#329 スカイ・ラグーン
「くっはッハハハハハハハ! 見ろ! 人がゴミのようだ!!」
厳密にシチュエーションこそ違うものの……俺は高みから大要塞と展開する駐留軍、さらに動き出している魔領軍他を眼下に眺望して叫んだ。
すると狐耳と尾をピクピクと可愛げに動かしながら、金髪の少女が澄んだ瞳を向けてくる。
「あっ! それお約束だ!」
「おうとも、ツッコミありがとう"リーティア"」
フラウは消耗と怪我で休んでおり、今この場には俺の隣に末妹リーティアが立っていた。
「でもベイリル兄ぃ、コレに兵器は積んでないよ?」
「わかっているさ。そもそも一戦を交えるつもりもないし、ただ人生には一度は口にしてみたい台詞ってのはことのほか多いもんだ」
はっきり言ってしまえば、俺にとって大空からの景色というものは非常に見慣れている。
それでも地球ではまずもって実現不可能な浪漫にの上に立っている以上は、心が踊るというものだった。
「で、どうよベイリル。感想は?」
白衣を着る水色の髪をした青年、数学と工学分野の第一人者である"ゼノ"は得意気にニヤリと笑ってみせる。
「あぁ最高だよゼノ、素晴らしい仕事ぶりだ。それに"ティータ"も大変だったろう?」
「そっすねー、でも今までにないやり甲斐があったっす」
桃色髪をツインテールにしたドワーフ族の彼女は、自信げにトンッと自分の胸元を軽く叩く。
「これが俺たちのとっての"浮遊大陸"──その取っ掛かりとなる"飛空島"第一号なわけだ」
今現在、俺達はまさしく"空に浮かぶ大地"の上に立ち、遥か下には地上があるという構図。
"空飛ぶ小さな島"──技術的ハードルの高さと多さをいくつも克服し、飛行船をすっ飛ばして実現した魔導科学の粋の一つである。
「浮遊大陸ねぇ、眉唾なモンだが……本当にそんなもんあるのか?」
「まぁ俺もまだ直接見たことはないがな。でも不可侵海域があるのは確からしい」
大陸の北の海──北洋──にはゆっくりと回遊する竜巻と暴風雨によって鎖された領域が存在し、その直上には巨影が映るという。
曰く──神領を捨てた"真なる神々"が坐する聖域。
曰く──消えた"頂竜"が棲まいし竜種達の楽園。
曰く──過去人知れず、真理に到達せし文明が残した理想郷。
曰く──暗黒時代における、神領あるいは魔領陣営いずれかの最終兵器。
曰く──大陸に見えるがその実は、あまりにも巨大過ぎる魔獣の影。
曰く──地図なき時代に英傑と大魔王がぶつかった結果、現代まで残り続ける余波災害。
曰く──実は今もなお生存している"大魔技師"が、新たな高弟達と隠居する浮遊工房。
曰く──誰も見ず、誰も聞かず、誰も知らぬ英傑が住まう魔法の地。
曰く、曰く、曰く、曰く──
その真相について言及した伝承・風説・物語は、枚挙に暇がないほど多種多様である。
「あるいは……どこにも属さない浮遊国家なんてのも、本当にあるかも知れないぞ」
世界には数多くの浪漫が溢れていて、生きる上での退屈はまだまだ尽きることはない。
そしてシップスクラーク財団もまた、そういったモノを解明すると同時に、創り出していく側でもあるのだと。
「理論的には考えにくいがな。稀に数十メートルくらいの浮かぶ岩塊なら、鳥人族が拠点にしていることもあるとはいえ──」
「そういうのは浮遊極鉄じゃなくって精錬前の浮遊石っすからね、大陸って言われるほどの大きさを浮かせられるかと言うと……」
「んーーー、何か別に助長させてる物質でもあるんかなぁ? それとも磁場に対して反発か遠心力か、その他うま~いこと拮抗してる要因があったり?」
「まあ局所的に乱れてる可能性は大いに考えられるか。なんせ降り止むことない暴風圏なんて通常は──」
「いやでもっすよゼノ、乱れているならまず先に──となるわけっすから、まず考えるべきは──」
「えーーー、ティータの言い方だと──も影響してこないとおかしくない? だからさぁ──」
俺の中で咀嚼しきれない言葉が飛び交い始め、小難しい話に置いてけぼりになったところで俺はテクノロジートリオを制す。
「三人とも、妙案がある」
「あ?」
「お?」
「ん?」
