#339 テクノロジーツリー IV
「ねぇなになに、ウチらがいない時にウワサばなしぃ~?」
「話の流れだよ」
「ほんとぉ~?」
"液体魔術合金アマルゲル"をサーフボードの形に地面を滑ってきた"リーティア"は、ゼノとサルヴァを交互に見つめる。
「耳がいいな、リーティアよ」
「そっりゃねぇ、ベイリル兄ぃの強化聴覚ほどじゃないけどぉ……獣人の耳は伊達じゃない。イオ爺ぃはもう耳遠いの?」
リーティアは遠慮なしに年寄り扱いするが、魔力の"暴走"を利用して定向進化を経たサルヴァ・イオは笑い飛ばす。
「ハッハハッ! いかに年老いようとも、紫竜を模した我が肉体──そういった衰えとは無縁よ」
「じゃっ単にウチの耳が良すぎるんだぁ」
ピクピクッと耳を動かすリーティアを、サルヴァは孫娘へと向けるような視線で頭を撫でる。
「人族は肩身が狭いぜ、ったく……」
「自分もいつまでも衰えないでいたいもんっすねー。で、何の話をしてたんすか?」
言いながら自らの体躯よりも巨大な木箱を軽々と担いできたドワーフ族の"ティータ"は、地響きをそこそこに箱をその場に置く。
「おれらにしか理解できない領域のテクノロジーがあるって話さ」
「自分らにだけ、っすか?」
「あぁたとえば……"雷"は誰でも知っているが、それを"電気"として活用することとかな」
"電気"──電子の科学。電磁力はエネルギーと情報伝達に、新たな革命をもたらした。
世界をさながら巨大な脳神経のように、物質と人を繋げた技術。
電気分解など極々単純な利用においても、様々な物質を化学的に分離・抽出・合成することができる。
地球の先進文明は、もはや電気なくして生活は成り立たず。
仮に電気を喪失したならば、文明が一気に退化するほどまでに偏重している。
それほどまでの価値とポテンシャルを秘めた現象を掌握した時──はじめて現代地球文明を超越し、未来への一歩を踏み出したのだと言えるのかも知れない。
「電気はウチもまだまだだけどねぇ~、というか奥が深すぎる」
「モーターとかなら活用しやすいんっすけど、ただ継続的な供給がないと……」
「そうそう、損耗も大きいし。ウチの雷属魔術じゃ、どうしようもないしねぇ」
何気なく発せられたその一言に、サルヴァはわずかに眉を動かす。
「待て、お前は地属魔術士ではなかったかリーティアよ」
「そだよー、でもキャシー義姉のを見ててぇ……自分なりに"地電流"を引き出して、少しだけ扱えるようになったんだぁ」
「ほっほぉ~芸達者よな」
「でしょでしょ~。でも帯電とかはさすがにムリだねぇ、痺れちゃってどうしようもなくなるもん」
リーティアは指をクイクイッと動かしながら、箱の中のモノを遠隔で引き寄せていく。
「今のもあれか、電磁力とやらか」
「いんやぁ、これはフラウ義姉直伝の重力魔術の引力でだよ」
「そうなのか? 分野違いだから我には差があまりわからないが」
「磁性のないモノまで引っ張ってるっすからね。リーティアはほんと魔術に関しては天才っす」
「そんなぁ褒めないでよティータ~照れちゃうってば。でも本質的には同じらしいよ? まだよくわかんないけど」
ニコニコと笑いながら並べ立てるリーティアであったが、どうしたってコントロールが悪いのか体を大きく粗雑に動かしてキャッチする。
「むぅぅ、やっぱりどっちも付け焼刃なのは否めない!! 自分だけで無重力電気精錬できればな~って思ったけど、ほんっと難しすぎ」
地電流と重力──どちらも地属魔術としての側面があるとはいえ、出力は言うに及ばず。
キャシーやフラウのように精緻に扱うだけでなく、肉体にまで作用させて操るといった繊細な芸当は到底不可能なのであった。
「ってかよぉ、作業机をグチャグチャにすんなってのリーティア。サルヴァさんの邪魔になんだろ、そもそもココでやる必要性あるのか!?」
「まったく小言が多いよ~ゼノ、二人より四人のほうがいいでしょ?」
「サイジック領が本格稼動するにあたって、軍事力の強化は必須だってベイリっさんから言われたっすからね。"TEK装備"の調整をば」
リーティアがパチンッと指を鳴らすと、表面積を膨れさせた"アマルゲル"が机の上を横断すると、物品が一斉に回収される。
そしてそのまま新たにテーブルとなった流動金属の上に、綺麗に整頓されるように並べられていたのだった。
「ゼノよ、気持ちはありがたく受け取るが……我には気を遣わずとも良い良い」
