#327 悠遠の聖騎士
ひとまずの用を終えた俺は残る支援物資を放置し、俺はクロアーネを抱きかかえる形で空を飛ぶ──
すると幾筋にも空を疾駆る"遠雷"が徐々に近付いてくるが見えるのだった。
「──こりゃあノンビリしすぎたか。そもそも大要塞にはもう駐留していないハズだったんだが……」
「敵ですか?」
「少なくとも味方じゃない、とりあえず交渉次第か」
急速に近付いてくる影に、俺は固化空気の足場を作ってクロアーネと少し距離を取る。
あっという間に距離を詰めて滞空する女性は、こちらを射抜くように睨んでいた。
「見た顔だな、"賊"め」
「また会いましたね、"ファウスティナ"さん」
"悠遠の聖騎士"ファウスティナ──大要塞に潜入し、脱出する際に一悶着あった相手である。
ワーム迷宮の制覇特典で身に付けている翼の生えた"ワーム全身鎧"と"黄竜由来の弓"に、業物であろう腰元の直剣。
「やはり、そういうことか。貴様が手引きしたのだな、今回の一件を──」
「滅相もない」
残り少ない上澄み魔力だけで相手にするには、いささか未知数が上回る相手である。
会話によって切り抜けられるならばと、俺は頭の中で脚本を構築していく。
「大監獄へ侵入していた男が、この場に都合よく居合わせたとでも言うのか!!」
「そこは偶然ではありません──」
「ならば!」
ギリッと矢をつがえて雷を纏わせるファウスティナに、俺は冷静に相手を見据える。
「俺は近い内に脱獄劇が起きるという話を聞いたからこそ、個人的に調べていたに過ぎない」
「……なに?」
食いついてきたファウスティナに、俺は含み笑いをたっぷりに告げる。
「──"アンブラティ結社"」
「……? アンブラティ結社、だと?」
「こたびの囚人解放計画の糸を引いていた集団です。そしてその直接的な実行にあたっていたのが……純吸血種──」
あぁそうだ、結果的に結社には散々な煮え湯を飲まされる形になった。
だからこそ……こちらも"意趣返し"をしてやろうじゃあないか。
徹底した暗躍ばかりで表舞台に出てこないなら、引きずり出してやる。お前らの罪はお前らで贖えとばかりに。
「ファウスティナさん、貴方と至誠の聖騎士ウルバノ殿をまとめて相手にした将軍のことですよ」
「なっ──!?」
「奴はわざと捕まった──心当たりがあるのではないのですか?」
絶句を顔に貼り付けるファウスティナに、考える暇を与えずに俺は畳み掛けていく。
これもまた一つの"情報戦"。相手より常に先んじた情報を得た者こそが、一方的な優位性を有することができる。
「彼の者の名はグリゴリ・ザジリゾフ──かつて西方魔王としても名を馳せていたほどの傑物。そして結社内では将軍と呼ばれた古株の殺し屋です。
奴には個人的に故郷を焼き滅ぼされた恨みがあるもので──だからこそ将軍とアンブラティ結社を追っていたし、その過程で大要塞にも潜入させてもらいました」
苦虫を噛み潰したような表情を見るに、ファウスティナにはもはや他の考えを致すだけの余裕はなさそうであった。
我ながら即興のシナリオにしては筋を一本通してあるし、人は与えられた情報から見たいものを見るものである。
だからこそ俺は嘘の中に真実を重ねることにする。
本来であれば"嘘のような真実"なのだが、"真実のような嘘"の後だからこそ効果的に信じさせることができる。
「そして最も重要なことです。将軍は先だっての"神族殺しの犯人"でもあります」
「……ッ!!」
「アンブラティ結社が何を考えているかはわかりませんが、神族と皇国の間に不和を起こしたかったようです」
「ありえない! さっきから謎めいた組織の話にしても──」
既に弓を下ろしたファウスティナは情報のオーバーフローを起こしているのか……。
思考停止気味でやや短気を起こしかけているのは不都合でありつつも、不安定さに付け込むには好都合とも言える。
「聖騎士ほどの立場であれば、深く調べられると思います。皇国に根を張ったアンブラティ結社と……通じる人間との、不可解な背後関係が必ず見えてくる」
そこでファウスティナはハッとした表情を見せる。
「──どうやら既にお心当たりがあるようで」
「貴様はいったい何者なんだ……?」
「言ったでしょう、復讐者ですよ。将軍に関しては既に終焉りましたが……」
「それはどういう──」
「あのヴァンパイアをこの手で殺したということ以外に何があると?」
「貴様が……? ありえ──」
ない、とはファウスティナも続けられなかった。なぜならば彼女自身が痛打を喰らって一度取り逃がしているがゆえに。
