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#332 黄昏の姫巫女 VI


 変わらない日常──それがはたして良い兆候なのか、あるいはその逆かはわからない。

 ハイロード家の一族が亡くなった件について、教皇庁はあくまで神族側に(ゆだ)ねるという立場を崩さず、しかして神族からも音沙汰がない状況。


 わざわざこちらから催促(さいそく)するわけにもいかず、わたしは今日も一日"黄昏の姫巫女"としての仕事を終えて、自室の椅子に深々と座る。


(いいえ、以前の日常とは……少しだけ違いますね)


 机の上に並ぶ"小さな箱"と"大きな箱"を、それぞれコツンッコツンッと指先で叩く。

 細長く片手に納まる小さいほうは──ベイリルという名の調査員から、強引に渡されたモノ。

 両手で持てるくらいの大きなほうは──巡礼者の一人から、是非にと(ゆず)り受けたもの。


 大きな箱についたゼンマイというものを巻くと、どういう仕掛けなのかはまったく不明だが……単音主旋律で構成された音楽が流れてくる。

 巡礼者達の(あいだ)でもたびたび話題に挙がっているもので、なんともはや高値での取引もされているのだとか。



 オルゴールと呼ばれるその箱が止まったところで、次にわたしは小さな箱へと魔力を流す──と、先ほど速度は違うが"同じ旋律"が流れてくる。

 さらにこちらは幾重に重なった演奏と、何よりも歌が流れてくるのだ。


「~♪」


 もう何度となく聞いた曲。幾度となく口ずさんでしまう歌。

 この小さな魔術具をくれた彼が、一体何を考えているのか……皆目(かいもく)見当がつかない。

 けれども何を()そうとしているのかは、"星典"によってぼんやりとわかっている。


 "フリーマギエンス"──不思議なもので、神王教をはじめとするどの宗教の教義とも相反することがない。

 伝統を大切にして、名誉には報い、文化芸術を推進し、経済を振興する。

 科学と呼ばれる学術体系と魔術を融合させて、人類を高みへと連れていくという思想は……少なくとも耳聞こえは良く、とても立派なものに思える。


 

(わたしの……やりたいこと──)


 黄昏の姫巫女となる前は、決して信心深いわけではなかった。

 幼少期より姫巫女となる教育こそ受けていたが、他の兄弟姉妹と比べて気は多く不真面目だった。

 だからこそ従兄のヘッセンとは昔から意気投合することも多かったし、自分以上に自由気ままな彼が(うらや)ましくもなったものだ。


 そして他の家を含めた数多くの候補の中から、心血を注いで努力をしてきたであろう者達を差し置いて……わたしが選ばれた。

 黄昏の姫巫女となれたのは能力ではなく、ひとえに黄昏色の魔力に近似(きんじ)していたからに他ならないことを(のち)に知ることとなった。


 それでも選ばれたことは、とても栄誉なことだと素直に思えた。


(立場が変わって、わたし自身も姫巫女たらんと振る舞うようになっていった)


 でもそれは……本当にわたしがしたかったことなのだろうか。数多くの巡礼者の話を聞くたびに、少なくなく夢想したものだった。

 違う、人生を、求め、(あゆ)めていたなら──例えば従兄(ヘッセン)のように、冒険者などやれていたらどうだったであろうかと。



 オルゴールにはない残る曲も聴き終えたところで、コンコンッと控えめなノックが耳へ届いた。


「どうぞ、(カギ)は開いています」


 わたしはスッと小型の魔術具をしまいながら相手が部屋へ入ってくるのを待つ……も、まったく反応がなかった。


「……? 開いてますよー」


 立ち上がってわたしは扉を開けると──ふわりと柔らかな風が吹いて──しかして、扉の前にも廊下を見ても……誰もいなかった。


「はて?」


 勘違いだったのかとゆっくりと扉を閉めたところで唐突にオルゴールが鳴り始め、驚きで体がビクリと揺れる。


「わっ……えっ……あれ──!?」


 閉じていたはずのオルゴール箱は開けられていて……同時に"窓際に立つ影"に気付く。



「ベイリルさん!?」

「どうも、少し振りですフラーナ殿(どの)


