「聞きましょう」
「わたしには夢ができたのさ。"大陸と極東の間に安全な航路を築きたい"──っていうね」
俺は思わず「ヒューッ!」と小さく口笛を鳴らして、ファンランの壮大な夢に感嘆を禁じえなかった。
「その為に財団の力が欲しいわけですか、俺に渡りをつけ……財団の共同事業として提案しているわけと」
「そんなとこさね。"ワーム海の水底に潜む悪夢"や、"大空隙より目覚めし魔竜"を討伐したって聞いてるよ」
魔獣メキリヴナと、七色竜の一柱たる黒竜。どちらもシップスクラーク財団の功績として、大いに宣伝したことである。
もっとも後者は"大地の愛娘"のおかげであり、俺個人が協力しただけで財団はまったく関わってないのだが……。
「つまり……異名は数あれど、"大いなる海の意志"とまで言われる海魔獣を討滅しろ、と──そう仰る?」
「できないのかい?」
「──まぁ、遠い未来にはどうにかはするつもりの案件の一つでしたが」
"海魔獣"──ワームや魔竜と並び称されるほど、魔人・魔獣類では別格とされている怪物の中の怪物。
ワームのように討伐されることなく、黒竜のように長らくを眠っていたわけではなく、大昔から今なお活動し続ける超弩級天災。
体長は計測不能なほどに巨大で、その全容は誰も知らず、海域を通る船はことごとく沈められてきた歴史だけがある。
本当に極稀にすり抜けられた幸運な者達や、長距離を休まず飛行できるような種族あるいは強者だけが渡ることができる。
歴史上の国家・軍隊、あるいは名だたる英雄・英傑らでもどうしようもできなかった存在こそ海魔獣であり──
それこそ空母や戦艦や潜水艦その他を含んだ大艦隊でもって、なんなら核兵器でも持ち出すに値する魔獣であると認識していた。
(まぁ"大地の愛娘"ルルーテなら殺せるだろうが……その場合は大陸の半分くらいは軽く沈みそうだな」
そもそも海まで引っ張ってくる手段もなく、およそ現実的な方法がないのが海魔獣なのであった。