「っ……わかった、その話には頷ける部分がある。だがもっと詳しい話を聞きたい。だから……参考人としてわたしと共に来てもらいたい」
「それはできかねます」
「なぜだ? 決して悪いようにはしない。やましいことがなければ問題ないだろう」
(──やましいことがあるからだよ)
とはもちろん口に出さない。俺は竜教徒グルシアとして皇都で暴れた上で、聖騎士長らにも顔を見られている。
彼女は気付いてないが俺は紛れもない脱獄者であり、そうなると今しがた語った脚本の信頼性も損なわれてしまう。
「なにぶん仇敵を討つという私心によって、大要塞に不法侵入した身ですから」
「その程度のことは、わたしが聖騎士としての権限で罪を問わないと約束する。そのアンブラティ結社とやらのことも、わかるかも知れないのだぞ」
「いいえ、それにも及びませんね。こっちはこっちで属している組織があるので──船頭が多くなってもロクなことはない」
「むっ……しかしわたしにも立場というものがあってだな。貴殿の言葉が信用に足るものであると、証明する必要が──」
色々と納得してくれたと思った矢先に、今度は面倒な方向へと話が流れていく。変なところでクソ真面目な部分が顔を出しているようだった。
「そも皇国内部がどこまで蚕食されているかわかったものではないですし」
「それ、は……ならばせめて、わたしが絶対にアンブラティ結社とは無関係と言える人物だけを集めよう」
しかもファウスティナにはかなり頑固な様子があからさまに見えて、俺としてもどういなすか迷うところであった。
「その保障はありえないですよ。奴らは本当にどこにでも潜んでいるし、なんなら成り代わることだってできる」
"血文字"本人によれば断ったらしいが、仮に奴がアンブラティ結社員であれば──殺し、変身し、装うのは容易なことだ。
実際に断絶壁でも三組織それぞれに入り込んでいたというのだから……そういった能力者が他にいないとも限らない。
「しかし貴殿がいないことには、不法侵入についても罪を減じることはできないのだ。だから……どちらにしても来てもらわねばならない」
「有無を言わさないつもり、ですか」
「こちらも歩み寄っているんだ、貴殿もそこを理解してもらいたい」
「はァ~……──結局こうなるわけね」
「かっ──は……」
溜息を吐きながら、俺は"酸素濃度低下"を仕掛ける。しかし彼女を殺すわけにもいかないので、あくまで昏倒に留めるべく。
「申し訳ないけどこれにて──」
「く、貴様ぁ!」
一瞬だけ呼吸にあえいだかと思うと、何事もなかったようにすぐに黄竜弓に雷矢をつがえるファウスティナ。
(おぉ……!? もしかして"ワーム鎧"の特性か)
初見殺しの魔術であったが、"折れぬ鋼の"のように何がなんだか気合で耐えたとか、"筆頭魔剣士"テオドールのように気配を察して防いだとかでもない。
ただワーム鎧の形状がわずかに変わり──それだけで済んでしまった。飛行能力といい、色々と謎なメカニズムが隠されているようである。
俺は"六重風皮膜"の内の五層をクロアーネに分配しつつ、自らは残る一層のみで"天眼"を発動させていた──
直後に放たれた雷矢が、俺の眼前まで迫ったところで、軌道を変えて地面まで落ちていく。
「なっんで……!?」
それはまるで矢が自ら避けていったかのように。
「驚いてもらえたようでなにより、まっ絶縁と電位差を利用して誘導しただけです。よろしければご教授しましょうか、我らが魔導科学の一端を──」
(……もっとも出力が高すぎると、どうしようもないが)
キャシーの本気の雷撃だとどうしようもないし、逆に今のキャシーであれば黄竜の雷撃すらも天然で受け流すことができるだろう。
ファウスティナの黄竜弓の全力がどの程度かはわからないので、さしあたり余裕ぶって通用しないと思わせられれば良い。
(にしたって、相手は"伝家の宝刀"級──)
経験はいささか浅いようだし付け入る隙は多いが、しかして"無二たる"カエジウス手製? の武具を二つも装備しているのは決して侮れない。
魔力や魔術による力押しばかりが能というわけではないものの……。
「まったく面倒なことになった、オーラム殿がいてくれればなあ」
「……オーラム様なら、来ていますが?」
『えっ──』
何気なく漏らしたことに対してクロアーネが返した一言に、俺とファウスティナの声が美事なまでにハモる。
次の瞬間には黄金色した輝きが、空間にキラキラと舞っていたのだった。
「ひ・さ・し・ぶ・り、だ、ネぇ……ファウスティナ」
そしてそこにはシップスクラーク財団が有する最大の暴力装置──"黄金"ゲイル・オーラムが空に浮くように立っていたのだった。




