#325 語らい
上空を仰ぎ見ながらカドマイアとヘリオ達を見送った俺は、新たに降りて来る影に気付く。
「……クロアーネ?」
「──ベイリル!」
急激に接近してくる中でクロアーネは俺の名を叫び、彼女を受け止めるべくその場から移動しつつ体勢を作るが──落ちてきたのは"箱"であった。
「……」
俺は落ちてきた"弁当箱"を風流のクッションに乗せつつ、無言でキャッチする。
そして当のクロアーネ自身は、有線誘導ワイヤーを巧みに使って勢いを殺しつつ着地したのだった。
「支援物資の準備も整っていますが、どうしますか」
久方振りの再会で抱擁し合う──ようなことは当然なく、淡々と業務連絡だけを済まされる。
「……あぁ。それなら早めに輸送するか」
俺は中身がズッシリ詰まった重箱をクロアーネへと返し、大要塞の方を見れば──いくつかの群体がこちらへ向かってくるのが見える。
次にクロアーネと共にレドとフラウの方へと視線を向けると、あちらもすぐに気付いたようでレドの瞳が見開かれる。
「げぇえ!? クロアーネ!!」
「レド……随分と無茶をしたようですね」
クロアーネの怜悧な視線を浴びせかけられたレドが思わずたじろぐ中で、俺は隣の幼馴染へと声を掛ける。
「フラウ、問題ないならそこの女性──エイルさんと脱獄囚らを移送して……ついでに支援物資を地上まで届けてもらえるか」
「オッケィ~、それじゃまたねーレドっち」
「ちょ──待ってフラウッ!!」
レドはその場から浮遊したフラウに掴まろうとするも、するりと躱されて地べたへとまた足をつける。
フラウはエイルを抱えながら反重力で脱獄囚らをまとめて持ち上げると、そのまま上空へと運んでいくのだった。
「あっオイ!! キマイラ男はボクんとこのなの!!」
取り残されたレドは連れていかれるジンを指差しながら、気付いた俺もグラップリングワイヤーブレードを飛ばす。
俺はフラウにハンドサインを出しながら、ジンの体だけを引っ張って釣り上げた。
勢い余ったその肉体は、やや離れたところで着地する。
「まったく──なぜレドがこんなところにいるのかは知りませんが、おおよその察しはつきます」
「っく……」
「しかし私の知ったことではないですから。貴方は自由に生きるのが性に合っているのでしょう」
レドは渡された言葉と重箱に、拍子抜けした様子で首をかしげつつ……流れのままに弁当箱を開ける。
「わぉ!? ボクの好きな物ばっかじゃん、さすが!!」
「レド……貴方に嫌いなモノなんてないでしょう。そもそも貴方がいるのを先刻まで知らなかったのに、前もって好物を作って詰められるわけもありません」
耳を素通りするレドは、その場でバクバクと一心不乱に貪り始める。
「まったく行儀が悪いのは相変わらず、せめて座って食べなさい」
「なんかクロアーネが昔よりずっとやさしい!」
「子育てして丸くなってるからな」
地べたに座ったレドは、またすぐ立ち上がらんという勢いでグッと顔だけを見上げる。
「はぁ? 子育てぇ? ……ってまさかベイリルとの!?」
「おかわりはいらないと見えますね、レド」
「えっ──あ、違うんだ? ごめんごめん、よっくわかんないけど」
「いずれはそうなりたいがな」
「はいはい。……ベイリル貴方もお腹を空かせているでしょう?」
俺はクロアーネの懐から渡された包みを開くと、中には艶やかな白米・黒海苔・黄沢庵のシンプルな三色が瞳に映る。
「おぉ……おにぎりとは、流石わかっているな──これは沁みる」
栄養自体は"黄スライムカプセル"で足りているだろうが少なくなく浪費もしているし、食欲ばかりは満たされることはない。
さらに追加で渡された水筒には、緑茶がしっかりと冷やされていたのだった。
「そちらの御仁は申し訳ありませんが……支援物資をお待ちください」
クロアーネはジンに対して、持ち前のホスピタリティが至らなかったことに一言告げる。
「あ、あぁ……自分は──」
「レド、そんだけあるんだから少しは分けてやれ」
「イヤだ! これはクロアーネがボクの為に作ってくれたモノだもん!!」
「ったくお前は……俺が見出した人材を、本人の意向とはいえ結果的に奪っておいてからに。仕方ないから一個やるよ、ジン」
「……? あぁ、すまない御大将」
魔領には一部地域を除いて米はほとんど見られない所為か、ジンは投げ渡されたおにぎりを恐る恐る口へと含む。
「──うっ、美味い」
「ありがとうございます」
一口かじられたおにぎりを驚愕の瞳で見つめるジンに、クロアーネは料理人冥利に尽きるといった様子。
単純な料理だろうと食べる相手の状態を考え、食材の選別から炊き方一つ。
