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#331 音楽


 "現代知識チート"──と俗に言われるが、実際的に様々なものが当てはまる。


 具体的な機構を知っていれば、日々の生活の中で即座に活かせるものもあるだろう。

 義務教育で学んだ数学でも大きな武器となるし、(やしな)われた論理的な思考力は誰もが備えている特性というわけではない。

 また疑問を(てい)し、仮説を立て、実験と検証を重ね、データを収集し、理論を構築・修正し、再現性を見出していく──現代では当たり前の科学的思考と手法は発展において重要となる。


 経済においても複式簿記で明確化し、為替や株式を導入したり、あるいはマルチ商法といった現代においてイリーガルなやり方も一儲けするのに役立つ。

 歴史として学んだ地球史の中にも、数多くの成功や失敗といった教訓が多く存在し、当たり前のように備えている知識が大いなる武器となり鎧ともなる。


 病原菌やウイルス、他にも細胞やホルモンや人体の免疫機能を知っているからこそ、アプローチを変えて対応していくことができる。

 そして世界とは化学反応によって成り立っていることを理解し、原子論を詰めていけば……ありとあらゆる可能性が見えてくる。


 電気がどれだけ有効に活用され、現代文明のありとあらゆる基盤を作るほどの不可欠なモノとなりえたのか。

 採掘された石炭・石油やレアメタル類など、知らなければ単純な用途にしか使えない資源が、後世にどれほどの価値を持つのか。


 文明の発展によってもたらされる社会や思想の変化すらも……"地球で実際に起きた過去が、異世界における未来の可能性の一つ"として知ることができている。

 そして技術的なものだけでなく、もう一つの柱となるもの──それこそが"文化"である。



『オレたちの歌を聴けェ──ッ!!』


 専用に建築された屋内ライブ会場にテノールボイス響き渡る。

 ギターボーカルのヘリオ、ベースのルビディア、ドラムのグナーシャ、リードギターのカドマイア──

 四人のロックバンドライブの演奏と歌声は、ライブ会場の魔術具を通して飛空島(スカイ・ラグーン)から地上にまで広く発信されるようになっていた。


 これこそが今回最大の作戦となる"文化爆弾"──飛空島(スカイ・ラグーン)を使った空中からの皇国領土縦断(じゅうだん)ツアーライブである。

 オルゴールという形で鳴っていたメロディーが、今度は歌声として皇国中を席捲(せっけん)していく。

 同時に頒布(はんぷ)したフリーマギエンス小星典と、シップスクラーク財団の情報操作によって、皇国人達にカルチャーショックを与える。


 人々は既知のようでいて、新たな娯楽(みち)と遭遇することだろう。

 吟遊詩人の弾き語りや、荘厳な聖歌とは全然違った、新機軸をゆく音楽の形。

 


 "歌唱"──それもまた現代知識チートの一つであり、"音響学"も一つのテクノロジー体系である。


 芸術、演劇、文筆など……人々は余暇(よか)を使って創作し、それらを鑑賞して楽しんできた。

 音楽は歴史こそ古いが、実際に体系化されるまでには長い年月が掛かった。


 さらには歴史が紡がれていく過程で、様々なジャンルとして派生し、隆盛を極めていった。


 俺の持つ現代知識は、それを()って湧かせることができる。

 長く愛され続けるクラシックから、大ヒットした往年の名曲、最新だった流行曲に至るまで。

 数限りない天才作曲家らが苦心して創り上げたメロディーラインを、そのまま模倣(パク)って成果にしてしまうことができる。


 音楽の可能性は測り知れない。たった一曲のクリスマスソングが、戦場を止めて意思を統一させることだってあるのだ。

 一方で敵性音楽として厳しく規制されることもあり、その影響力が決して無視できないことの証左ともなる。

 

 時間と国境を越えて愛される音楽は、種族差も長命も関係なく……それは異世界だろうと同じこと。

 聴く耳と脳さえあれば等しく突き刺さり、感情を揺さぶるパワーが音楽にはある。


 文化とは、知的生命体だけが持つ大いなる(ちから)なのである。

 


 100人程度が入る屋内客席には、大監獄より解放し新たに財団へ引き込んだ元囚人達が、飲料と軽食をそれぞれ片手に座らされている。

 まずはシップスクラーク財団がどういう組織であるのかを、ファーストインパクトとして植えつける。


(やはり音楽は長い人生には必要不可欠だ──)


