#349 傭兵雇用 I
今後のことについてサイジック領へ"使いツバメ"を送った俺は、モーガニト領に数日ほど滞在してスィリクスと共に戦争への対応について煮詰めていった。
おおよその段取りを定めてから俺はサイジック領に戻り──今度はカプランやプラタらと、サイジック領との連携についても協議する。
基本的にモーガニト領は独立した土地であり、サイジック領とはあくまで交易関係というスタンスは崩さない。
ただしシップスクラーク財団という一企業組織は商売相手であるからして、そこは気兼ねなく利用させてもらうことにした。
──サイジック領・"赫の城塞"、建設用資材置き場──
そこは領都ゲアッセブルクより離れた防衛拠点の予定地の一つであり、赤い砂岩が規定の場所にそれぞれ積み上げられていた。
その一画には散逸した合計で30人ほどの集団があり、その少し手前にいる男のもとへと俺は空から着地した。
「毎度どうも、旦那」
腰を低く口を開いたのは、坊主頭の男──大監獄での俺の右腕から、新たにシップスクラーク財団の情報部に在籍する"煽動屋"ストールであった。
「俺のほうが若いのを知っても、相変わらず"旦那"呼びか」
「へへっまーね、旦那呼びに慣れちまったし……正直なところ実年齢を聞いた今でも、年上な気ぃもするもんで」
(鋭いな──)
転生前の年齢を含めればストールよりは年上であるので、この男の慧眼はやはり侮れない部分があった。
また急遽振った仕事に関しても、こうして早々に片付けてくれた手腕は信頼に値する。
「そうか、まぁいい。仕事の方はどうだ?」
「一応集めさせてもらいましたよ、旦那の御眼鏡に適いそうなのを……──ただ最終判断はお任せしますよぃ」
「いやそうじゃなく、財団の仕事は性に合ってるかということだ」
「そっちですかい、まあまあ脱獄の恩を返すのを差っ引いてもなかなかにやり甲斐はあんますねえ"フリーマギエンス"」
「馴染めているようならなによりだ」
「ただおれっちとしちゃあ、もっともぉーっと劣勢な主義・主張であれば言うことはなかったというか」
「くっ……ははは、そいつは残念だったな」
俺はストールと歩きながら肩をすくめて笑う。"煽動屋"ストールとは、こういう奴なのだった。
ただ人を口車に乗せるのが好きなのだ、それが大きなうねりとなり、押し流すことに快感を覚えるような人間性。
"煽動屋"と呼ばれるようになり、皇国で囚人となるまで……ありとあらゆる思想を、オモシロおかしく盛り上げた。
時に争いごとや揉め事にも首を突っ込んでは、それをひっくり返すことまで生業としていた。
そんなストールという男は、現在シップスクラーク財団情報部に籍を置き、今までにない新風を起こしてくれる人材となった。
民衆を煽り、情報を操作するということは基本中の基本。媒体を通じてではなく、直接的に人々を煽動することのできる専門家。
「今んとこ居心地はいいんで、やれるとこまでやらせてもらいますよっと」
「結構、よろしく頼んだ」
「んじゃ、そろそろ仕事させてもらいますかね。ご希望だった傭兵ですが──まず一番右手前にいるパーティから……」
ストールが視線を向けた先に俺も追従させると、男4人女2人のパーティがいた。俺は"天眼"を使ってざっくりと戦力を把握する。
「竜を討伐し、東方魔王の配下である四天王の一人を撃退した、"勇者の再来"と呼ばれている連中で──」
『そこの再来パーティさん! ご足労、大変申し訳ないがお帰りください!!』
俺は音圧操作でそう伝えると、6人組はしばし懐疑的な目線でをひっそり話したかと思うと、すぐに落着してその場から離れていく。
「いいんですかい?」
「竜と言っても眷族竜どまりなのは間違いないし、魔王四天王とかいうのもどんなもんか知らんがまぁ多勢に無勢でようやくってくらいの実力だろうな」
欲しいのは個人レベルで"伝家の宝刀"級と言えるだけの強度を持つ実力者である。
「んじゃあ次ですが、右奥にいる2人組は王国の闇ギルドで"二針"の名を馳せている殺し屋で──」
「有名な殺し屋、超がつく一流なのかはたまたド三流なのか……まぁ後者ではなさそうか」
「とりあえず汚れ仕事は任せられんじゃないっすか?」