温度変化にまで繊細に、つぶさに気を遣ってこその料理である。
「それになんだ、中にこれ……酸っぱいのに塩味と甘みがある」
「梅干しだな、魔族の割になかなか良い舌を持っているようだ」
「んぐっく──ほんっと、魔領は食べ物に関してみんな大味で無頓着なの多くて困るわー。ボクが大魔王になったら美食を推進してくよ」
あっという間に重箱三つ分の料理を食べ終え腹をぽんぽんっと叩くレドに、クロアーネは嘆息を交えながら口を開く。
「ちゃんと味わったか疑問ですね、レド」
「愚問ってやつだよクロアーネ、ごちそうさま。ボクは昔っからこんなもんだったし……それに今はまさに、常在戦場だからさ」
俺も最後の一口を胃まで流し込み、レドも立ち上がったところで──"飛行魔物を駆る魔族"が空より降り立った。
「──魔族にエルフに獣人……? 何者だ、おまえらぁ」
中型の魔物から一人が降り立ち、その背に残った二人は周囲に警戒を払っている。
財団が大要塞および皇国軍への陽動として呼び込んでおいた、魔領軍の飛空強行偵察部隊といったところか。
ジンは無言のまま身構えるが、先んじて飛来するのを察知していた俺とレドは涼しげであった。
クロアーネは結果がわかりきっているのか、綺麗に平らげられた弁当箱を片付ける。
「ボクはレド・プラマバ、西方はプラマバ家の現当主だ。どこの領軍かは知らないけど、分を弁えろ」
「プラマバぁ? それって確か落ち目の──」
言葉途中で男が途切れる。その腹にはレドの拳が叩き込まれていた。
「なッ……ぅが……」
そして残る二人と魔物が動く前に、上空から支援物資が落ちてきて下敷きとなってしまっていた。
その一番上から座っていたフラウが地面へと飛び降りる。
「は~~~きっついねぇ」
「ありがとよフラウ。ただ辛いなら無理しないで早く休め、軽傷じゃないんだから」
「うん、そうするー。けどレドっちがどうすんのかなってさ、飛べないだろうから運ぶよ?」
「ボク? どこに連れてかれるか知らんけど、いらん世話だよ。このまま魔領に戻るつもりだし」
「忙しないですね」
クロアーネの言葉に感情は乗せられてなかったが、その内実はレドと今少し旧交を温めたいというのが感じられた。
「そっか、んじゃあーしは戻るね~。レドもまたいつかまた闘ろう」
「フラウ!」
「な~にさ」
「うちの"軍将"やらない?」
「ぷっあはは! スカウトなんて闘技祭以来だったけぇ~?」
「一緒に戦ってて感触さ、悪くなかったっしょ? いやむしろバッチリだった。ボクとあんなに合わせられるの他にいないしさ、ベイリルなんか捨てちゃえよ」
「おいレド」
俺は思わず突っ込むが、どのみち答えはわかりきっているのであくまでノリでしかない。
「たぁ~しかに、レドっちとの連係は案外悪くないどころか、長年連れ添った相棒みたいにハマった」
「だろぉ? そんなら──」
「でも今は無理かな。まだまだやりたいこと、やれることがいっぱいあるし」
「むぅぅぅうう……」
「そんな顔するなってばレドっち、暇ができたら顔を出したげるよ。それでそん時に力が必要だったら、少しくらいなら貸してあげるからさ~」
「言ったな! 約束だからな!」
「はいはい、バイバイまたね~」
トンッとステップ一つで、フラウは空へと吸い込まれるように浮いて戻っていく。
「かっはーーーっ、ま~た振られちゃったけどまっいいや。力を貸してもらえるって一言を引き出せたんだし、あれだゴネ得ってやつだね」
「もっとも具体的な時と場所を指定していないから、10年後20年後でも可能ということ……でもあるがな。長命種にとってはまぁ誤差だ」
「性悪クソ野郎ベイリル!」
「冗談だって。レドも財団からの援助についても考えておけよ」
「うん、"投資"ってやつだね」
「そうだ。レド・プラマバが保有するあらゆる価値を参照し、適切な支援をしてやる」
見返りはいくらでもある。通常であれば拡張しにくい魔領の資源類を利用することができるのが第一。
また軍事行動においてもルートが開拓できれば、相手の想定外から一撃を喰らわせることも可能となる。
さらにプラマバ家の軍事力が在りし日の力を取り戻し、さらなる強大化が実現すれば……単純に示威行動をしてもらうだけでも優位に立ちやすくなる。
他にも魔領にしかない技術や人材の発掘、人領ではやりにくい大規模な実地実験や、極秘の研究施設建造といった土地利用などなど。
「わかった、もうこうなったら存分に財団を利用してやるから!」
「良い意気だ」
「その為にもまずは……──ボクが価値ある大人物だと示さないとね」
自信満々に口にしたレドは、遠く大要塞の方から近付いてくる群体を注視するのであった。




