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#313 泥の王子


 自分の短かった半生を振り返る時間は……監獄(ここ)に来ていくらでもあった。

 罪を犯したわけでもない、人道に(そむ)いたわけでもない──それでも人生とはあっさり転落するものだと。


(学園生の頃は……本当に楽しかった──)


 幾度となく想っただろうか。あの頃だけが……かけがえのない思い出と言えるかも知れない。


 黄昏の姫巫女を輩出するアーティナ家として生まれたが、既に廃絶していた。

 しかし一族はそれを良しとはせず、総出でお家の復興の為にあらゆる手を尽くした。



(疑問を持つことなど、なかった)


 パラスと共にそう育てられてきた。それが使命であると信じていた。しかしどこか他人事でもあった。

 復興途中で候補者である自分達が見つかると狙われる可能性もあるので、皇国から連邦西部の学園くんだりまでわざわざ入学した。


(ただの……本当に単なる足掛けに過ぎないと思っていた)


 ほんの少しでも自由に生きられる時間をと──親心もあったのだと思う。

 それでも最大の目的は、黄昏の姫巫女となるべく教育されてきた知識と技を"実践"すること。


 他者に好かれ、迎合し、人心を操作し、場を掌握する資質を……実地で鍛え上げるということ。


 様々な交友を(ひろ)げたし、そうした過程で多くの女性とも関係を持った。

 元の顔の良さやもあってか"泥の王子"などと呼ばれ、演じるということにも慣れていった。



 しかし必死に塗り固められた嘘がなかった関係性も……あの時は確かに存在した。


(ヘリオ、グナーシャさん、ルビディアさん、スズ──)


 ぶっきらぼうながらも、仲間思いで面倒見のいい鬼人。

 一見すると近寄りがたいが、熱い思いと柔軟な考え方を持った狼人。

 いつだって前向きで、誰に対しても分け隔てなく親しみやすい鳥人。

 どこか掴ませない部分も数少なくないが、常に細部に気を遣っているシノビ。

 

 最初はのらりくらりと利用してやろうと考えていたのに、いつの間にかペースに乗せられてしまっていた。

 パラスを含めてキマイラを全員で討伐した時には、それまで感じたことのなかった昂揚感を得た。


 ギターとボーカルのヘリオが主導となって"バンド"を組んで、音楽と出会い、演奏に励んだ。

 リードギターのカドマイア(じぶん)、ベースのルビディア、ドラムのグナーシャ、広報のスズ。

 ベイリルがプロデュースし、いつの間にかパラスは持ち前の事務能力でテキパキと段取りをつけだした。

 ジェーンとリンのユニットともコラボ公演をすることもあった。


 時に作詞し、作曲し、練習した成果を"ライブ(LIVE)"にぶつけ、数え切れない生徒達を熱狂の坩堝(るつぼ)に叩き込んでやった。


(あの感動は……ぼくたちにしかわからない)


 大陸に名だたるどんな王様や、金持ちや、その他権力者達──それこそ"黄昏の姫巫女"だろうと、神族であろうと、"英傑"であろうとも、味わうことはできない。

 

 "表現者(アーティスト)"だけに許された世界。

 自分達だけが享受(きょうじゅ)することのできる、最高の景色がそこにはあった。



(フリーマギエンスという枠組みが──そこに集まった皆が、ぼくを根底から打ち砕いてくれた)


 違う生き方もあるのだと……価値観はそれぞれ尊重されるべきであると……。

 それでもパラスは最後の一線を越えることはなかったし、結局は自分自身も一族を裏切ることはできなかった。

 

