#310 魔神 II
「被害甚大で殺しきれぬと見た皇国側は、聖騎士でもあった英傑"グイド"に討伐を要請しました」
「あーーー……グイド」
「ご存知ですか、やはり後の時代でも有名なのですね」
「まぁ一応そうですね。今は失伝している"魔術方陣"の行使手で、ここを作った人間」
俺はシールフに見せられた記憶の情景を想起しつつ口にする。
「今は喪失しているのですか?」
「少なくとも公の体系としては失われているはずです」
「たしかに当時でも非常に珍しく、また適性も問われる分野でしたが」
魔術具や魔鋼、あるいは魔術刻印や魔術方陣といった──文字や紋様を利用する魔術は、魔力を固着させるという特殊な技術工程を必要とする。
俺もリーティアに習って魔術具製作を基礎から修得しようとしていた時期もあったが、結局は断念せざるを得なかった。
「英傑ってのはいつの時代も、そう呼ばれるだけの理外の強度を持っていたわけと」
「もっともグイドに関しては、"理の内"にあったと思います。正直なところ、戦っていて見惚れるほどの美しい魔術方陣でした」
魔法探究者ならではのモノの見方。記憶映像ではその圧倒的なヤバさのほうが先行していたが、言われてみて改めて思い返すと……美しいというのもさもありなん。
ゼノが言うところの数学的な──緻密に組まれた規則性が織りなす、秩序ある完成された形。
「あの"陣"は感覚まかせだけでは決してできるものではなく、彼なりの確固たる理論があってこその魔術だったのだと今ならわかります──本当に素晴らしかった」
「……恨んではいない?」
「えぇ、彼はあくまで人類の奉仕者としての己の信念を全うしただけです。あの時点での私たちは……間違いなく人類の敵と言えましたから」
「発端である教皇庁だけでなく、人類の敵だったと?」
「少なくとも皇国を滅ぼしてやるくらいの気持ちにはなってましたよ。実際にそこまでやるかはともかくとして、ね」
息子を奪われ、その息子と共に復讐者となった"魔神"。
俺とて故郷の村を滅ぼされた身ではあるが、彼女の思いを慮ることはできない。
「ただ、あの頃の身を焼くほどの激情も……これほど時間が経って風化してしまったことが──恐ろしくもありますね」
長命種として長き時間を生きる上で、実に考えさせられる言葉であった。
「──しかしまぁ、そのグイドと闘り合ったエイルさんも相当なもんですよね」
「私は息子と二人掛かりでしたし」
「いやぁそれでも半端ないですよ、"グイド"を相手にするのは」
「ふふっベイリルさん、まるで実際に見たことがあるような言い方ですね。その耳を見るにエルフ種のようですが……もしかしてわたしより長生きなのですか?」
「いえいえ、まだ18年しか生きていない若僧です。それで……英傑グイドであっても、エイルさんと息子さんを封印するしかなかったんですね」
「基本的には私たちが劣勢でしたが、長引くほどに地形が変わっていきました。いずれ村や街にも被害が及ぶと考えたグイドは、万全の用意をもって私たちをココへと誘導し、封じたのです」
エイルは壁へと指を這わせつつ、グッと手の平を押し付ける。
「三次元多重構成、凄絶の一言たる魔術方陣ですが……それでもただ結界を重ねただけならば、二人で破壊できる芽もありました」
「だから、魔力を奪うように構築したんですね」
「ベイリルさんはまだお若いのに、この結界についても詳しいようですね。でも少しだけ違います、魔力を単純に奪うことはできません」
「……それは"魔法"でもない限り、ですか」
「はい。魔力は根源に関わるモノですし、ベイリルさんも言うところの魔力の"色"が関わってきますから。この魔術方陣の構成は、魔力を結界の発動に転換するように組んであるのです」
("闘技祭"で使われていた結界と原理は近いモノ、か……)
学園時代の闘技祭では、観客の魔力を利用して四隅に置いた結界魔術具を発動させるという方式を取っていた。
あれはフリーマギエンスで作ったものではなく、代々学園に伝わっていた魔術具であり、恐らくは学園長である"竜越貴人"アイトエルの私物であろうと推察される。
(直接魔力を奪うことが不可能でも、結果的に同じことにしてしまえばいい。その発想が……この大結界というわけだな)
副次効果として発生する結界をそのまま檻にしてしまうことで、二重の対応策とする実に高効率なやり方。
「しかも私は息子と二人分、二倍の速度で魔力を喪失していくわけですから──ほどなくして息子を保つだけの魔導も使えなくなりました」
その言葉を聞きながら、俺は一つの問いを投げ掛ける。
「──それでも……今度こそ"死に目"には会えた……?」
「そうなのです! 皮肉にも魔力がなくなったことで暴走していた精神が戻って、私に"ありがとう"って……それに──」
感情を露に訴えかけるようなエイルは、ギュッと胸元で拳を握り締める。
「肉体が崩壊していく最期、"自分の分まで生きてほしい"……とも」
「少しは報われた、と言えますか」
「──あるいは、もう遠い昔の私の妄想、勘違いかも知れませんが……」
「いえ、案外それは本当のことだと思いますよ。世の中は既存の理論だけで回るものじゃない。時として奇跡のようなことも起こり得る」
「そう……願いたいものですね。私がこうして自らの"魔導"をもって、死してなお自分を生き長らえているのが証明だと思いたい……」
母としての切なる感情に、俺はもはや恐れることなく彼女へと近付いていく。
深い、とても深い愛情と、憎悪と、絶望と、哀しみを背負い──息子を蘇らせ、自分が死してなお想いを受け継いで、数百年と生き続ける"母親"へと。
「ただ一つ。それもまた奇跡などではなく、まだ法則性を見出していないだけなのかも知れません──」
俺は彼女の気持ちを可能な限り察しながらも、頭の中で交渉モードに切り替えし、そう言葉を紡ぐ。
「……どういうことでしょう?」
「解き明かされていないだけで、再現性のある現象かも知れないということです──だから、俺たちと一緒に生きませんか?」
魔力と魔法の研究者であり、自らを蘇生させるほどの魔導師──喉から手が出るほど欲しい人材である。
「俺が所属するシップスクラーク財団という組織では、世界のありとあらゆることを研究・開発しています」
「私にもそこで、共にと……?」
「はい! エイルさんがよろしければ、その力を是非ともお貸しください」
エイルは人差し指を眉間へともっていくと、思考しながら口にする。
「つまりベイリルさんが言うには、私が立ち会えた息子との別離も、あるいは何がしかの理論に基づいて、その意思を取り戻すことができた……と」
「魔力も、魔法も、魔術も、魔導も──まだまだ謎が多いですから」
「そうであれば……あの日のことも、私の勘違いでないという証明にもなると?」
「……えぇまぁ。ただ財団には"読心"の魔導師がいますので、彼女ならエイルさんの記憶でよろしければ、思い出の中の息子さんと会うこともできますよ」
「なんとっ! 会うというのは一体どのような?」
「夢の中を漂い歩くように、心象風景に映し出す感じです。もっとも見せてもらえる記憶の内容は、その人に知られることになってしまいますが……」
「それくらいは瑣末なことですね」
「ですよね。そこらへんの価値観はなんとなく合うと思っていました」
俺は話の流れと勢いのままにスッと右手を差し出すと、エイルのひんやりとした手で握り返されたのだった。




