#320 決戦 II
フラウの"諧謔・地墜"が炸裂する。
それは反重力によって浮揚させた物体を反転──倍増させた重力でもって落とし、質量と運動エネルギーで粉砕する魔術。
スケールはまったく比較にならないものの、かつて"大地の愛娘"ルルーテの地殻津波を喰らったレドとしては少しばかり皮肉めいた状況であろう。
盛大に弾け、飛び散る、大小様々な岩礫と轟音。
俺は"一枚風"による盾壁で、自分より後方にいるエイルと、穴から這い出てきた囚人ら全員に被害が及ばぬよう防ぐ。
ここまで環境変化が激しいと、俺の"天眼"とて精度が著しく低下してしまうが……それでもレドは耐え、そして将軍もまだ生きていると確信しえた。
「あの……ベイリルさん、今の時代はこれくらいが当たり前なのでしょうか?」
「いえいえ、俺たちが強いだけです」
俺もフラウも……そしてしばらく会っていなかったレドも、間違いなく"伝家の宝刀"級と言えるだけの強度はある。
ただし上には上がいるというだけだ。俺達もまだまだ発展途上なのは大いに自覚しているところである。
「エイルさんもそろそろイケそうですかね」
「はい、吸った魔力も大分馴染んできました。全開には足りていませんが……それでも戦えそうです」
スッと構えたエイルは"息子の骨"を二本、それぞれ左右の手で持っていた。
そうして輪舞曲を踊るかのように円運動を繰り返し、両の手の魔人骨で大地に紋様を描いていく。
「合わせます、エイルさんの自由にやってください」
「それ──では──ここ──まで──誘き──寄せる──のを──お願い──します──」
「了解」
回転しながらのエイルの要請に、俺は大きく頷いて右手をピッと上げた。
『選手交替だ──』
俺は音圧操作で二人に呼びかけると、フラウの左手引力によってレドが空中へと引っ張り上げられるのが見える。
四人で力を合わせようにも圧倒的に練度が足りない。下手な連係、休むに似たり──どころか足を引っ張り合っては目も当てられない。
ひとまずは矢継ぎ早に、将軍に隙を与えないことこそ肝要だった。
「Laas Yah Nir──」
跳躍し空中へと踊り出た俺は、発声による"反響定位"で将軍の位置を捕捉し、空気圧によるグラップリングワイヤーブレードを両籠手から放つ。
細くとも強靱な合金製のワイヤーが将軍へと巻き付いた感触を得た瞬間、吐く息と同時に全力で釣り上げた。
「今度は貴様か、ベイリル」
投げられながら平然としている将軍は、ワイヤーで直線状に結ばれながら孤を描くように空中を半回転する。
そうして俺はワイヤー長を巻き取りながら調節しつつ、エイルがちょうど完成させた魔術方陣のド真ん中へと叩き込んだ。
「私を閉じ込め続けたそれには及びませんが──自らの魔力に縛られるがよろしいかと」
すると将軍自身の魔力によって発動した帯状結界が、地面の紋様からその肉体へと幾重にも拘束していく。
「ほう……これは、なかなか──」
感嘆を漏らしつつも、今にも力尽くでぶち破らんとする将軍の周囲で、エイルはリアルタイムに方陣を書き足していく。
並列する形で、俺も両腕を太陽へと伸ばし……捻るように天の空気を歪め、巨大な凸レンズを幾層も形成・展開させた。
「空六柱改法──"天道崩し"」
それはかつて光輝を司る白竜の模倣にして、闇黒を司る黒竜にも通用した魔術。
魔力と魔術を直接的に介さない、極太の"白色破壊光線"が天上より降り注ぐ瞬間──地面の魔術方陣からも特大の"炎柱"が、昇り竜が如く噴き上がる。
大要塞の駐留軍や魔領軍の目を引きかねないド派手さだが、周辺の空気密度も歪めてあるので気兼ねはいらない。
(酸欠……で、倒せりゃ苦労はないんだがな)
ゆらりと──将軍は光炎が荒れ狂う領域から踏み出るのを見れば、淡く儚い期待であった。
多少なりとダメージは見られるものの……ここまでまともにぶち込んでも、何一つ決定打には至っていない。
魔力や魔術を減衰させながら、己の肉体を超強化する。意図的な"黒の魔力"による暴走状態がいかに凶悪かを思い知らされる。
「ゃっぱさ、癪だけど全員でやるっきゃないっしょ」
「それしかないかな~」
