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#336 テクノロジーツリー I


 ──サイジック領都・"大地下開拓都市(ジオ・フロント)"──


 そこは地下に張り巡らされた上下水設備よりも、さらに地下深く……実験的な意味合いをいくつも備えた空間、(けん)輸送網であった。


 計算された採光設備によって、太陽の恵みの一部を受けることが可能となった一画(いっかく)にて。

 嫌気性消化ガスや地熱も利用できる、特殊な環境下における研究の為に建築された専門施設内で……会話に興じる二人の男がいた。



「──……"転生"のこと、知ってたんすか」


 一人は普段は掛けないメガネ越しに、鉛筆でサッサッと図面を引いていた人族の青年。

 財団の"大技術者"──"大賢しき"ゼノはやや短めの水色の髪を揺らしながら、手を止めて顔を上げる。


「ふむ、その様子だとゼノ──お前もシップスクラーク財団にいる転生者についても既知か」


 答えたもう一人は紫のメッシュが入った薄黄色の長髪に、同じくメガネを掛けていて、(たくま)しい筋骨によって着ている白衣のラインが盛り上がっていた。

 背中側には紫色の"二又尾"と、飛竜(ワイバーン)のような"前腕を(ともな)う羽翼"、そして人族の"両腕"の、合計"6つの手"を駆使して実験を(おこな)っている。

 見た目は竜人族なのだが、実際には神族から定向進化を経て"紫竜"の姿を模した魔族の男──"大化学者"である"無窮の紫徒"サルヴァ・イオ。



「えぇまあ……一応、本人の口から聞いてるんで」

「なるほど、ゼノお前は──ベイリルに随分と信頼されているのだな」

「サルヴァさんは違うんすか?」

「あぁ、我は過去に転生者を知っていたから少しな。しかしそうか、お互いに知っていることを知らされてなかったとは……いや秘匿情報であれば、それも当然か」


ベイリル(あいつ)が持っている情報は、はっきし言って異常ですからね。不用意な拡散を防ぐ意味では、それが正解なんでしょう」

「ハッハッハッ! (たぁし)かに」


「なんかサルヴァさんの言葉の節々(ふしぶし)から、あるいは(・・・・)とはたまに思ってはいたんすけど……」

「ほほう、我の(ほう)はまったく気付かなかったぞ。どうやらゼノ(おまえ)は隠すのが上手いようだな」

「……"帝都幼年学校"にいた頃は、少なくなく面倒な目に()ってたもんで」


 ゼノは特に懐かしむようなこともなく口にし、サルヴァも触れられたくないことを察してかあっさりと流す。

 


