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#335 サイジック領 II


「ん、でもさ~サイジック領爆誕! って言っても今までと大してやることは変わんないんでしょ?」

「まっ基本的には、な。ただし……もたらされる結果が、今後変化していくのは間違いない」


 人口が増えるにつれて、テクノロジーが洗練されるにつれて、加速度的に文明は発達する。

 そしてその影響は世界全体へと波及し、変革される文明同士の相乗効果によって、さらなる変容を遂げていくことになる。


「今の世界はおおむね、"中世"と言える時代だ。まあこれは未来から見た(・・・・・・)場合の言い回しになるが……」


 実際の地球史で中世と一口に言っても時代は幅広く、また地域性によってまったく異なるのだが……あくまで包括的な科学テクノロジーを基準にした場合に区分する。

 魔術と魔術具文明こそあれ、部分的に近代的な発達が見られるものの──それでも全体として見れば中世と見てよいのだと。



「これからはフリーマギエンスによって、世界は"ルネサンス"期へと移行する。浮遊ライブで"文化爆弾"をかました皇国なんかは特にな」


 それはシップスクラーク財団が産み出し続けてきた文化でもある。

 美術や音楽といった文化面を浸透させ、新たに科学的な思考・思想──あるいは夢想。

 理論に基づいたアプローチが増えて、人々が一歩違う段階へ進んだのがルネサンス時代なのだ。


「だがこっちは"産業時代"を先んじる」

「産業時代、たしか……機械化された工業社会でしたっけ」


 地球史において複合的な要因が重なり、奇跡的に噛み合って最も変革した時代。


 中華やイスラム世界でも条件こそ整っていたらしいが、先んじたのはイギリスという一島国(いちしまぐに)

 その工業力は瞬く間に世界を席巻(せっけん)し、植民地化を繰り返して史上最大の版図(はんと)を築き上げた。

 被支配国が世界中にあって、その常に必ずどこかで昼日中(ひるひなか)に労働していたことから、"沈まぬ太陽"とまで言われるに至るほどに。


 テクノロジー差によって生ずる時代を先行した文明力によって、他を圧倒した実際の歴史に(なら)うことがひとまずの勝ち筋である。

 魔術があり、一個戦力になりえる超人がいる世界ではそう単純にはいかないものの──


「そう……サイジック領というたかが一地方が、世界人類を進化の渦へと巻き込んでいく。開幕から"黄金時代"でリードする」

「いよいよ、というわけですねぇ」

「なんか実感が湧かないな~」



 俺はテクノロジーの発展に最も邪魔なモノは何かと自問する……──それはすなわち"個人"であろう。

 人は共同体(コミュニティ)として社会を形成して、より多くが寄り集まることで発展してきた。


 しかし現代地球においては、個人主義と自由思想が蔓延(まんえん)している。

 増長した人権意識によって価値観を肥大化させ、雁字搦(がんじがら)めの秩序によって進化を阻害する。


 それは人々が豊かになったことの(あかし)ではあるのだが……科学の発展においてはそれらが敵ともいえ、合理よりも感情が優先されてしまう。

 例えばクローン技術やデザイナーズチャイルドといった遺伝子工学には、倫理面から見ても特に影響が大きい。



(そういった意味では……この異世界、この時代はとても都合が良い──)


 魔術があれば、より進んだ技術が必要な環境──無重力や超高圧──でも簡単に作り出すことができる。

 インフラなども構築・再整備しやすく、科学との併せ技こそ真骨頂。

 また魔力強化された肉体によって、重機がなくとも大きな労働力を確保することが可能である。


 竜素材や魔獣の死骸利用、あるいは"大地の愛娘"ルルーテの置き土産のような……現代地球と科学を超えた成果を得ることもできるのだ。


(何よりも……バレなきゃやりたい放題で、露見したところで大した問題にもならないのがいい)


 "倫理観を無視した実験開発"ができる時代であることが、異世界(こちら)でも非常に大きい利点である。

 人道に(もと)る──地球史でも幾度となく繰り返されてきた──非道な実験を気兼ねなく(おこな)うことができる。


 犯罪者に人権なく、奴隷は酷使されて当たり前。魔物を駆逐する為に手段は問わず。戦乱と弱肉強食が、誰しもの共通認識。


(すなわち、献身(けんしん)()いて、犠牲を容認することが許される)


 それはある種のマッドサイエンティスト的な考え方ではあるものの、進歩における促進剤であることを否定できないのもまた事実。



「な~んだかさ、あらためて壮大な話だね~」

「ついてけないか?」

「いやぁあーしは別に……どこまでだってついて行くつもりだけどー、ただなんというかさぁ──」


 食事の手を止めたフラウは、首を左右にゆっくりと振って言葉を選んでいると……ハルミアが笑みをこぼす。


「ふふっ、気持ちはわかりますよフラウちゃん。ベイリルくんと、キャシーちゃんと……それとこのお(なか)の子と、いずれ迎えるみんなの子も含めて──慎ましく暮らすのも悪くないですよね」

