#315 獄中散歩
(暇だなぁ……)
レドは何度も心の中で繰り返しつつ、どうしようもない手持ち無沙汰感を持て余す。
「もうかな~り待ったし。これ以上はムリ!」
ベイリルには「準備が整うまで大人しく待っていろ」と言われたが、こうして肉体が自由だとすなわち精神も自由ということである。
「巡回兵なーし」
レドはキョロキョロと周辺をきちんと確認してから、ちょっと散策するくらいの心地で独房の外へと出る。
すぐに向かいの檻の錠前と閂が外されており、中へと入ってみると……床に穴が空いていた。
「なぁにこれ、もしかして脱出口──」
そう呟くやいなや、ヌッと手が伸びてきたかと思うと青白い肌の女性が顔を出す。
「わぁ!?」
「あら……驚かせてしまってごめんなさい」
穴からスルリと這い出た女性は、次に同じくらいの大きさの包みを穴から引っ張り出したのだった。
「私はエイル・ゴウンと申します。貴方のお名前は?」
「あっうん、ボクはレド。レド・プラマバだよ──もしかしてエイルってベイリルの協力者?」
「協力者……と言ってよろしいものか。多少なりとお手伝いはしますが、私も脱獄させてもらう身です」
「そうだったんだ、ナニしてぶち込まれてたん?」
「私ですか? 皇国の意向と判断に納得できず、少しばかり反抗しました」
「へぇ~、ボクは"五英傑"ってのの一人にやられたらしくてさぁ……」
まだ短い人生の内に一人に殺されかけ、もう一人に打ちのめされて捕まるなど……本当にままならない。大きな損失である。
「はっきり言って遭遇可能性を考えたらまずもって低いからさ。油断してたわけじゃないけど、色々と後回しにしてたのがこうも裏目に出るとはね」
五英傑は基本的には人領側の問題であって、魔領に対しては積極的に関わってくることはない。
だからこそ念入りに情報を収集し、注意を促すなんてことも特にしようとしなかった。
「英傑ですか……今は五人なんですね」
「そうだよ、ボクも名前や素性までよく調べてないんだけど……とにかくすんげー強かった!」
同じ轍だけは踏むまいとレドは心に固く誓う。少なくとも現状において対抗する手段がない以上、まともに相手にだけはしないように。
「いつの時代も変わらないのですね」
「……? うん。とにかくベイリルには感謝だね、どうやってこっから逃げるか正直浮かんでなかったもん、大きな借りになっちゃった。こんなことなら何か貸しとくんだったさ」
「ベイリルさんとはよく知った仲なのですか?」
「あぁ、学園生時代に色々とね。ちなみにベイリルよりボクのほうが強い」
「……喧嘩友達?」
「ん~~~悪友ってとこかな?」
2人揃ってクロアーネに小言をチクチク刺されていた頃をレドは思い出す。
「そうだ! 学園といえば──監獄にもう一人いるんだった」
「事情は存じませんが、旧友は大事にした方がよろしいでしょう」
何気ないエイルの一言だったが……どこか実感の込められたそれにレドは首をかしげるも、すぐに気にしないことにする。
「知り合い程度だけどね、でもまぁまぁせっかくだから会いに行ってくる。その後でまた話そうね、エイル」
「えぇ私はここでお待ちしていますよ、くれぐれも刑務兵にはお気をつけて」
「わかってるってば」
なにやら慈しむような瞳を向けてくるエイルを気にすることなく、レドは独房から出るのだった。
◇
「あーあー、キミねカドマイア。ライブの人だ、思い出した」
「そういうあなたは……レドさん? 調理科の──」
突然の闖入者に対してさほど驚いた様子もなく、カドマイアはレドへと応対する。
「そうだよ。いやは~~~お互いに捕まるなんて奇遇だね!」
「……確かに、奇妙な巡り合わせだ」
「ベイリルはキミを助けに来たんだってね? だからアリガト。おかげでボクもついでで助けてもらえたよ」
「えっーと……それはなにより?」
カドマイアとしても知り合いという程度なのでいささか反応に困ったが、レドはズケズケと踏み込んでくる。
「ところでなんで捕まったん?」
「神族殺しの罪を着せら──」
「わぉ! スゴいね、意外とやるじゃん」
「言っておきますが無実です。無理やり嫌疑をかけられて、形式だけの裁判の上で投獄されたに過ぎない」
「っふーん……で、実際のとこは?」
「本当に冤罪です、そうでなければ脱獄させる価値などこの身にはない」
「ちぇっ、つまんない答え」