レドとフラウが将軍の背面方向へ着地し、俺とエイルを含めて四方を固める形となる。
「否──いい加減、私の手番だ」
二の句が紡がれるよりも先。まず最初に将軍の右裏拳を水月に喰らったレドが、両膝をついて頭を垂れる。
続けざまにフラウが左回し蹴りを喰らい、鎧のように纏っていた斥力場の障壁ごと吹き飛んで倒れた。
次に振り下ろされた左手刀がエイルを袈裟懸けに叩き落とし、その体は地面へと縫い止められてしまう。
唯一"天眼"で視ていた俺だけが将軍の神速を把握できたし、死閃とも言える右拳を躱すことができたのだった。
「──ッ!!」
俺は下手に距離を空けすぎず、相対したまま表情は動かさずにギリッと歯噛みする。
レドもフラウもエイルも、ただの一撃で戦闘不能まで追い込まれてしまっていた。
(攻勢に転じられた瞬間、この有様かよ……いや余裕を見せている間に倒しきれなかった俺たちの落ち度か)
将軍は首をグルリとほぐしつつ、より高き標高より見下ろすように口を開く。
「さて、この技法は大味ゆえにすぐ終わってしまうものだったのだが……貴様らはなかなか楽しませてくれた。とはいえ結果は変わらない」
「──もう勝者気取りか、将軍」
「クッカカカカッ! ならば足掻きを見せてみろ! それとも貴様の復讐心とは、この程度のものだったのか?」
「心得違いをさせているようだが……俺には復讐心よりも優先すべきものがある」
グッと眉をひそめる将軍に、俺は即応できる態勢のまま会話を続ける。
「俺たちが歩む道の障害なんだ、将軍。あんたとアンブラティ結社が──だからお前から皆を守るし、その為にお前を殺さなくっちゃあならない」
「たった今、伏している者らを守れてはいないようだが?」
「ここであんたを打ち倒せば、元通りに取り返しはつく」
「ならばその身にて証明するがいい、調整人……いやベイリル。結社の名を騙りし──」
言葉を交わしていたその時だった。将軍の背後で、うずくまっていたレドがゆらりと起き上がる。
「ボクを無礼るな……こんなところで、オマエぇ……なんかに──」
「まだ立ち上がるか」
将軍は振り返ってレドを見下ろす。悠々と見せる背中には不意討ちできる隙はない。
「あきらめるわけにはいかないッッんだァアっっ!!」
レドは渾身の頭突きを見舞うも……将軍も同じように返した頭突きによって額から血を流し、今一度沈んでしまう。
「しぶとかったが、小娘……強弁の割に今度こそ終いか」
踵を返してこちらを見据える将軍。彼は眉間部からわずかに滴り落ちる流血を舌で舐め取った。
(あぁ、そうだな……レドの言う通りだ。諦めるのなんてクソ喰らえ──今ここで勝利を得る)
敗北とは、生き延びられる時にのみ許される。しかし将軍の慈悲に縋ろうなどは無駄なこと。
"文明回華"の過程において、こうした負けられない闘争というのは、時として避けられない。
それは今までにも何度かあったし、これからも勝ち続けなければ……大願にして野望を成就させることはできないのだ。
「将軍、確かにあんたは強い。俺が知る中でも十指に入るくらいに」
「十、だと? ……随分と多いな」
「あいにくと巡り合わせには好悪問わず、事欠かない星の下に生まれたようでね」
「それでも貴様は生き延びている、と言いたいわけか?」
「いや……ただあんたは理屈ありきの強さってことがよくよくわかった。だから──」
知識と実践の両輪にて、黒色の魔力という将軍の強度とカラクリについて把握することができている。
「フラウ!」
ぐったりとしながらも俺の声に反応したフラウは、"見えざる力"を振り絞ってレドとエイルを引き寄せた。
もしもそれを妨害するようであれば、俺も身を切る必要があったが……特に将軍は動かない。
「ベイリル~……──やっちゃえ」
「任せろ」
「四人掛かりで不可能だったものを、貴様一人でまだ何ができると言うのか?」
「ごもっともだがな──」
将軍の言葉に対して、俺は不敵に笑みを浮かべて見せる。
根拠なき自信だろうと、魔の力と、術と、導きにとっても重要なことは、今までに何度となく体感してきた。
「今までは俺にとっての上澄み分に過ぎない──ここからが俺の……俺だけの、"空前"絶後の全力舞台だ」




