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#341 領都ゲアッセブルクII

「"ナイアブ"先輩に"ニア"先輩! 昨日振りです!」


「プラタちゃんもいたのね。それにしてもケイちゃんとカッファくんは久しぶりねぇ」

「どもです!」

「いつ以来でしょうかぁ」


 カッファはピシッと姿勢を正し、ケイは懐かむ表情を浮かべ、ナイアブはすぐに気を回すように一歩下がって隣にいたニアの背をポンッと叩く。


「そうそう、紹介するわね。こっちが──」

「知っているわ、ボルド家のケイと幼馴染のカッファ」

「あら? 知ってたの?」

「インメル領会戦の祝勝会で一度、ね」


 戦争中においては前線へ助っ人参戦したケイらと、後方で補給を担当していたニアがかち合うことはなかったものの……。

 しかしながら戦後のささやかな祝勝会の席において、わずかばかりの交流があったのだった。



「あ! あー……?」

「ん……ぅ~ん」


 どうにか思い出そうと頭をひねるカッファとケイであったが、いまいちピンときていない。


「別に覚えてなくても無理ないし構わないわ、あの時は結構な人数がいたし」

「でもあなたのほうは覚えていたのねェ、ニアちゃん?」

「華々しい戦果をあげて目立っていたし……それに取引や客商売において、人の顔と名前を覚えるのは基本だから」

「そうねェ……ワタシも職業柄、少なくとも人の特徴は忘れないわね」


 フフッと笑うナイアブに、恐縮した様子のケイとカッファは揃って頭を下げる。

 

「えっと、おれ……物覚え悪いほうでごめんなさい!」

「わたしも──でももう忘れません、ニア先輩!」


「えぇ、ディミウム商会として手広く商売をやっているから機会があればご贔屓(ひいき)に。一応は先輩として、少しくらいは都合をつけさせてもらうから」

「それってとっても助かります! ボルド領もこれから入り用なことも増えてくると思いますので」


 話が一段落したところで、プラタ全員の(あいだ)を横切って前に出る。


「それじゃまとまったところでみんなで食い歩きましょうか! なんだか闘技祭の前日祭を思い出しますね」





 プラタとケイとカッファ、さらにナイアブとニアを連れ立った一団は樹幹通りを歩いていく。


「ワタシたちは食べると言っても少しだけよ。この後が控えてるからね」

「あれっ、もしかして何か予定ありました?」

「予約しているお店があってね、それまでにお腹いっぱいになっちゃもったいないわ」


 ナイアブはプラタの白金糸に大量に下げられたフード類を見ながら、やんわりと言う。


「あっ──もしかして"記念"ですか? わたしたちとんだお邪魔を……?」


「気にしなくていいわプラタ。ナイアブ(かれ)が勝手に言っているだけで、個人的には不要だと思っているから」

「あらぁニアちゃん、記念日は大切よ。少しでもマンネリを緩和して、新しい刺激を求めなくっちゃ」

「今さらそんなことを気に掛けるような間柄でもないし」



 澄ました顔でそう口にするニアであったが、カプランから人心掌握術を習っているプラタから見ると……嬉しさが滲み出ているのが見て取れた。


「あのぉ~つかぬことをお伺いしてもいいですか?」

「なんでも聞いて、ケイちゃん」

「はい……ナイアブ先輩とニア先輩って……その、お付き合いしているんですか?」


「ンンー?、付き合ってるって言うかぁ」

「……"誓約"済みよ、一応ね」


 思わせぶりに引っ張ろうとしたナイアブに被せるように、ニアが淡々と事実を述べた。


「わぁ! そうだったんですか!」

「記念ってそーゆーこと?」

「そ・う・い・う・こ・と。ちょうど一季記念だから、評判のお店で特別な注文をね」


 多様性に富んだ食文化はここ領都でも重要となる観光資源であり、専門の店もまだ少ないながらも営業している。



「誓約式はささやかでしたけど、すっごい素敵でしたよね!」

「わざわざ"マギエンス神殿"を使わせてもらったから、ささやかとは言えなかったわ」

「でもわたしもいつか素敵な人と出会えたら、お手本にしたかったです」

「……そう。その時は手配の一切(いっさい)を取り仕切らせてもらおうかしら」

「ワタシもデザインを請け負ってあげるわ」


「ぜひ!」


 プラタは人懐っこくニアへの距離を詰めつつ、ソーダ水を煽るように飲んでから口を開く。


「学園じゃコッチを行ったり来たり、会長職のほうも忙しかったのもあって(えん)が恵まれないなー」

「なぁなぁプラタ、おれは?」


 何の気なしの発言に対し、カッファがズズイっと前に出る。


「カッファはともだちー」

「だよねー、ケイは?」


「えっ……カッファはカッファでしょ?」

「だよなー、おれもケイはケイだわ」



 そんな応酬を展開する三人を微笑ましく見つめながら、ナイアブは語る。


「これでもねぇ、学園生時代には色々とあったのよォ。でも今はなんて言うか……特に劇的なこともなく、納まるところに納まったという感じ──元鞘(もとさや)ってやつね」

「学園生時代のあなたとだったら、こうなってはいないけど」

「あら手厳しい。でもそうでしょうね、あのまま落伍者(カボチャ)だったら今のワタシもない。まっアレはアレで貴重な経験だったけど」


 表現の為の色を求め、毒物などにも手を出したが思うようにいかず、情熱も失われ、中途で何もかも投げ出してしまった。

 それでも学園にはしがみつき、フラウやキャシーのような者達の受け皿となり、その間もニアは努力し続け──そしてベイリルと出会った。

 

 創部されたフリーマギエンス員として、知識に触れ、数多くの人と出会い……大いに刺激を受け、また情熱を取り戻すことができたのだった。


「なぁなぁ、先輩たちが在学してた頃の学園ってどう? だったんですか?」

「あ、わたしもそれ気になります」

「そうねぇ、ワタシたちがまだ入学したてだった時は──」



 ナイアブとニアの思い出話を咲かせながら、しばらくして5人は樹幹通りから一つの枝道へと入っていくと……プラタは目的地がどこかを察して声をあげる。


「あーっわかりました、"龍水の(いおり)"だ! ワーム海じゃなくって"外海"の新鮮な(・・・)海産物が食べれる料理店、あそこ美味しいですよね! 地下の全面ガラス張りの巨大水槽に囲まれて食べるの楽しいんですよ」


「あら、正解。冷凍や冷蔵じゃなく、さっきまで泳いでたのを(さば)いてくれるのがウリのお店。さすがプラタちゃんは街のことはよくわかっているわねェ、ワタシのつ・ぎ・に」


 "外海"は大陸最東端──極東とを挟む海域のことで、保存を考えると王国や連邦東部の港町でないとなかなかお目に掛かれない食材である。

 

 さしあたって行く場所を知ったニアは、やや不満そうな表情を隠さずにつぶやく。


「……わたしが関わっていない輸送経路(ルート)で仕入れている店、ね」

「もうっ、そう言わないの。既知よりも"未知を楽しむ"のが、ワタシたちの本分でしょうよ」

「産地が知れているほうが安心できるから」

「細かい産地は知らなくても、"経営者"のことは知ってるし信頼できるでしょうよ。彼女も元学園生(・・・・・・・)なんだから」


 ナイアブがそう口にしたところで、"極東本土"の意匠が凝らされ、ややこぢんまりとした店へと到着する。



「そっおぉーーーなのよ、もう! あははははっ!」


 ──と、店先に設けられた休憩処のようなスペースにて、談笑に(ふけ)る者達の姿があったのだった。



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