#304 亜人派閥 II
「えっ……? っと、剣があるんすか?」
獄中であるにも関わらず、長老モンドが当たり前のように持ち出してきた刃に俺はいささか間の抜けた声をあげてしまう。
「長年、いるんでなぁ。日に一度だけ落とされる魔物の肉だが、たまに未処理のまま落とされることもある。その骨を使って延々と強靭な牙を研磨し続けた結果よ」
次にモンドは積まれていた寝袋を掴んで振り回し、次々にバラバラと刀剣を散乱させていった。
ぶちまけられた材質・大小・形状が様々な"骨刀"やら"牙剣"やらが、地面へと並べ立てられていく。
「さっ好きなのを選ぶが良い」
「まじかよ……」
ざっと数えても100本以上はあるのが明らかであった。
「すべてワタシの手製だ、数少ない娯楽ゆえなぁ」
俺は剣を一本拾って軽く振ってみる──と、空気を引き裂く音と感触が実によく伝わってくるのだった
(もっぱら俺は魔術で創った"風太刀"しか使わんが……これは素人目にも凄いってわかる)
「中には死んだ人間の骨もあるがな。ただしこれらの武器を抗争には使わせん、あくまで修練や試合の為のモノだ」
「なるほど──この獄中で、囚人らのことごとくが"武器を持っていない理由"がわかりました」
刑務官の目を盗んで樹脂スプーンや歯ブラシを削ったナイフを隠し持ち、何度も腹に突き立てるのは映画やドラマでもよく見た光景。
そうした日用品はこの大監獄にはないものの、石器すらも使っていなかったのには理由があったのだ。
種族の特性として角や爪や牙があるから、わざわざ使っていなかったというわけでもない。
モンド個人の戦力と、手解きを受けたモンド流魔剣術の使い手達……そんな彼らがこれほどの数の剣を保有している事実。
なんでもありの抗争になってしまえば、亜人派閥が圧倒的な勝利が火を見るよりも明らかゆえの不文律なのだろう。
「ではコレとコレ、お借りします」
俺はいくつか握ってフィーリングの合った剣を一本ずつ、右手と左手の内にそれぞれ小気味よく振るう。
お互いに剣を持って戦えるのであれば、それはそれで勉強させてもらうとしよう。
「ほぉ、二刀流かぁ。なかなか堂に入っているようだ」
「えぇまぁ……モンド殿は、その手の一本ですか」
「無論よ」
一言──牙剣を構えたモンドの圧力が一気に吹き出した。
冷や汗が流れ落ち、全身が総毛立つが……同時に良い緊張感が俺を包んでいる。
「事ここに至り、それでも笑えるとは……筋が良いぞ若いの」
「これでも幾つもの死線を超えてきた身なんで──」
さらにもう一段、モンドの持つ領域そのものが引き上げられたのを、俺は心身から理解した。
"無想"──魔剣術を使う魔剣士にとっ、て魔力なしという状況下ではあるが……かつて見たケイ・ボルドと似た感覚を覚える。
(だが俺も負けるつもりはない。手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に)
「空華夢想流・合戦礼法──弐天逸流、推参」
「──モンド流・魔剣術にて仕る」
周りのほんのわずかな雑音まで消え失せて、素肌は大気と同調し、視点は一次元高みへと──
魔力がないので"天眼"には及ばない……しかして魔力がないからこそ、ヒリつくように感じ取れるものがある。
("空視・空眼"──)
識域下の意識の中で、互いの領域が重なり、実際には動かないまま膨大で緻密なやり取りが展開する。
斬り──躱し──薙ぎ──受け──突き──流し──打ち──斬る──
双方が可能な動きのパターンから、お互いに予知をするかのように繰り返され、幻影を詰めていく。
(詰まされる──)
無拍子すらも通じない。俺が勝ちへと至る道筋がそうしても視えなかった。
ならば……どうする。どうしたって詰められてしまうのならば、逃れの詰めろ。
さらなる限界の未来を読み続けた末を掴み取るだけだ。
("未知なる未来"を……既知へと変える──ッッ!!)
