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#345 会合



 ──複合政庁・賓客用応接間──


 "サイジック領主"プラタ・インメル、"内務尚書"カプラン、"シップスクラーク財団総帥"リーベ・セイラー。

 "帝国東部総督"フリーダ・ユーバシャール。"東部総督補佐"アレクシス・レーヴェンタール。"総督付き書記官"の計6人がその場に座る。


 資料の山に目を(とお)し終えたフリーダは、テーブルの上にある紅茶を一啜(ひとすす)りした。



「あたしゃも東部総督をやってそれなりに()ち、今までにも所領まわりでは骨を折ってきたもんじゃが……ここまで整然としたのは初めてよ」

「はいフリーダ総督、優秀な方々(かたがた)に支えられています」


 公式の場ということもあって、プラタは礼儀をもって発言をする。


「今のところ文句のつけようがない……が、それでも()えて提言するならばあまりに清廉で洗練されすぎているということじゃな」

「──と、申されますと?」


 カプランは不穏な口調に対しても柔和な姿勢を崩さない。


「実際に見て回った上でも、(はな)の帝都にも勝る絢爛(けんらん)さが随所に見られた」

「ありがとうございます。それも特区指定をいただき、復興するにあたって多くの権利を頂いたからに他なりません」


 戦傷(いくさきず)を隠す仮面を(かぶ)り、魔導師リーベ・セイラーに(ふん)したベイリル(おれ)は、差し障りない言葉を選んで言った。


「はっきりと口にしてしまえば、薄気味悪く、薄ら寒く……脅威(・・)と言ってもよかろ。ここまで周到なのは今までにない。おそらくは叩いて出る(ほこり)もないじゃろう、今のところはの」


 フリーダはその発言がこの場でどういう意味を持つのか、彼女は承知した上で言い切った。


「東部総督としてのあたしゃの裁量はとかく大きい。しかしのう……中央からこちらに便宜(べんぎ)(はか)るようにと、根回しがされておった」



 情報は(ちから)にして武器であり、人脈(コネクション)を産み出す為の道具でもある。

 冒険者ギルドが保有する権利が国家をまたいで広範に渡るのは、"使いツバメ"という伝達手段を広めたからに他ならない。


 ゆえにシップスクラーク財団は数多く手掛ける事業の一つとして──使いツバメ業──そのパイの一部を奪い取った。

 いつ、どこで、だれが、どこの、だれに、いつまでに、情報をやり取りするのか……その流れを把握するということ。

 時に機密情報すらやり取りする郵便業を掌握するということは、あらゆる国や組織の首根っこを掴む行為に等しい。


 各地の物資の流通を知り、(ちまた)での目撃情報や、確度の低い風聞に至るまで、ありとあらゆる情報を統合し扱うということ。

 その気になれば情報伝達を遮断したり、あるいは捏造してコントロールすることで──もたらされる結果。



 安価な紙の大量生産という優位性を利用したことで、シップスクラーク財団は既に各国にも認知されつつある企業にまで育っている。

 そして情報を惜しみなく使って形成された人脈は、各国に小さくない影響を与えるにまで至っていたのだった。


「やはり"異質"の一言に尽きようて。本来であれば突っ込んで調べたいところじゃが……あいにくと時間もない(・・・・・)


 サイジック領とシップスクラーク財団が異質であることを理解し、危惧を(いだ)いた上で、はっきりと正面から警告をしてきたフリーダは──どうしたって油断ならない。


(しかし……全容がまったく見えていないのも事実)


 それも致し方ないことだった。いかに海千山千の知識者であろうと、未知の技術や知識に関して気付けと言うのは、(こく)というもの。

 財団内でも深く(たずさ)わる者以外には、大魔技師が残した魔術具文明を、他よりも上手く運用しているようにしか見えまい。



「いずれにしても帝国の(えき)になることは確実。そも特区制度とはこうした自由な統治を、本国が利用することであるからして」


 その気になれば併呑(へいどん)してしまえばいい、そんな軍事国家らしい腹積(はらづ)もりなのだろう。

 たしかにサイジック領は帝国本国に対して叛意(はんい)ありと受け取られない為に、保有する軍事力は低い──と見せかけるよう巧妙に仕向けてある。


(無論、帝国と正面切って戦えるわけじゃあがないが──)