「そうですか? ならいいんですが」
「うむ、賑やかなのも嫌いではないからな。それにしても無重力か……長期間の培養などを可能とするには、いささか遠い夢か」
「魔術で状態を保つには、フラウちゃんといえどちょっと長すぎっすよね。地上で再現するには技術的にも……やっぱ宇宙行くしかないっすね」
「さすがに軌道計算なんて、おれにだってまだ無理だし……なによりデータも足りん。研究環境を打ち上げるにしても"弾道学"が必要だ」
「だったらさぁ~あー浮遊極鉄を増量した浮遊島に、縄でもつけて浮かしてったら?」
リーティアのそんな一言に、その場の四人が揃ってシュールな光景を思い浮かべる。
「"軌道エレベーター"構想としちゃありえなくもないのか……」
「そんな強度の物質なんて作れないっすよ」
「強度確保ならエイルママの魔術方陣もどうにか応用できないかな~、魔導科学こそウチらの真骨頂なわけだし」
「だっはっはっは!! まったく旺盛な若者たちだ、フリーマギエンスも末恐ろしい子らを育てたものよ!!」
「いぇーい!」
「それほどでも、あるっすね」
サルヴァと、リーティアと、ティータが意気投合する中で……ゼノだけはある種の、危惧のようなものを覚えていた。
自分達の成長とサルヴァの加入はもとより、シップスクラーク財団の規模が肥大化してきた上で、今後のテクノロジーが進歩していくこと──その意味。
シップスクラーク財団──ベイリル──がもたらす特許たる地球知識は、技術を一足飛びに進化させる。
本来、技術における進歩とは……今そこにあるモノを組み合わせ、地道に積み上げ、ようやく開花させていく行為である。
金と、資材と、労力と、時間と、何よりも情熱を注いで成功へと導いていく。
まったくの徒労に終わることもあれば、思わぬ果実が成ることもあろう。しかしそれらはいずれにしても、自らの手が届く範囲に留まるのが普通なのだ。
地球知識はそうした本来のプロセスとは明らかに一線を画す。あらかじめ正解を示した上で、そこから何が必要かを選定していく過程を踏んでいく。
抗生物質という物質の存在を教え、作り出すには黴を培養する必要があり、その為に必要なガラス技術を──と言った風に。
そこに情熱はなく、労力も最小限、十分な見通しの上で大量投入される資金と資源によって、本来必要だったはずの時間を掛けず現実化させてしまうということ。
地球史において長い時の流れの中で熟成された積算、あるいは偶発的・奇跡的に見出された発明。
"ひらめき"や"天啓"とも言える知識群を……無軌道ではないものの、事実上無制限に降って湧かせる行為に等しい。
それはつまり"技術と技術の間隔が無くなる"ということ──新たな技術開発までに蓄積されるモノが、すっぽり抜け落ちてしまうことを意味する。
1の技術を知ったところで、2から10までの知識には繋がらない。財団が保有する特許とはそういうものなのだ。
先々まで用意された多くのテクノロジーの内容と前提を知っているからこそ、はじめて1を理解することが可能となる。
それも技術系統樹には違いないのだが、正道からは外れた異質さを持ち、言い知れぬ歪さをも備えている。
その部分を踏まえておかないと、ただ地球の科学を模倣・再現し追従するだけになってしまいかねない。
いずれはドン詰まりが待ち受け、想像力の限界に直面し、地球にはなかった新たな発見を見出す余地も潰されてしまうかも知れない。
もっとも大魔技師とて同じようなことをやっていたことを、ゼノは残された記述のコピーから知っている。
ただし彼の転生者は自制し、またコントロールをしていた。
高弟らは必ずしもそうではなかったのだが……少なくとも大魔技師が存命だった間は、魔術具文明の秩序は保たれていたと言える。
財団の特許制度が秩序機構の一部を兼ねてこそいるものの──"人類皆進化"という点において、財団以外の研究開発を阻害・停滞させるという恐れもある。
なぜならば無尽蔵に存在する特許という壁にぶち当たることに萎縮し、情熱を削ぐことにもなりかねない。
かと言ってシップスクラーク財団に入れば、それは財団という組織の型に嵌められてしまうことにもなる。
そも研究開発は根源的にしがらみとの戦いも含んでいるとはいえ、真に自由な環境を求めるのならば……。
ゆえにこそゼノは思い、想う──願わくば夜空に浮かぶ星々のように、誰もが無数の煌めきを放ち、互いに観測し照らし合うような未来をと。