最適な俺自身の幻影へと、肉体を融合させるように俺は動いた。
俺の領域に割り込み、斬り裂いてくるモンドの一刀──よりも早く、左手の剣を投げ込んでいた。
剣はモンドには直接届くことはなく、手前の地面へと突き刺さる。
同時に刹那にも満たない刻まれ続けた時の中で、精神と肉体──思考と反射が融合を果たし、俺は接近距離まで踏み込んでいた。
なにも剣術ばかりにこだわる必要はない、俺の持ち味は連係と汎用性に富んだ総合戦型なのだから。
奪わんと欲すればまずは与え、弱まんと欲すればまずは強め、縮めんと欲すればまずは伸ばす。
そして開かんと欲するのであれば、まずは蓋をすべし──それは全身全霊で躍動させた力の"溜め"と"解放"。
「"捻れ雪月花"」
全身の溜めから解放された居合による斬り払いは……回避され──
回転と共に地擦りながら斬り落とした刀身は……受け流され──
さらなる遠心力を乗せた斬り上げすら……弾かれ──剣は俺の手元から天井へと突き刺さる。
しかし魔術なしの……あくまで型だけの"捻れ雪月花"が通用しないのは想定内であった。
無手となった俺は、あらかじめ投げ突き立てておいた剣を左逆手に握ると、そのままアッパーカットのように繰り出した。
だがそれすらも柄頭によって打ち止められ、拳を痛めながら勢い余った斬撃も絡め取られる。
「素晴らしかったぞ、若いの……いやグルシアくん。まだ続けるか?」
俺の骨刀がモンドの牙剣に完全に抑え込まれた状態で、ギラリと歯を見せて俺は言い放つ。
「打てる戦術はもう無いですかね──」
「含みが、あるようだ」
『くぅゥぉォおおオオオオオオ──』
音圧操作がなくとも鍛え上げた肺活量から発せられる音振が、閉所空間で炸裂する。
空気を震わす不意打ちの大音量は、穴倉内で反響し、増幅され、モンドほどの強者であっても……ほんのわずかにだが平衡感覚を奪うに至る。
その間隙に乗じた俺は、骨刀を持っていた左手を離し、モンドの右手首を握り込んで抑えた。
「しかしまだ、ペテンが残っている」
そして狙いはさらなる未来──天井部へと突き刺さっていた、もう一本の骨剣が抜けて落ちてきたのを──俺は右手で掴み取っていた。
「疾ィッ──」
完璧な奇襲の骨剣を振り下ろすも……モンドは押さえられた手元を巧みに、きっちりと受け太刀をしたのには俺も絶句せざるを得なかった。
「っ──!?」
「やりおる」
「それはこっちの台詞です……が、御免!!」
しかしながら、もはやここまでくれば関係なかった。俺は骨剣を両手でしっかりと握り込むと、捻り込むように鍔迫る。
技術でどうこうする隙を与えず、素の筋力任せに押し込んで、そのまま地面へと縫い付けたのだった。
そうしてモンドの首元まで強引に刀身をもっていき、俺は彼の新たな言葉を待つ。
「むぅ、美事だ。あっこからこのように負けるとは、老いたくないものよ」
俺はしかと聞き届けてからモンドを抑え込んでいた骨剣を外し、残心を保ったまま一歩、また一歩と距離をあけた。
「ふぅ……次はお互いに魔力アリでやりましょう」
モンドが牙剣を杖代わりに立ち上がったところで、俺は親しげにそう口にする。
「ワタシも是非とも全力で手合わせたいところだが……それは叶わぬ願いよなぁ」
「いえいえ、その未来は……もうすぐですよ」
不可解な言葉に眉をひそめたモンドに対して、俺はニヤリとほくそ笑んで言い切ったのだった。




