#314 意図せぬ糸口
俺はレドとカドマイアをひとまず牢獄で待機してもらって、順繰りに巡っていった。
多くは閉ざされた空間で長時間と居た所為か精神に異常をきたしており、人材としても使えそうにない者ばかり。
成果の少なさにやや気落ちしながらも、俺は人の気配がする最後の檻の小窓を開けた。
(なんだぁ……?)
そこには両手足に魔鋼枷をガチガチに嵌められたまま、鎖が壁にまで念入りに繋がれた男が簡易ベッドに座っていた。
ただでさえ魔力が奪われる独房で、さらにここまで厳重に拘束されているとは……一体何をやらかしたというのか。
すると灰褐色の髪をオールバックにまとめた男は、瞑っていた瞳を開くと"赤き眼光"を鋭く、"犬歯の生えた口"で言葉を紡ぐ。
「ようやくきたか、結社の方針は決まったのか?」
俺は不意に殴り付けられた心地になり、思考が止まりそうになりつつも……かつてないほどの速さで脳を加速させ魔力が巡らせる。
「んん……? "知った気配"かと思ったが──性別からして違っていたか」
俺は平静さを保ちつつ、ダメ元で囚われた男の話に乗っかってみるより他はなかった。
「誰と間違えたのかはわからないが、自分が"アンブラティ"の遣いであることは確かだ」
「そうか、案外遅かったな。私が見ていない顔は少ないが……よもや"模倣犯"か?」
(大当たり──ッ!!)
俺は心中で歓喜に打ち震える。まさかこんなところでアンブラティ結社の糸口と出会えるとは……僥倖としか言いようがない。
さしあたって知らない名前が出てきたが、さすがにそれに乗っかるのはボロが出ると感じて俺は否定する。
「いや──自分は"脚本家"の後任だ」
俺は唯二ツ知っている名の片一方を出して、相手の反応を見る。
「後任? ついに死んだか。奴が他人などに座を明け渡すわけがない」
「……新入りである自分はそこまで聞いてはいない」
話しながら3つもの閂を外しつつ、俺は独房の扉を開けて中へと入る。
「後任──ということは、今回の計画を仕組んだのは貴様ということか」
「確かに絵図を描いたのは自分だが……どこか含みがあるような物言いのようだ」
「当然だ。脚本家とは何度か組んで仕事したことがあるが、奴なら自らの手をなんら汚すことなくもっと上手くやる。わざわざ囚人服まで着て、潜入などしてくることなど無くな」
俺は感情を昂ぶらせず、心静かに男の言葉に耳を傾けながら……ゆっくりと扉を閉め、近付きながら観察も並行する。
赤き瞳に生える二本の牙──将軍の種族が"純吸血種"なのは明白であった。
「だが脚本家などよりも、貴様のやり方のほうがずっと私好みだ。楽しみは全身で味わわないといかん」
俺は跪くようにしゃがんで、男の足枷から解いていく。
ここまで厳重な拘束を解くことにはいささか不安も残るが……いかにヴァンパイアとて、少なくとも魔力が枯渇した状態で魔術を使える俺をどうこうすることもできまい。
「──自分は貴方のことは知らされていない、なんと呼べばいい?」
「なんだ、"仲介人"から聞いていないのか。"将軍"と呼べ」
「了解した、将軍。ところで貴方が何をして囚われていたのかも聞いていないのだが……」
「ならばどうして貴様はここまで来た? 絵図を描いたのではなかったのか」
「自分が描いたのはあくまで脱出のやり方だ。囚われている人物を助けよ、と……特徴だけを知らされていた」
「そういうことか"仲介人"め、こんなことの為に私を利用するとは」
煮え切らずに舌打ちする将軍に、俺は依然として頭を回しながら尋ねる。
「差し支えなければ教えてもらいたい」
足枷に続いて手枷も解かれた将軍は立ち上がると、ゴキゴキと全身の骨を慣らすように鳴らす。
俺よりも一回り大きい体躯、鍛え研ぎ澄まされた肉体は、監獄内にいても衰えた様子は見えない。
「囚われた理由か──なんのことはない。私は皇国に一仕事をしにきていて、そのついでだった」
「……仕事?」
「そうだ、先の神族殺し。欲しがった死体の調達と、ついでに皇国と神領に不和の種を撒く──思っていたほど手応えがなく、実につまらなかった」
(っまさか──!?)