 それでも見掛けよりは遥かに強固な軍事力を備え、局所戦と絡め手を使えば十分に打撃を与えて交渉を引き出せる程度には整えてある。



「じゃから警告はしても、あたしゃも強硬して反対する理由もない。腹に一物抱(いちもつかか)えた人間と仲良くするんも慣れたもんじゃて」

「一つよろしいでしょうか、フリーダ総督──」


 すると真剣な面持ちのカプランに、フリーダは流し目を送るような動きで睨むように細める。


「なんじゃいね」

「技術供与契約についても、書面に記載された内容に同意されるという形でご納得いただけたのでしょうか」

「"特許"、とかいうものじゃな。権利を守ることで、技術開発を活性化させる──まっやってみればええんじゃないかのう」

「結果として、帝国の利益よりも優先する場合があったとしてもですか?」

「ほおう……?」


 それははっきりと説明していない部分であり、逃げ道として有耶無耶(うやむや)にしていた部分であった。

 カプランが今この場であえて踏み込んだということは、つまるところフリーダの態度に対し、はっきりさせておくべきだと判断したのだろう。



「我々シップスクラーク財団はサイジック領に投資し、新たに本拠を置き、領内運営の一部も帝国の()(もと)で委託されております。しかし財団そのものは帝国に所属しているわけではございません」

「続けよ」

「我々の本質は"慈善"と"営利"の両面にあり、必要とあらば……たとえばまた疫病などに(おか)された地域があれば、我々は他国であっても支援を惜しまないということです」

「……まっそれくらいならええじゃろ。ただし情報は帝国にも渡す義務を負うがの」

「いいえ、そこに認識の相違があるのです。必ずしも我々がすべてを放出するとは限らないということをご留意いただきたい」


 顎に手を当てたフリーダの瞳の色が、興味深そうなそれへと変わる。


「まだ言い分がありよるか、最後まで聞こう」

「はい、そうして得た情報や──知識と技術についても、無制限に開放してしまえば秩序なき騒乱を生むということです。身の(たけ)に合わぬ過ぎた技術は身を滅ぼし、発展と進化の停滞を(まね)くことになります」


 知識とは積み重ねられた巨人である。

 個人とはその肩の上で、より広く、より遠く、より多くを見通してるだけに過ぎず、決して本人が大きくなったわけではないということ。

 己の()を知らなければ……無闇に高さを求めれば──容易(たやす)く踏み外し、墜落することもありえるがゆえに。



「そうならない為の特許であり、知的財産の保護制度なのです。そして特許によって、知識の交換や技術開発はより一層の活性化を見るようになっていくことでしょう。

 我々も自らを守る為に、またより良い事業の為に、帝国との利益供与と共同歩調を取る為にもそういった諸権利の保障──言質(げんち)として記録していただきたく存じます」


「それはつまり……秘匿した知識および技術の、独占を主張しゆうわけか」

「少し語弊(ごへい)があります。正しい知識と確かな技術がなければ、安易にお渡しすることはできかねるということです──」


 トントンッとフリーダは指で机を叩く。


「つまり?」

「相応の報酬でもって財団(こちら)から知識ある技術者を派遣させていただくか、あるいは帝国より技術者を派遣していただければこちらでお教えすることができます」


(なるほど、そういうことか……抜け目ないな)


 カプランがしれっと提案した内容に、オレは思わず心中で(うなず)いてしまっていた。


 こちらから大手振って帝国内部に技術者を派遣できるなら、それは単純に諜報要員を絡め手として配置できるということ。

 逆に向こうから派遣してくるのであれば、魔導科学(マギエンス)思想で染め上げて帝国に返還することで、潜在的内通者となりえる。



「ぬしゃあらはまっこと見上げた商売人よの。あいわかった、よかろ。今ここで手を引かれるほうが、帝国にとっちゃぁ不利益ゆえ」

「ではお認めいただくということで──」

「おうおう、二言はない。もしも度が過ぎるようなことがあれば……(こわ)すは(つく)るより(やす)し──のう? 言うてやれアレクシス」


 よっぽど釘を刺されていたのか、以前とは違って変に出しゃばることはなく、静かにしていた総督補佐アレクシスは一言(うなず)く。


「帝国に対して害意が見えるのならば叩き潰す、肝に命じておくことだ」


 淡々と、事実として述べられた帝王の血族の言葉。

 それこそが亜人や獣人をひとまとめに、人族が頂点として(おさ)める帝国の気質そのものと言わんばかりに。



(あいにくとシップスクラーク財団は、帝国が今まで併呑(へいどん)してきた連中とは一線を画すってこと、足をすくわれてから思い知ることになるさ)


 俺はアレクシスの威を涼しげに受け流しながら、心中でほくそ笑むのだった。

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