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#328 黄金と悠遠


 どこかくたびれたような装いに、七三に分けられやや禿げ上がった金髪。

 両の手をポケットに突っ込んだまま、コキコキと首を鳴らして現れ出でたるは──俺にとって最初の同志"黄金"ゲイル・オーラム。


「オーラム殿(どの)……来れないって言ってましたよね?」

「なんか思ったより面白そうなことをやるみたいだったからネ、別件は早めに切り上げてこの波に乗りにきたよん」

「しかもこのタイミング──狙ってました?」

「いんやぁ~、まっそこはボクちんの日頃の(おこな)いってやつかな」


 無限とも錯覚するほどの量と長さの"金糸"を自在かつ華麗に操り、飛行魔術も平然とこなす傑人。

 "五英傑"には及ばないまでも将軍(ジェネラル)と同様、世界でも準頂点級と言える絶対強者。



「というか来てたんなら、上から見ていたってことですよね? 加勢してほしかったんですけど」

「呼べば行ったけど?」

「……そっすね、来ていたのを知らなかった俺の落ち度ですよ」


「はっははーハハハハ、まぁそう言うねぃ。結果的にはキミらの仇敵(カタキ)だったそうじゃあないか。いかにワタシとて邪魔をするなんて無粋なマネはできんヨ」

御心遣(おこころづか)いどーも、オーラム殿(どの)。結果オーライですが……もし似たようなことがあれば遠慮しなくていいんで、ガンガン助力お願いします」

「ふーん、そう? じゃっさっそく選手交替かナ」


 ポンッと肩を叩かれた俺は……ファウスティナと相対する様子を眺めながら、頭の片隅でつい妄想をする──仮に今の俺がゲイル・オーラムと戦ったら、と。

 将軍(ジェネラル)にはなんとか勝てたが、はたして万全の状態から"黄金"に勝てるのだろうかと。


詮無(せんな)い話だな)


 男の子として転生し強くあり続けてきたし、(ちから)比べも大好きだ。それでも彼と命のやり取りをすることまではありえない。


(逆に考えれば……俺がそれだけ成長できたってことだ)


 かつては俺だけが一方的に殺す気で掛かって、それでも手加減され軽くあしらわれるほどの厳然たる力量差が存在していた。

 しかし今の俺であれば、ほんのわずかでも歯牙を掛けられるくらいの可能性を見出せるだけの強度があるということ。



「行こう、クロアーネ」

「えぇ、そうですね。オーラム様、御食事の希望はありますか?」

「ないよォ~、おまかせ」


 もはやここに俺の演じる役割はないと、クロアーネの手を取ったところで……古き主従は日常のようなやり取りを交わす。


 そうして次の瞬間には俺達はさらに高く飛んだ──聖騎士を相手にしても、遠巻く彼にとっては日常と変わらない。

 そのことは俺も、クロアーネも、ゲイル・オーラム自身も……そして敵であるファウスティナも知るところであった。





 ベイリルとクロアーネを見送りつつ、ゲイル・オーラムはかつての仲間を見つめる。


「追ってもいいんだよォ?」

「そんなことを許すわけがないくせに、白々(しらじら)しい」


 空間にきらめく金糸──それはワーム迷宮を共に攻略した頃を、イヤでも思い出させる。

 昔を懐かしむような状況ではないものの……それでもファウスティナは一言ぽっちでも返したかった。


「老いたな……ゲイル、かつての貴様とは見る影もない」

「せっかくの再会だってのに言うねェ、ファウスティナ。キミはその鎧のおかげか、見目だけは若いようだけどネ」


 容姿はかなり変わってしまっても、その飄々(ひょうひょう)とした感じは……昔となんら変わっていなかった。

 だからこそファウスティナにとっては、どうしようもなく腹立たしくなろうというもの。



「ゲイル、貴様……どの立場にいる? どこまで関わっている」

「んっん~~~? ボクちんはな~んも関わってないよ、絵図を描いたのはぜぇ~んぶア・イ・ツ。ワタシはた~だ単に楽しそうだなって、自分もちょっと舞台に上がった程度の観客だしィ?」

「……貴様の盟友だと言っていたが──」

「そうだよ」


 実にあっさりとあっけらかんと事実であることを認めるゲイルに、ファウスティナは視線を細める。


「死線を共に(くぐ)り抜けた仲間──ファウスティナ(キミ)と、オラーフと、ガスパールと組んでいた時も悪くなかったけどねェ。アルトマーは単なる支援者だから別として」