「今後はもっと突っ込んだ話もできようものか、なあゼノ?」

「……そっすね、まあ今みたいにリーティアやティータがいない時に限られますが」

「ほう、あの二人は知らないのだな」

「まず間違いなく。あいつらは隠し事ができる器用さは持ってないですから──っと、サルヴァさん。この部分はどうします?」


 話し途中でゼノは図面の一部を指差し、サルヴァは作業の手を止めないまま、その場でグッと背伸びして長身から覗き込む。


「区画が余ったのか? それなら栽培農園(プランテーション)がもう一つ欲しいところだ」

「わかりました。そうするっと……──」


 ゼノは技術研究者であると同時に工学・数学に長じているので、特に機密レベルの高い建築物について、その設計を一手に引き受けているのだった。



「ところでゼノよ、お前はベイリルとは長い付き合いなのだったな」

「おれは学園生時代からなんで、そこまででもないっすよ。リーティアがそれこそ童子(ガキ)の頃からです」

「我から見れば、財団員などほとんどが子供よ。10年20年くらいは誤差の範疇というものだ」

「まっそりゃそうですね」


 サルヴァ・イオは200年を軽く越えて生きる傑物にして、神領から極東より大陸を巡った賢者である。


「聞きたいのは、シップスクラーク財団──いやその頃はまだ商会だったか。どういうテクノロジー変遷を辿ってきたのかということだ」


「あぁはい、それなら……たしかにおれは商会設立初期からいるんで、おおよその技術系統樹(ツリー)の歴史は知ってますね」

「そうだ、ベイリルによってもたらされた異世界の知識が、どう繋がっていったのか……実に興味深いところなものでな」


 ゼノは一度その目をつぶってから、入学当時を思い出す。

 世界的に最も有名な四大学府の一つである帝都幼年学校を自主退学し、学園へと一人──可能性を求めてやって来た頃。


 "大魔技師"の手記のコピーから得た知識を……理解してくれたリーティア、実現してくれたティータ。

 そして己自身を活かす場を与えてくれたフリーマギエンスと、シップスクラーク商会のこと。



「ベイリル……いえ、商会がまず着手したのは"農業"改革でしたね。各種農法と効率的な農耕機械、土地に適した作物選定に品種改良、それらを(おこな)う為の交渉と……そして"肥料"」


 "農耕"──文明のあらゆる基盤となる一次産業。農耕なくして文明の発展なし。

 狩猟だけでなく定期的な食糧生産と貯蔵を可能にしたことで、人は余った時間を利用して別のことを考え実行するだけの余裕が生まれた。

 多くの文明は川に沿って"灌漑(かんがい)"設備を整え、淡水の供給だけでなく"(こよみ)"を効果的に利用し、品種改良を含めて農業を発展させていった。


「作物の生長に必要な、窒素・リン酸・カリウムの三要素。化学的に作り出すのは困難なので、さしあたってベイリルは魔術を頼ったようで。

 おれは分野違いなんで詳細は知らないですけど、相当苦労したみたいですね。それでも惜しみなく財貨と人材を投入して、形にしていった──」


 "肥料"──作物の成長によって消費された土壌を活性化させ、土地を新たに移動することなく安定した収穫を可能とした。

 人々は化学という概念がなかった時代から"畜産"動物の排泄物などを利用し、日々の生活の中で自然に(おこな)ってきた歴史がある。


 時には川の氾濫を計算した上で農耕地を開拓し、肥沃(ひよく)で豊かな都市を築いてきた。

 こと食料供給を向上させ人口を増加させるにおいて、古代から現代に至るまで、様々な形でもって連綿と続いていくテクノロジーである。



甲斐(かい)はあったというわけだな」

「みたいですね。ベイリルは最初期から商人や冒険者らに依頼して、世界各地に手を伸ばしていたらしいです」


 多様な環境で適応した作物やその種子の買い取り、料理の為の香辛料や材料探し、ついでに材木・樹脂、鉱物類まで調査させていた。

 

「化学肥料についても、サルヴァさんが関わっているんでしたっけ?」

「うむ、魔術を一切使わず、空気から窒素を作る方法のことだな。"空気からパンを作る魔法(・・)"だとベイリルは言っていたが……具体的なやり方はわからないらしく現在模索中だ」


 アンモニアを合成し、硝酸へと変え、さらに多用途に扱うことで化学産業をそのものを大きく発展させた。

 そうして化学肥料の工業的生産を可能としたことで、世界人口は爆発的に増えることになったのだった。

 収穫されたものは食物・飼料のみならず薬の原料であったり、衣服や住居、あるいは工業用品の素材や娯楽用途すら目的とする。



「ほぼ同時期に並行したのが、医療──いえその前に衛生でしたね」


 "公衆衛生"──実践的な医療と知識は積み重ねが必要だが、疫学(えきがく)などにも基づく衛生観念を流布・徹底させること。

 清潔に(まさ)るインフラはない。新鮮な空気、清涼な水、安全な食糧。身の回りの洗浄、生活排水の処理も含めて。


「感染と病気に類する知識、ベイリルのいた地球(アステラ)では当たり前のモノだそうで」

「細菌やウイルス、化学物質や毒など、いずれも我の分野だな」


 人間(ひと)が十全に生きていく為には、なによりもまず健康が前提条件であるがゆえに優先されたものであった。

 体こそが最大の資本。数を増やして維持していくことこそが、人類文明における基本にして最も重要なことなのである。


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