#23 金色の伽藍堂
虚栄──彼を端的に表すのであれば、その言葉が最も相応しいのかも知れない。
連邦東部の名家の長男として生まれた──そして彼、"ゲイル・オーラム"は全てを持ち得ていた。
秀麗な眉目、恵まれた筋骨、明晰な頭脳、人族には稀な潤沢な魔力容量。
「キミぃほんとはいくつなんだい?」
「ハーフエルフだから見た目と実年齢が違うと仰りたいわけですか?」
ゲイル・オーラムは、隣にいるベイリルに質問を投げかける。
物心がついて間もなく言語を完璧なまでに習得したゲイル・オーラムは、神童として四族魔術を自在に扱えた。
そして彼はあらゆることに手が届いてしまうゆえに、早々に人生に飽いてしまった。
しかして彼は他の天才とは少し違っていた。ただ生まれながらに全てを持ち得ていただけ。
それゆえに何かを生み出すことはなく、深く興味を覚えることもなくなってしまったのだ。
「この世界に生まれ落ちてより、自分の年を偽ったことはないですよ」
「んっん~……嘘ではないんだろうが、なんか引っ掛かるんだよネぇ」
傍目には完璧と言っていい彼にとっては、興味の対象そのものが歪んでしまう。
凡百が抱く望みなど、苦難なく手に入るのがわかってしまうから。
もしも彼の精神性が、遥か高みへと向くことがあったなら……。
歴史上の"勇者"やら"英傑"達の名に連ねていたことに疑いはなく。
その逆──史上最も悪逆な名の一つとして、馳せていたことも十二分にあり得ただろう。
「まっいずれ話してもらう日も来るんだろう?」
「……無理に聞き出してもらっても構わないですが?」
ゲイル・オーラムという男を飾り立てていたのは──見せ掛けだけの栄光。
満たしていたのは……どうしようもないほどの虚無感であった。
しかして心が崩壊することもない。何故なら全てを持ち得る彼は惰弱な精神性を有してもいなかった。
放蕩の限りを尽くしながら、ただ風の吹くまま気の向くままに生きていく日々。
"竜越貴人"──"無二たる"──"偏価交換の隣人"──"折れぬ鋼の"──"大地の愛娘"──
現代における"五英傑"達の生き様と功績が耳に届いても、何の感慨も湧かなかった。
"無二たる"と実際に会って、持てる者の気持ちを聞いたところで……何の参考にもならなかった。
彼は常に欲していた、欲しているということすら忘れるほどに──興味を惹かれる"なにか"を。
敵対する者を弄び、人脈が拡がっていき、時には自らの足で世界を歩いて回った。
退屈凌ぎにはいまいち物足りなかったが、他にすることもなかったというのが正直なところである。
「いいよぉ~べっつにィ、それはそれでつまらないも~ん。話したくないなら、つまりそういうことなんだろうベイリルゥ」
「恐縮です。時来たらば話しますよ」
空虚な生活は整った顔立ちを次第に歪ませ、前髪も次第に後退し、気持ちまでも老い始め……。
気付けば裏社会において名が通るようになり、好悪問わず群がる者達が周囲に溢れていた。
連邦西部に本拠を構え、舞い込んでくる雑事に対して無作為に手や口を出していく。
そして男──ゲイル・オーラムは巡り会った……"未来を予知するという少年"に。
「感謝をしよう、ベイリル」
「いきなりなんですか……急に改まりましたね」
手広くやっていた事業の一つ。身分なき者に仮の身分を与え、望んだ国へ送り届ける一種の斡旋業。
依頼人は過去にも何度か渡りをつけてやった神王教の教団。
ロクなものではなかろうが、通常は関知するようなものでもない。
ただ少しだけ気になる出来事があった。
それに子供に身分を与えたいという、宗教団体にはあまり似つかわしいとは思えない内容だった。
かの宗教団体の依頼は他にも色々あったものの、そのどれもが後ろ暗いものばかり。
だからほんの少し……気が向いただけに過ぎない。いつもそうやって何かしらに足を運んできた。
「ボクは気まぐれだからネ」
「それはもう散々思い知らされましたが」
訪れた"イアモン宗道団"の根拠地。
すぐにクロアーネが死臭に気付いて掘り返せば、死体が無数に埋まっていた。
多くは焼け焦げて判別はつきにくかったが、それは何度か話もしたことのある宗道団の教主。
さらに記憶の片隅にあった……孤児や奴隷を買いたいとやって来た男の死体も見つかった。
腐敗の状況から見ても死後一日と経っていない。さらには敷地内にはまだ気配が残っている。
些少なれど面白くなってきたと気持ちを昂ぶらせ、殺戮者に会いに行くことにした。
屋敷へと踏み入れれば──年端に至ったばかり程度の少年少女が四人のみ。
一様に意志を宿した瞳をこちらに向け、その中でも一際落ち着いた少年が交渉を申し出てきた。
その話し方は子供にしては大人びていると思ったが、話す内容は驚愕に眉をひそめるものであった。
それは一言で斬って捨てるのであれば──疑うことなく狂人の類。
しかし……聞く者が聞けば"確かな現実"として脳内に映るモノだった。
ゲイル・オーラムは少年を見抜き、また聞ける者であった。全てを持ち得ていたがゆえに、それを理解できた。
「それに一般的には大事なことだろう? 今までワタシは感謝なんてしたことなかったしねェ」
「お互い様ですよ、"ウィンウィン"ってやつです」
少年の話す"夢"は順序立てた進化の形。
語る説明の一つ一つに、言葉そのものに力が宿っているかが如く。
まるで実際に体験してきたかのような──遠い未来の"テクノロジー"の一端。
地上を駆け、海原を渡り、大空を飛んで、誰もが好きな場所へ短時間で赴く?