アンブラティ結社──将軍。この男が黄昏の都市でハイロード家の者と、護衛であった神族を殺した真犯人だと……たった今、本人が自白した。
その事件の冤罪によってカドマイアが捕まり、"黄昏の姫巫女"の立場も危ぶまれ、そして俺がこうして大監獄へとやって来た元凶にして奇なる因果。
「後始末は"掃除屋"に任せ……追加で大監獄へ収監されるようにと頼まれた。まさか貴様の実力を測る試しに付き合わされたとはな」
「こちらとしても、不可解な依頼の意味が氷解した気分だ」
「お互いに、か──まったく一興すらもないとはな。聖騎士とも久方振りに衝突したものだが、昔と比べて質が落ちたものだ」
(オイオイオイ、しかも皇都でウルバノとファウスティナを、同時に相手にした指名手配犯でもあるのかよ……)
聖騎士の強度は言うまでもない。俺や円卓の魔術士もそうであるように、"伝家の宝刀"と言えるだけの単一個人戦力である。
それを二人同時に相手にして、以前よりも質が落ちたと言うほどの余裕……将軍は一体どれほどの強者だというのか。
(そんな奴が殺し屋として所属している"アンブラティ"結社──)
しかもその動機が皇国と神領の関係性に亀裂を入れるなどと、改めて放置しておくには危険すぎる組織である。
将軍の処遇についても、情報をなるべく聞き出しつつ泳がすのか殺すのか……早い段階で決めておかねばなるまい。
「ところで、貴様の呼び名はなんだ?」
「……"調整人"だ」
じんわりと値踏みするように見据えられ、俺は少し迷った末に名乗る。
アンブラティ結社では本名ではなく、いわゆる二つ名ともまた毛色の違った通称名を、"大魔技師"と高弟が広めたとされる連邦東部訛りで呼んでいるようであった。
「調整人、か。その名からすると、他にも多様な仕事をやれるのだろうな」
「えぇまぁ──貴方も将軍と言うからには、殺しだけではないのでしょう?」
「いや私の場合は、亡き国の王にして将軍でもあったというだけだ」
(帝王にして猛将か、"戦帝"を思い出すが……あの戦争狂にヴァンパイア種の寿命があったらと思うと想像したくはないな)
眼前の男が聖騎士二人を相手にしたという事実が、如実に物語っているのではあるのだが……。
「結局のところ、守る者など無い方が私は強かった。そこに気付けただけでも、国を一つ潰した価値はあったものよ」
色々と突っ込んで素性を聞きたい気持ちもあったが、アンブラティ結社の人間同士がどれほどの距離感を維持しているかも測りかねる。
今はまだ微塵程度でも疑われるのを避ける為に、こちらから踏み込んでいくような真似は控えることにした。
「──して調整人、この後はどうする」
「自分が魔術によって地下道を掘って一気に地上へ向かう計画だが、その前に色々と所用が残ってい──」
「所用、だと?」
「今後の為の駒を確保しておくのと、陽動と攪乱のために囚人らを解放する」
「駒か……なるほど、貴様は正しく脚本家の後任のようだな」
ニィっと口角を上げつつ目を見開いた将軍は、解放された肉体でドカッと簡易ベッドに座り込む。
「既にこの特別囚人獄でも三人ほど引き入れている。看守兵に見つかると計画に支障を来す恐れがあるので他の者と同様、ここでしばしの待機を願おう」
「どれくらいだ?」
「一般囚人獄への仕込みと根回しは既に終えている。あとは少しのキッカケで、事はつつがなく済む」
「結構。お手並みを拝見させてもらおうか、"調整人"」
「……ご自由に」
結社の人間──情報を引き出し、利用するだけ利用したなら──その後はボロ雑巾のように絞り、引き裂いてやろう。