 俺は観覧席で最も音響効果が高まる場所に一人で陣取りつつ、現代日本に住んでいた頃に聞いていた(それ)に似た演奏と歌声に酔いしれる……。

 久し振りに全身で感じる音楽は、疲弊した肉体に確かな活力を与え、魂が震えるような昂揚感をもたらしてくれる。


(リハーサルの時よりも、(アチ)ィな)


 収監前に何度か聴いた時とは、やはりテンションがまったく違っていた。

 動きのキレとノリっぷりも違う、それはカドマイアが加わったからという部分もきっと大きいのだろうと思う。


 このまま皇国中を渡る予定なので、少しくらいは(ちから)をセーブすべきだとも思うが……。



(ギターか、俺もやってみようかな)


 転生前の自分を振り返れば──俺の領分は吹奏楽(トランペット)であり、ロックバンドよりはオーケストラやジャズの方面である。

 しかし金管楽器は構造が複雑なモノが多く繊細で、まだ再現には至っていない。


(シップスクラーク商会(・・)時代の技術力でも、ギターやドラムはなんとかなったが……)


 底抜けた円筒形の箱に、動物の皮膜を貼り付けた打楽器。

 共鳴させる為の箱に、動物の毛や金属の糸を()ばして取り付ける弦楽器。

 あとはそれらを雛型として、より適した素材、より適した形、より適した調律をしていけば完成するのでそこまで難しいものではなかった。



表現者(アーティスト)にしか味わえない快感──)


 それは本人の資質と表現によって立つものであり、どれだけ金を積もうとも味わえない文化娯楽の一つ。


 ロックバンドはステージ上にいるまま、続いてアイドルユニット──ジェーンとリンが現れる。

 ヘリオ達はそのまま残って演奏し、さきほどまでのアップテンポとは打って変わってゆったりとした旋律と歌声が響く。



 俺が音楽に没入し(ひた)っていると、しばらくして近付いてくる気配へと顔を向ける。


「──お隣、よろしいですか?」

「どうぞどうぞ、"エイル"さん」


 俺は新たに財団員となったばかりの彼女を、隣の空いている席へと迎える。


「お元気そうでなによりですね」

「まぁ荒事は慣れているので。エイルさんこそ、お体の(ほう)は大丈夫なんですか?」

「えぇ、肉体が消滅したり魔力が枯渇さえしなければいくらでも──ただ、(いさ)んだ割に足を引っ張る形になってしまいましたが……」


 条件付きとはいえ不滅と言えるエイル・ゴウンは、回復も早く後遺症も特にないようであった。



「いえいえ断じてそんなことは。エイルさんたちがいたからこそ、俺は将軍(ジェネラル)を観察し見極められ、進化の階段を(のぼ)る一歩を踏み出せたんです」

「そのようですね、"魔導師"になられたこと──死した身で魔力によって生きる(わたくし)にはとてもよくわかります」

「わかっちゃいますかー」

「それでも……よく、殺し切れましたと言えるでしょう。あのような怪物を──」


 今思い返しても、我ながら本当によく打ち倒せたと思うが……死線を()(くぐ)り、限界を超越した時はいつだってそうだった。

 将軍(ジェネラル)が十全でなかったことを差し引いても、自画自賛して良いところであろう。


「俺の持てる(すべ)ての集大成です。懸けた空想(おもい)の強さが違いますよ」

「本当に驚かされることばかりです」

「まだまだこれからですよ。シップスクラーク財団のこれまでと、これからを……存分に堪能(たんのう)してください」


 "文明回華"と"人類皆進化"。魔導科学(マギエンス)の二重螺旋を(えが)く系統樹は──どこまでも深く根を張り、その枝葉を宇宙にまで届かせ実をつける。



「えぇ、この歌も……とても素晴らしいものですね、(わたくし)が生きていた頃には無かったものです……"あちらの(かた)"も、随分と熱狂してらっしゃる」


 そこには泣きながら必死に、色とりどりの携帯式光灯(サイリウム)を振る一人の男──"カラフ"の姿があったが、俺は見なかったことにする。


「あれは気にしないでください。なんにせよ今の時代でもまだ財団(われわれ)だけの文化です。いずれ世界中に広めていきますけどね」


 まさしく今この時、今この場所が、文化を浸透させる手始めゆえに。

 世界をあらゆる感動と惜しみなき興奮の坩堝(るつぼ)に叩き込んで、世界を変革させていく。


(そして今──この感動を最も伝えたい、伝えるべきは……)


 俺は宙ぶらりんの立場で待たせてしまっていた約束の人物、"黄昏の姫巫女"フラーナをその脳裏に思い浮かべたのだった。



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