 そこには灰銀髪のハーフエルフが碧眼をこちらへ真っ直ぐ会釈をし、わたしも一礼にて返す。


「驚かせて申し訳ない、ちょっとした茶目っ気が抑えきれず」

「いいええ、少々驚きましたが大丈夫です。なにかお飲み物でも──」


「それには及びません。ところで(せん)だってお渡しした魔術具の返却を、よろしいですか?」

「あぁはい、とても素敵なものをお借りして……本当にありがとうございました」


 わたしは名残惜しい気持ちを押し殺しつつ魔術具を手渡した──と同時に、ベイリルの手によってスルリと新たに渡されたものがあった。

 それはたった今ベイリルへと返したものと同じ形で、黄昏色に塗られた魔術具であった。



「……あれ?」

「それはフラーナ殿(どの)の専用です」

「えぇ!? でもそれは──」

「こっちは俺にとってのお気に入り曲が入っているので、そっちのにはフラーナ殿(どの)が好きに歌を入れることができますので」

「そういうことではなくてですね! このような貴重な品を受け取るわけには……」


「技術は()りますが、さほど貴重なものでもないのでお気になさらず。それに黄昏の姫巫女にとっての、最後の(・・・)被献上品ですよ」

「はい?? それは一体どういう意味──」


 わたしの言葉がそこで止まる。なぜならばオルゴールでも魔術具でもなく──歌が外から(・・・)聴こえてきたからであった。


「これって……?」


 ベイリルが窓を開けると、何度となく聞いた演奏と歌声がより鮮明になる。

 わたしは思わず窓まで近付いて、歌唱が流れてくる方向を探っても……そこには黄昏時の空しかなかった。



「お迎えの時間です、フラーナ殿(どの)

「……説明を、お願いできますかベイリルさん」


 わたしは真っ直ぐに、彼の双眸を見つめる。


「"黄昏の姫巫女"という(オリ)から脱する時です。新たな人生と、"未知なる未来"が、貴方を待っている──」


 ドクンと心臓が大きく跳ねた。はたして、今わたしは、どんな表情(かお)を、浮かべているのだろう。


「そう遠くない内に弾劾(だんがい)され、黄昏の姫巫女という立場を喪失し、身柄もどうなるかわからない。であれば選択肢は他にない」

「殉教もまた、わたしに課せられた使命……なれば」


 自分でもどうしてここまで必死に搾り出すような言葉になってしまったのか、わかっていても認めたくなかった。



「なるほど。でもその魔術具に歌を入れて聴けるようにするには、俺たちと()くしかありませんよ?」

「うぅ……そ、それは──でも! 私欲に(まみ)れて自らと、立場と、民を(おとし)めることはわたしにはできかねます」

()、ですね。いえ正確には揺れていると言った感じ……」

「っっ──」


 そうだった、ベイリル(かれ)にどうしたって見透(みす)かされてしまうのだった。


「もっとも返事はどうあれ、このまま貴方の身柄は(さら)わせてもらいますがね」


 彼がそう言うと扉がガチャリと開き、振り向くと荷物を持った従兄(ヘッセン)が立っていた。


従兄(にい)さん! ベイリルさんが!!」

「知ってるよ、ここまで案内したのもおれだからな」

「では従兄さんは、ぜんぶ知っていたのですか?」

「そうだ、むしろおれのほうから頼んだ」

「そんな……いくら従兄さんでも、これは限度を越えています」

「構わんさ。責めは負うし、おれを一生恨んでくれても構わない。だがそれとは別にだ、いい加減あきらめて素直になれフラーナ」



 短くない付き合いの従兄──当然のように知られている。わたしが(かか)えている葛藤というものを。


「まっ今すぐにフラーナ(おまえ)を説得する必要もねえし、できるとも思っちゃいねえ」

「あっ……ちょっと!」


 わたしは従兄に肩まで(かつ)ぎ上げられてしまい、非力な身で抵抗を試みるも無駄であった。


「従兄さん! 降ろしてください!!」

「お断りだね。どうしてもイヤなら、魔術を使っておれを倒せばいいじゃねえか」

「身内相手にそんなこと──」


「ライブはまだ始まったばかり……特等席で楽しんでもらう為にも、急ぎましょうか」


 パチンッとベイリル(かれ)が指を鳴らしたところで、柔らかな風がわたしたち二人の身を包み込んでいく。


「ベイリルさん!!」

「まぁまぁ、とりあえずお話は歓待の後にゆっくりと聞きますから」


 窓から飛び出したベイリルに続くように、わたしと従兄の体も空へ空へと昇っていく──


 そして同時にわたしの感情もどこまでも空に近く上がっていくのだった。

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