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#27 異世界史



 懐かしい夢を見た──それは母ヴェリリアの夢だった。

 いつもは明晰夢で魔術の練習や、体捌きのイメージを固めるものだが……その日は珍しく普通に見る夢のままだった。


「ベイリルが読んでくれて、ご本もよろこんでるねー」

「うんー」


 母のこれ以上ないほど穏やかな声音に癒されながら、幼児の俺は過去を振り返る。

 異世界言語を修得する為にも何度も何度も読み聞かせてもらい、世界の成り立ちを知る上で大いに役立った一冊の書物。



「むか~しむかし……あるところに、竜と獣が仲良く暮らしていました」


 かつて地上に繁栄していた竜と、ヒトを含めた獣たちの楽園があった。

 

「しかしある時、魔力を見つけて魔法を使う人たちが現れました──」


 魔力を(もち)い、魔法に裏打ちされた武力をもって、広き大陸の支配領域を広げていった人間(ヒト)という種族。

 彼らは大陸そのものに君臨していた"獣の王"──叡智に満ちた"頂竜(ちょうりゅう)"を排斥(はいせき)し、広き地上を統一した。


 (ふる)き王たる竜はいずこかへ消え、かの(もと)にあった竜族もほとんどが消えるか死に絶えた。


 新たに支配者となったヒトの長である存在は、自らを"神王(しんおう)"と名乗った。

 さらには種族全体を"神族(しんぞく)"と呼称するようになる。



「死ぬことがなくなった神族も、いつまでもそのままではいられませんでした。なんと魔力があばれはじめたのです──」


 長き統治が続いた……しかし永久不変の栄華などは存在しなかった。

 魔法の根源たる魔力が、原因不明の暴走(・・)(きた)し始めたのである。


 巨大な大陸のほぼ全てに、その版図(はんと)を広げ住んでいた神族。

 彼らの中から肉体を侵食した結果として、"異形化(いぎょうか)"する者達が出現する。

 暴走は留まる気配すらないまま、着々とその数を増やしていった。



「神族は異形化して自分たちと変わってしまった者たちを、"魔族(まぞく)"と呼んで追い出しました」


 元は隣人であった者さえも()み嫌い、差別と弾圧が表面化して歯止めが効かなくなっていった。


 異形化が止まらなければ、知能なき"魔物"と成り果ててしまう。そうなれば既に意思なき身なれど、討伐の対象ともなる。

 同時にいつ自分こそが同じ目に()うのかと、互いに疑心暗鬼に(おちい)ってしまったのだった。


 獣の王を打倒してより、当時も存命であった"初代神王ケイルヴ"。

 彼は魔族を隔離する為に、最南端の土地に魔族を追いやった。


 はみ出し者集団と化した魔族ら本人も、居場所を求めて(おの)ずから離反していった。



「でもおそろしいことはまだ続きます。なんと今度は魔力が枯れて()くなりはじめたのです──」


 魔力の暴走による異形化は散発的で収束を見ることがなく……そんな状況に追い打ちを掛けるかのように。


 今度は魔力そのものを体内に留めておけなくなり、どんどん喪失していく枯渇(・・)現象が目立ち始める。

 魔力を失っていく神族は、当然ながら魔法も使えなくなっていった。

 いずれ完全に魔力のなくなった者達は、元の単なる"人族(ひとぞく)"として呼称されるようになった。



「ヒトは神となり……それから魔となり人となっていきました──」


 この異世界は全て同一の、神族という種族に端を発し、枝分かれするように変異あるいは退化していったのであった。

 それゆえにこの世界では、どの国家も種族も基本的に共通言語で通る。

 (なま)りや言語の変遷(へんせん)も多く見られるものの、原則として一つの言語を基本形としている。



「そのとちゅうで、他にもいろいろな人たちが生まれていき──」


 魔力暴走の過程で、吸血種(ヴァンパイア)や鬼人族といった亜人種が生まれた。

 魔力の枯渇の最中(さなか)に、エルフ種やドワーフ族といった亜人種が生まれた。

 さらに獣人種や魚人種といった、自然の環境に適応する為に分化していった種族が現れはじめた。


 それらは魔力と意志による変化の一態様(いちたいよう)、ある種の進化であるとも言われる。

 また亜人種の中でも、俺の体内にに半分流れているエルフの血は、魔力に特化した種族であった。

 