 こんなことならば……いっそ黄昏の姫巫女という使命も、一族なんてのも放り出して生きることだってできたのかも知れない。

 広げてくれた世界に飛び込む勇気がなかったと、もう一度やり直せるならと考えずにはいられなかった。


「ふっ……くく、ははっはははは──」


 自嘲的な笑みもこれで何度目にもなるか。哀しみも悔しさも切なさも、()()ぜに。



「──センチメンタルな気分じゃなさそうだな」

「……?」


 顔を上げると、鉄扉につけられていた小窓から碧眼が覗いてた──そして声にも覚えがある。


「五体は無事なようでなによりだ、カドマイア」

「ベィ……リル?」


 理解が追いつかなかった。かつての友、フリーマギエンスを創部した男でありヘリオの義弟にもあたる。

 そして自分達のプロデューサーとして色々と指導や意見、調整を(おこな)っていた男。


 ベイリルはあっさりと鉄扉を開けて入ってくると、ジッとこちらを見つめて口を開く。


「放心状態か? ここを脱獄()たら"一仕事(ひとしごと)"があるんだが……精神疾患があるようなら迅速にシールフにでも()てもらおうか」

「い……いや、面食らっているだけです。それに幻覚を見ているわけでもないようだ」


 大きく一度だけ深呼吸して心身を覚醒させている(あいだ)に、ベイリルはいとも簡単に(かせ)(はず)してしまっていた。



「まさか……わざわざ助けにきたのですか?」

「そういうことになる」

「それは……その、なんと言えばいいか……」

「まっカドマイア(おまえ)はしばし音信不通だったが、財団員である以上は助けるだけの理由がある」


 ぼくは立ち上がったところで、差し出されたベイリルの手を握って親交を思い出す。


「それと異母姉にも感謝をしておくといい──」

「なるほどパラスが教えたんですね……だと知っているなら、事情もすべてご存知ですか」

「いや事情に関しては、恐らくお前たちよりも深く知っている。"黄昏の姫巫女"とも直接会って、財団に引き込む布石まで打ってきたからな」

「黄昏の姫巫女さまを……?」


 わけがわからなかった。学園時代からもう理解不能なことに溢れていたが、久方振りでも意味不明な事態が展開しているらしい。



「なんだ、今さら驚くようなことか? 学園生時代から商会に関わっていたのに」

「……そうでした。ベイリルきみが助けに来たのも含めて、いちいち考えてたらキリがない」


 しばらく遠ざかっていたからか、こうした破天荒な出来事にもまた慣れていくことだろうと思う。


「カドマイアは黄昏の姫巫女に未練はあるか?」

「いえ、元から思うところなど無いも同然でしたよ。おおよそは義務感で生きてきた人生です」

「そうか、ならいい。権威を示す上ではそれなりの役割もあろうが……あれは無為(・・)だ」

「ベイリルは何かご存知のようで……」


「まぁな、お前を神領へ連行する予定だった神族から事情を少しばかり聞きだした」

「聞き出した……? いえ、あまり深く知らないほうが良さそうですか」

「そうだな、好奇心だけで聞くには……いささか重大事になる。俺としても一旦持ち帰って精査・協議・判断する必要があるから、今の段階で話せることはない」

「了解しました。ぼくとしては助けてもらうだけで十分すぎる──あるいは今後の身の振り方についても、決まっていたり?」


 (おそ)(おそ)る……というほどでもないが、仮に命を懸けろと言われたところで応じるに足るだけの借りである。



「無論だ。こうして助けたことも含めて、今後は商会あらためシップスクラーク財団の為に粉骨砕身尽くしてもらう」

「なんなりと」


 言うやいなやベイリルはニィと笑う。


「よし、腕は()び付いてないか?」

「一体なんの……?」


 疑問符を投げ掛けるとベイリルは左手を顔の横に、右手をお腹あたりに──空気(エア)のピックで空気(エア)(げん)を鳴らす動作をとった。


「まさかギター、ですか?」

「これから忙しくなるぞ。それで、どうなんだ?」

「取り戻すには時間が掛かると思いますが、一日たりとて忘れたことはありませんよ」


 するとベイリルは満足げに大きく(うなず)く。

 

 学園を少し早く卒業してからもずっと忘れられなかった。だから闘技祭は家族に無理を言って学園へと戻ってライブをしたほどだ。

 それからもいつだって音楽(ロック)は心に熱く、ずっと頭の中でリフレインし続けていたのだ。



「当然だがヘリオもグナーシャ先輩もルビディア先輩も一緒だ。各種支援(サポート)としてスズやパラスもな」

「はははっ、にわかには信じられない。また(とも)に組めることができるなんて──」


「しばらくは(いじ)られ役として、(こす)られるのも覚悟しなくっちゃあな?」

「どんな関わりでもぼくには嬉しいことですよ」


 掛け替えのない仲間達と生きるという機会──もう二度と手放すことはない。


「さて、そんなとこで話は以上だ。すぐにでも脱獄したい気持ちだろうが……他にもまだやることが残っているから、もうしばらくここで待っていてくれな」


 独房から出て行くベイリルを他所(ヨソ)に、すぐさま過去を振り返りながらエア・リハーサルに励むのだった。



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