「うん……まぁ言いにくいけど、そーゆーこと」

「大それたことをやるよりも、日々を穏やかに過ごしたいってことか」


 それはつまるところ俺と数多くの人間の野望を否定しているようで、フラウとしてはバツが悪そうであった。



「フラウ……今の幸せが、失われるかも知れないことが怖いか」

「──そうなのかも。いやぁ一度経験(・・・・)してる身としてはね~」


 軽い調子で口にしたフラウであったが……どうしたって両親を喪失し、故郷を焼かれたトラウマがまだ根深く残っているのだろう。

 変化と革命は、安定と平穏とは反するものである。彼女が不安がるのも無理はなかった。


「だったら俺たちで守護(まも)っていけばいいさ、その為にも強くなったんだからな。過去の分まで、あらゆる幸せを欲張って未来を謳歌してやろう」

(やまい)は気から。前向きなのは大切なことです」


 フラウは頬をぷくりと膨らませてから、フーッと息を吐き出していく。


「ん、わかった。まっ、あーしも現実になってくオトギ(ばなし)は楽しみだしね」


 話が一段落したところで(はら)もちょうど満たし終えた俺は、水を含んで口内を風でミキシングして歯磨きをする。



「さてと、それじゃ早めに──」


 言葉途中で俺はハルミアへと視線を移すも、すぐに察したフラウが口を開く。


「ハルっちはあーしが責任を持って地上まで運ぶから大丈夫だよ~」

「皆の未来の為に頑張ってきてください、ベイリルくん」


 俺は二人を愛おしく感じながら、大きく(うなず)く。


「それじゃいってきます」

いってらっしゃい(いってら~)


 見送られる俺は窓から勢いよく、空へと飛び出した──





 そのまま風に乗って地上へと()ちながら思考を巡らす。 


(いま)(なか)ばでも本当に素晴らしい街並だ──とはいえ永久不変の国家は存在しない……」


 まだ独立もしてないし、帝国に属する一領地に過ぎない。

 しかし明確に開拓した土地に形作られた、果てなる理想の土台部分。


 今この時、ここ"領都ゲアッセブルク"が、今後の世界展望における中心にしてスタートライン。



(過去にも文明国家は数え切れないほど存在した……しかし、その多くが一過性だ)


 文化やテクノロジー面において言うまでもなく、地球史でも同様のことが何度となく繰り返されてきた。

 古くはメソポタミア、インダス、エジプト、黄河の四大文明。紀元前後の大ローマや大中華と、付随した知識と技術についても。


 かつて栄華を誇った国家や都市群の文化も、それが正しく継承されるだけのシステムがなかったがゆえに……毎回多くを喪失してきた。

 世界的に文明が継続するようになった現代においてすら……伝統芸能の後継者がいなかったり、ありとあらゆるモノが需要を失ったことで淘汰(とうた)されていく。



(それは……この世界でも同じ)


 竜種から神族、次いで魔族と人族、亜人や獣人──多種族が、多様な文明を築き、そして滅亡してきた。

 あるいは国家運営を失敗し、あるいは野心家が戦争で引き際を見誤り、あるいは大災害によって、あるいは……"一個体"の強度によって。

 黒竜や魔獣に物理的に滅ぼされたり、大魔王と手の者達によって文化物を破壊されたり、単純に魔物との生存圏闘争に敗北することもある。


 現在は神領・魔領・人領と分割され、大きく見れば帝国・皇国・王国・西連邦・東連邦・共和国・極東と分かたれている。

 しかしそれもまた歴史の潮流の中にある泡沫(うたかた)に過ぎない。いずれ(きた)る遠い未来の終焉を、回避できることはできない。



(だが……財団(おれたち)は違う。目指そうじゃあないか、どこまでも未来の果てってやつを)


 目標は無限に高く──決して夢想の話ではない。

 データバンクと教育を拡充することで、知識・技術・人間を継承し続ける。


 星に限界がきたなら別の星へ、星系がダメなら別の銀河へ、宇宙がいずれ収縮するとしたら……新天地(べつせかい)を目指せばいい。

 それが生存圏を(ひろ)げるということ。より多くの人類と、より豊かで多様性に富んだ文化と、より高度に洗練したテクノロジーを。


 どこかで滅びたとしてもどこかで生き延びる。それはリスクマネジメントでもあり、文明を存続させていく為の処世術。


「シップスクラーク財団と自由な魔導科学(フリーマギエンス)なら、それができる」


 "文明回華"──"人類皆進化"と"未知なる未来"を求めて、大いなる意志を言葉に込めて俺は紡ぐのだった。


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