 魔力の枯渇に(さいな)まれる中で、"魔力抱擁"と呼ばれる能動的な技術によって自らの魔力をコントロールを確立させた種族。

 抜本(ばっぽん)的な解決ではなかったものの、際限なき魔力の流出をほぼ半永久的に押し留めた。

 神族のような不老ではなくなったものの、1000年近い寿命と独自の魔力操法を得るに至ったのだった。


 一方で魔力の暴走・異形化の渦中にあって、類似の技術を用いて生き延びた種族がいる。

 それこそがヴァンパイアであり、エルフと(つい)を成す存在とも言えた。



「とてもながい時間すぎていく中で、ついに"魔王"があらわれました──」


 圧倒的に数と力の差がある神族に、魔族と人族は一方的に隔離・管理され、魔力災害の為に研究される立場にあった。

 されども原因究明もされないまま長い時が過ぎ去り、そんな中で魔族から力を得た者が現れる。


 その者は神王に(なら)って、自らを"魔王(まおう)"と名乗り、世界の一部をまとめあげた。

 ついには種族全体としても力が衰え始めた神族に対して、戦争を起こしたのである。


 結果としては──神族にそれなりに打撃を与えるものの、最終的に敗北を(きっ)した。

 しかしその(あいだ)に着々と数を増やした人族を、神族は管理することができなくなってしまっていた。



「魔法はどんどんなくなっていきました、そのかわり魔術があたらしく使われるようになりました──」


 魔法とは全能の(ちから)であり、魔術とは万能の(ちから)と言われる。

 初代魔王によって考案・実践化された魔術こそ、神族に抗し得ることが可能な方法だった。


 最初は魔族しか使えなかった魔術も、いずれは人族にも広まっていった。

 一度魔力を完全に枯渇した人族が、時間を掛けて数を増やした頃──微量ながらも魔力を新たに得ることが可能となっていたからである。



「魔術を使えるようになった人族は、いろいろな国をつくっていきます──」


 数えきれないほどの戦乱と興亡が繰り返される中で……人々は【王国】を造り、【皇国】が独立し、【帝国】が分かれ、【連邦】が結ばれ、【共和国】が生まれた。


 "人領(じんりょう)"と称される土地はいつの間にか圧倒的な広さとなり、南の"魔領(まりょう)"とは分かたれた。

 外海の先にある【極東】、内海の諸島と魚人種。いつしか自らの領域を最低限に(たも)った"神領(しんりょう)"と、互いに住み分けがなされた。 



「ひとびとはあらそい、ながい時間をかけて……ようやくこの集落もできたのでした」


 帝国には"特区"と呼ばれる、かなり広い裁量権を持つ独立自治が認められた減税地域がある。

 この亜人集落【アイヘル】は、亜人特区内に数ある中の一つであった。



 ヴァリリア(かあさん)は本をパタンッと閉じて、俺の顔を見つめる。


「ははー、"(どらごん)"はどこにいったのー?」

「う~ん……お母さんが昔お世話になった人は、どこかで生きてるって言ってたかな」

「おせわになった?」

「そうよ~、あの頃はその人について世界を巡ったわねぇ。大雑把な人だったからお母さんが調理してて……おかげでいろんな国の料理を覚えられたわぁ。ベイリルがお母さんの美味しい手料理食べられるのもそのおかげ」


 母は懐かしむような表情を浮かべる。今でこそ落ち着いたように見える母も、昔はヤンチャだったとか。


「さーて夜も遅いからそろそろ寝ないとね。でないと蒼い鬼火の囁霊(ウィスパー)がやってきちゃうわよ~」


 素直に促されて俺は母と共に寝所へと行き、添い寝をされる。

 こちらが眠るまで(ぬく)もりと一緒にいてくれるのが、毎夜の日課だった。



「ベイリルは将来どんな子になるのかしらー」


 少なくともその頃は、暢気(のんき)に暮らしているだけでいいと思っていた。

 退屈なことは少なくない、スローライフも悪くない。

 地球の歌を丸コピして流行らせ、左うちわで生活しつつ、いずれは母のように世界観光に出て、めいっぱい楽しもうというくらいの気持ち。


「とにかくお母さん(わたし)よりも長生きして、元気で精一杯に生きてくれればそれで十分だからねぇ──」


 そんな母の言葉を聞きながら……俺の意識は世界と共に急速に色をなくし、音も匂いも失われていくのだった。





「ん……う、ん──」


 早朝の朝のまどろみ中で、寝ぼけ眼のまま俺は直近の思い出を反芻する。


(懐かしい夢だったな……)


 単なる夢ではなく多少の齟齬(そご)乖離(かいり)はあるだろうが、改めて体験すればそれは確かな過去の記憶。

 姿形だけであれば明晰夢でも会える……しかし無自覚で追体験する記憶の中の母は、かつて本物だったものだ。


 ここまで無意識の夢に没入してしまったのは、随分と久し振りだった。

 最近は"文明回華"活動の為に、(せわ)しなく立ち回って疲労が溜まっていたのだろう。



「まぁいい」


 俺はベッドから出て伸びをする。今朝は"全く新しい日々"のスタートであった。

 一歩ずつでも、半歩だったとしても。時間を掛けてでも確実に前へと進んでいく。


 昨日より今日、今日より明日。

 異世界生活の門出(かどで)を大いに満喫しようじゃあないか。



こういった端話は、メイン進行の最中にも補完する上で挟んでいく予定です。


ブックマーク・評価・感想などを頂けると嬉しいので、気が向いたらよろしくお願いします。

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