「それがなんであれ未知ならば、調査して既知にするのが手っ取り早い。ゆくゆくは"空中機動要塞"を建造してな」
「ベイリルよぉ、んな簡単に言うなっての。この飛空島だって苦労したんだぜ? ベイリルが今回の企画でいきなり使いたいって言うから急ぎ、予定の大幅繰り上げよ」
「特にティータが大変だったよねぇ~。推進用の外燃プロペラ周りに、熱排出を利用した循環機構と~……なにより浮遊極鉄の最終調整」
「いやいやリーティアも苦労してたじゃないっすか。ベイリっさんの迷彩再現と、大型拡声魔術具だってジェーンさんらの為に最高のバランスを~って」
今現在こうして立っている全長にして100メートル超ほどある飛空島には、ライブイベントの為の機材を含め、様々な機能を備えている。
居住区と機構部と自然部に分かれて起伏を形成していて、緻密なバランスを考えて設計され、構築されているのだった。
核となる浮遊極鉄で骨組みを作り、周囲を成形しつつ強度と軽量化の両立までもが図られている。
蒸気タービンを利用してプロペラを回し、余剰熱を利用して周囲の大気にも干渉する。
本来は高高度での大気調整の為の機能であったが、それだけでなく空気密度を変化させて光を屈折させることで、周囲との同化効果をもたらすことに成功した。
俺が使う"歪光迷彩"の精度には程遠いものの、浮遊する空の保護色として紛れて消える程度には問題なかった。
地上部と地下部を合わせれば数百人単位での収容が可能であり、適時補給を前提に、不自由なく長期滞在が可能な配慮が行き届いている。
そして専用の屋内ライブ会場は照明から音響までしっかりと環境が整えられていて、それを飛空島の外──すなわち地上までも届けられる仕様になっていた。
実験的な部分も多くデータ収集も兼ねているが、テクノロジー系統樹の枝に成った大いなる果実なのである。
「──三人とも、俺の無茶を聞いて……叶えてくれて、改めて本当にありがとう」
俺は深々と頭を下げて感謝を示す。もちろん言葉だけでなく、もっと具体的な形で報いたいとも思っていた。
「そして期待しているよ、今後ともな」
「まっかせといてよ! ベイリル兄ぃ!」
「おまえの夢はおれたち──財団の夢でもあるんだ、いちいち気を遣わなくっていいぞベイリル」
「最近は楽しくて楽しくてしょうがないっすからね~」
浮遊し、移動する島を人工的な実現にまで至った"魔導科学"──
サイジック領都の完成も近いし、シップスクラーク財団もさらに大きくなっていく。
未知は既知となり、新たな未知を見出していく。そうやって世界は回していくし、回っていくものだと。
「──ほんっと、自分が子供の頃だった頃を思い出すくらいに」
続いたティータの言葉に、俺は学生時代の一幕でわずかに話したことを思い出しつつ尋ねる。
「そういえば……ティータは子供の頃に、幼馴染の影響で"モノ作り"するようになったんだっけか?」
「そっすよ。自分も小っちゃい頃からまぁまぁ……変人の類だったっすけど、輪をかけて変だった子がいて──」
ティータの言葉に先んじて補足するように、ゼノが腕組み笑って差し挟む。
「変人同士つるんで、大人の手を焼かせていたわけだ」
「うっさいすよ、ゼノ」
「えぇ……おまっ昔から自分で言ってるくせに」
「自分以外の人間に言われるとなんとなくむかつくじゃないすか」
「理不尽だ」
(俺もフラウを連れて、色々とやったもんだな──)
異世界という未知の新天地へと転生して、どう生きるか、どう違うか、どう活かせるかを模索するために幼馴染を連れ回した記憶が蘇る。
嘆息を吐き出すゼノの横で、リーティアが自分の髪を両サイドから持ち上げてぐるんぐるんと豪快に回し始める。
「大人が知らないようなことも、いろんなことを教えてもらったっす」
「ティータがツインテールにしてるのも、幼馴染の影響なんだよねぇ」
「うん。昔からお揃いにしてて……もう離れてだいぶ経つっすけど、繋がりを断ちたくない思いがあって──」
するとティータも自分の桃色ツインテールの毛先をくるくるといじる。
「今もどこかで元気にしてるかなあ……──"スミレ"ちゃん」
ふと吐き出されたその名前に、俺は一瞬間の抜けた表情を見せるのだった。