手の平に収まる小さい箱一つで、世界中の誰とでも繋がる?
生まれる前にも後にも人体を設計し、病気や寿命から解放される?
巨大な鉄の人形に乗って自由に動かし、多目的な兵器とする?
昼も夜も空に浮かぶあの片割星へと、大挙して移り住む?
己は全てを持ち得たと思っていた、しかしそれはとんだ誤解であり錯覚であった。
少なくともゲイル・オーラム自身はそう確信した。
少年から話を聞いた今この時、初めてこの世界に生まれたような気がしたのだ。
想像しても想像しても興味は尽きない、その行為だけで楽しいと思える。
あらゆることが手が届く現実としてイメージできていたのに、こればかりは不可能なのだ。
"未知なる未来"──少年の放った言葉は、どうしようもなく男を……ゲイル・オーラムを駆り立てた。
「連邦東部方言で"自分も勝って相手も勝つ"……ってことか。良い響きだネ、使わせてもらおう」
「単なる俺なりの造語ですけどね、東部なまりっぽいだけです」
目的の一致。双方で協力し進んでいき、相互利益を得る。
助け合う仲であり、共存・共生する関係であり、持ちつ持たれつの間柄。
「もっともウィンウィンと言っても、オーラム殿のほうがずっと負担が大きいかと。特に"窒素固定"に関して、快諾してくれたのはありがたい」
「ふっははっは、どうせ日々持て余している魔力だ。それにベイリル、キミはワタシがいなくてもいずれ自身で望みを叶えるだろう」
「まぁ……そうですね。時間は相当掛けることになりますが」
「つまりキミの価値は真に唯一ツだ」
連邦西部商人を一堂に介し、説き伏せた会合を終えての帰路。
詳しく話を聞けば聞くほど……実際に事を進めていくほどに……。
実際的に現実味を帯びてくる。未来への興味が一層広がっていく。
そう……もはや彼は手放してはいけない宝なのだ。
己の未来を照らす代替の効かぬ道標。
ベイリルを失うことは、自身を殺すのと同義とさえ思えるほど今は満悦している。
「否定はしません。ハーフエルフに生まれたことも本当に僥倖でした」
「まっ恩に着るのであれば急ぐことだ、コッチはただの人間だしネ。その為の労はワタシとしても惜しむ気はない」
遠き未来を拝む為にいずれ眠ることになるとしても、可能であればテクノロジー発展の中間も見たい。
「迅速でやっていくつもりですが、基礎が疎かだと砂上の楼閣に過ぎないので手抜きはしませんよ」
「もちろんだ、キミは思うままにやりたまえ」
「それは願ってもない。それじゃあ言葉に甘えて相談があるんですけど、多様な資源類を早めに確保する為に冒険者を大量に雇って──」
ベイリルとの話は尽きず……もはやゲイル・オーラムの心は単なる伽藍堂ではなくなっていた。
彼の広大な精神の空間はいずれ──ありとあらゆる事柄で埋め尽くされる。
その配置を考えているだけで、ゲイル・オーラムの虚無感は消え失せた。
後に"財団"の三巨頭が一人に数えられる男の旅路には、"黄金"の輝きを湛えているようであった──