 "悠遠の聖騎士"、"帝国の盾"、"深焉(ふかみ)の魔導師"、"共和国の大商人"──

 それぞれがあの時とは比べ物にならないほどに()()せたというものだった。



「たしかに……全員が所属も目的も違うというのに、よくも組めたものだと今でも思うが──」

「オラーフは帝国領の内部査察、ガスパールは魔の探求、アルトマーは投資」

「そしてゲイル(きさま)は単なる暇つぶし」

「うんうん、純粋に制覇しようとしていたのはキミだけだったねェ……」


 最年長だった軍人は──歴戦を積み上げた確かな実力で、自然と皆をまとめあげ牽引(けんいん)し、報酬すらも譲った。

 道を苦悩していた魔術士は──深淵を求むべく渋々ながら合流、いつしか悩むことをやめて協力し、魔導の知識を望んだ。

 若く成長途中にあった青年は──ただ思うがままに(ちから)を振るい、恐れを知らずに突き進み、何も欲することはなかった。

 憧れだけでやって来た最年少の少女は──周囲に支えられながら、その才覚を実戦の中で磨き上げ、聖騎士に相応しい武具を求めた。

 既に勢いを増していた商人は──いち早く有望な人間に目を付け、時に渡りをつけて立ち回り、永久商業権を願った。


 彼らの攻略譚(こうりゃくたん)はしばしば語り草となるものの、しかして内実は本人達しか知ることはない物語。



「あっそうそうそれとファウスティナ、キミとの二人旅も嫌いじゃなかったヨ」

「くっ……あの頃のことを蒸し返すな」


 それはファウスティナにとって掛け替えのない時間ではあったのだが、若気の至りで済ませておきたいことでもあった。


「でもキミとは未来が見え(・・・・・)てしまった《・・・・・》からネ──今となっちゃ悪いコトしたと……」

「まったく思っていないのだろう!」

「うん」

「っ……はっきりと──だが、別に構わん。あの時はわたしも熱に浮かされていたようなものだ」


「まったく人は変わっていくものだねェ。ワタシもあの青年(・・)……でもないんだが、ベイリル(アイツ)と出会ってようやく見つけられたといったところかな。この6年ほどは退屈しなかったヨ」

「遅咲きだな」

「かもネぇ、そしてこれからも退屈とは無縁の人生が待っている──ファウスティナも聖騎士なんて辞めて……いやそのままでいいから財団(うち)にも来ないかね?」



「……は?」


 ゲイルの一言に、ほんの数秒ほど呆気(あっけ)に取られてからファウスティナは眼光を鋭くする。


「ふざけているのか貴様」

「人材は、いくらあっても、困らない──今日の仇敵は、明日の同志サ」

「本気で言っているのか……?」


 ファウスティナは変わらない冗談だと思っていたが、ゲイルの双眸は至って真剣な色を宿していた。


「"未知なる未来"を求め、"人類皆進化"を求む我らシップスクラーク財団は、あまねく人々と文明の発展を(うなが)す、そうだよ?」

「シップスクラーク、財団……? たしか皇都で"使いツバメ"業をやっている──」

「そんだけじゃなぁ~いよ、他にも手広くやっている。製造・運輸・卸売(おろしうり)・直販から、仲介・代理・斡旋業(あっせんぎょう)に、多様な事業の請負(うけおい)などなどね」


 懐疑的(かいぎてき)な視線を向けるファウスティナに、ゲイルは肩をすくめてやれやれといった様子を見せる。


「おっとォ、もちろん皇国法には何一つ触れてない。どれも正式な手続きを経て認可を得ているし、色々(イロン)なお得意様もいるくらいサ」

「……戦争業(・・・)もか?」

「他国のことなのに、よく知ってるねェ」

「"折れぬ鋼の"殿(どの)が参じて終結を見た(いくさ)だ、今思い出したところだが」


 番外とはいえ、同じ聖騎士──まして"五英傑"たる人間の動向と実績を、知らぬ存ぜぬわけがなかった。



「インメル領会戦も慈善事業の一環(いっかん)サ」

「嘘ではないようだが、(いつわ)りなき真実でもないようだなゲイル」

「ハハッまったく、元身内はやりにくいねェ。ワタシは正直者だから、誰かさんたちみたいに(たばか)るのは不得意なもんでね」


 ゆっくりと……ファウスティナは一度だけ深く息を吸い込んでから、決意と覚悟とを言葉に乗せる。


「やはり捨て置けない、もう昔のわたしとは……その立場と責任の重みが違うんだ」

「それじゃぁどうするのかネ?」

「言うまでもない、()すべきことを()す」



「じゃっ──しょうがないね」


 二人が交錯(こうさく)したのは一瞬であり──そしてその一瞬で決着がついてしまっていた。

 初手から全力で飛び出したと思ったファウスティナは、立ったまま停止する。


「くっ……ゲイルッ!!」


 ファウスティナが動かせるのは首から上くらいであり、ワーム鎧の変形すらも完全に封じられてしまっていた。


「"魔獣"すらも縫い止めたモノだ、そこそこ本気でやったから()けるまで丸一日くらいは掛かるかな? なぁに、他の者は近寄れないようにしておくからサ」


 悠々と空中に張られた金糸の上を歩いて、ファウスティナの眼前まで立ったゲイルはポンッと肩を叩いてほのかな笑みを浮かべる。


「んーまっボクちんとしてはぁ……変わってない部分もあって少し懐かしかったよ、ファウスティナ」


 ファウスティナは無様な抗言はせずに突きつけられた実力差を噛み締めながら、次にゲイルが顔を向けた先──大空(そら)──をつられて見つめる。


「とくと拝むといいヨ、シップスクラーク財団の集大成の一つをね。そしていくらでも考え直してくれてもいい」


 ゲイルがクイッと指を動かすと、遠目に見える金糸が動いて大気を攪拌(かくはん)する。

 すると空に大きなシルエット──"浮遊する島"──がファウスティナの両の瞳に映り込み、しばらくするとまた消えてしまうのだった。



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