レドは唇を尖らせ、カドマイアは半眼な呆れ顔の後に、そのあまりの軽さにあてられてフッとわずかに笑った。
「そういえばベイリルって引き抜き大好きだったよね、他にも助けられたのいるのかな?」
「特には聞いていな──」
「よしっ、じゃあ探しにいこう! いや、いっそのことボクも戦力の拡充を図るか」
「余計なことはやめたほうが──」
「なぁになになに、ベイリルなら十人や二十人くらい助けるのが増えたって気にしないって!」
三度言葉を遮られ、さすがにカドマイアも溜息を吐く。
「はぁ~……、囚人らしく大人しくしているのをオススメします」
「や~だよ。なんならカドマイアも一緒に行く? 元学園生同士のよしみってやーつ」
「遠慮しときます、まだまだ思い出すことが山ほどあるので」
「思い出すって?」
「音楽を──ですよ」
気の充実したカドマイアの瞳を向けられたレドは、ニヤリと笑って納得する。
「そっか、ならしょうがない。キミらのバンドはボクも好きだったから」
「それは……どうも」
「ほんじゃま、邪魔したね!」
話したいことだけ話して房からいなくなったレドを忘れ、カドマイアは脳内ライブリハーサルを再開し没頭するのであった。
◇
独房の外に出てレドが気付いたのは、先刻までは感じられなかった匂いのようなものだった。
特別囚人獄の最奥へと導かれるように歩を進めていくと、既に鉄扉が解放されていることに気付く。
「オジさんだれさ?」
小窓で確認することもなく遠慮なしに入ったレドは、勝手知ったる牢名主か何かのように振る舞う。
「礼儀知らずな小娘よ、さしあたって同じ身の上の囚人のようだが。貴様こそ誰だ」
「ボクはレド・プラマバ。で、オジさんは?」
「私は名など当の昔に捨てた身だ」
「なんだよそれぇ! オッサンこそ礼儀知らずじゃん、まずはボクが名乗ったんだからそっちも名乗るのが筋ってもんでしょ」
将軍はレドに抗言することなく、しかして関わりを無下に断つようなこともしない。
「まったくウルサイ小娘だ、捨てた名でいいなら──グリゴリ・ザジリゾフだ」
「グリゴリ……ザジリゾフぅ? それってぇ、むか~し"西方魔王"だった奴じゃん」
「ほう、かなり前の話だが、歴史を知っているか」
「もちろんさ、なにせボクは"大魔王"になるんだからね」
フフンと鼻を鳴らすレドに対し、冷め切った様子で将軍は口にする。
「つまらん景色だ」
「ふーん、そんなこと言うってことは……なんか長命種っぽいし本気に本人? それならオッサンじゃなくてジジイじゃん」
「礼節を学べ、小娘」
「魔族にとって"強いことが何よりの礼節"でしょ? 頂点も奪れなかった老木に説教される謂れなんてないね!」
「四方魔王の一角にすら至れていない者が、身の程知らずも弁えよ」
ジロリと将軍はレドを睨めつけるが、レドは腕を組んで仁王立ちする。
「へっへーん、元魔王だろうが捕まった上に魔力ない奴に凄まられたってぜぇ~んぜん恐くないもんね!」
「他人のことを言えるクチか」
「ボクにはジイさんと違って将来性があるもん。ベイリルが助けてくれなくったって、なんかこう……どうにかしてた!」
「ベイリル……? 奴の名か──ベイリル」
何かを確認するように繰り返す将軍に対し、レドは首をかしげつつ話を続ける。
「そうだよ? あーあーアイツ、用心深いから名乗らなかったんだな。まったくベイリルらしいや」
「まるで奴を昔から知っているような口振りだな」
「そうだけど、なんか文句ある?」
「ふむ……不用心、と言っていいものか」
「はぁ? ベイリルは用心深いっつってんじゃん。昔っからいちいちさぁ細かいんだよね、ほんっとバカみたい」
噛み付くレドを気にした様子もなく、将軍は少しだけ思考を巡らせてから考えるのをやめた。
「甘いな、少しばかり認識を改める必要がある」
「なにがさ?」
「こっちの話だ」
「だったら口に出さないで、心の中だけで言っててくれない? ねぇ構ってちゃんなの?」
「ここは私が収監された檻よ、独言を吐くのも自由だ」
「あっそ、そんならさぁ──」
言いかけたレドの言葉が止まった瞬間、ゴゴォッと削岩された音が響いて風が吹き込んでくる。
「うわっ、もう戻ってきた。ジイさんに構ったせいで勧誘する暇なくなったじゃん」
言うや否や独房から飛び出していくレドに嘆息を吐きつつ、将軍はベイリルの名を頭で何度か繰り返すのであった。