「自分でやれるからなぁ、信頼性もちょっと低そうだし」
暗殺技能に関しては、そももそも俺より優れていなければ雇い入れる必要性は酷く薄い。
『"二針"さんお帰りください、別の雇用先でのご健勝をお祈りします』
そんな俺の言葉を受け取った瞬間、殺し屋二人組は目を細めてわかりやすく気配を押し殺した。
瞬間──俺は"歪光迷彩"で姿を消して、数瞬の内に二人の間へと割り込み──それぞれの肩を組んでやる。
刹那の内に全身が竦んだ二人の様子を感じながら、俺は耳元で恫喝する。
「面倒事はやめといてもらおう。こちとら戦争で円卓の魔術士を殺した報奨として、戦帝から直々に伯爵領をいただいた身だ。
わざわざここまで足を運んでもらう為の費用まで先に払ってやってるんだから……素直に、余計なことはせず、大人しく、帰ってくれな」
もはや完全に縮みあがった様子の二人は逃げるようにその場を後にし、俺はストールの眼前へと移動する。
「まっ旦那の自由なんで、別に構やしませんがね。ただそんならそれでこっちもやる気が出てくるってもんです」
「そうこなきゃな、"煽動屋"」
「100年の歳月をかけてついに完成したという伝説の魔術具を自ら手にして闘うドワーフ族の──」
「いまいち」
「かつて勇猛な戦士として軍史に名だたる戦場という戦場を駆け抜け、今は魔術士として猛威を振るうエルフ種の──」
「う~ん、惜しい」
「連邦西部ではさる鬼人一家の元頭領で、引退してからは道楽で傭兵をやっててかつての子分らも動員できる──」
「却下だな」
「元は準聖騎士として世界を巡り、次の聖騎士最有力候補だったものの信仰心を疑われて──」
「実力不足」
「冒険者界隈における顧客満足度なんと第一位の──」
「論外」
ストールが血気盛んに次々と紹介しては、俺が丁重にお断りするのを繰り返すのだった。
「はぁ、旦那ぁ……ちっとばかし要求が高すぎやしません?」
「短期間で集めたのは評価できるが、水準に達してない部分を妥協するくらいなら一人の方が気楽なもんでな」
「このままいくと、もうこれで店仕舞いなんですが……」
そうして残っていた最後の一人──赤砂岩に腰掛けて静かに酒を飲んでいる、無精髭を生やした老年も間近という男。
「名前くらい聞いたことありますかね? "放浪の古傭兵"ガライアム。その手に得物をひとたび持てば、守れぬものなしと評判で──」
ガライアムという名の男の足元には、2メートルはあろうかという"大盾"が二枚地面へと横たえられている。
「しかし彼の真価は"攻め"にこそ有り! 併せた壁を巧みに操り、敵集団を粉砕したらそのまま陣地として制圧し続ける!!」
酒の匂いが香る陶製の水筒を大きくあおって飲み干して、その視線だけが俺へと向いた。
「各国で雇われては常に安定した戦果を挙げ続け、実に五十と余年!! 彼を雇って配置すれば少なくとも敗北はないと風聞名高い──」
「……」
「……」
俺とガライアムは沈黙したまま互いに見据え続ける。ストールの煽りはもはや俺の半長耳を素通りし、興味は眼前の男へと一心に向いていた。
「試しか、若いの」
「くっはっはっは、察しているようなら遠慮なく」
予備動作もなしに蹴りを放つも、ガライアムは音もなく長方形状の大盾を構えたかと思うとあっさりと防ぐ。
さらに俺は一瞬の内に裏回り、外部破壊の音圧振動を纏った裏拳を見舞うも……もう一方の盾壁によってガードされ、雑音も地面へと受け流されてしまった。
「っし、採用!!」
「……了解した」
朴訥に一言、ガライアムは無礼な対応にも冷静なまま承諾する。
「うおぉ……まあ一人でも雇われるのがいってよかったってもんで、おりゃあの沽券に関わるとこでしたよまったく」
一つ落着した次の瞬間、俺は近付いてくる気配へと顔を向け、ストールはあっさり釣られ、ガライアムもゆっくりと視線を移す。
「──っとぉ! 間に合ったぜぃイェイ」
「ほんとかぁ? いや終わりかけってとこか」
最も高く積まれた赤砂岩の上に、キラリ煌めく双つの人影がそれぞれに発した言葉。
俺は新たな人物そのものよりも、二人組が"身に着けていたモノ"が気になったのだった。




