#303 亜人派閥 I
人族陣営についてはストールに一任し、俺は道中でジンとバランにも一声掛けて戦闘解除させてから──亜人派閥の領域を歩く。
(多種多様な亜人が、歪ながらもまとまって暮らしている……)
鬼人族の男についていきながら周囲を見渡す──それは過去に焼け落ちた、故郷の街アイヘルを想起させる光景。
しばらくして穴倉の前で男は止まると、俺へと視線を合わせて告げてくる。
「長老は二人っきりで話したいそうだ」
「案内、ど~も」
歯をギリッと何か言い返したいような様子を抑える彼を無視して、俺は躊躇いなく穴倉の奥へと足を踏み入れる。
バランが一人忍ばせていたように、一応感覚を鋭く探ってはみたものの……言葉通り中で待ち伏せされているようなこともなく、件の人物とあっさり対面した。
「お初にお目にかかります、モンド殿」
あぐらをかいて座る俺と同じ"半長耳"の老人が、片目だけを見開いて言葉を紡ぐ。
「ん──おぉ、こりゃご足労すまなかったなぁ」
灰色の長髪は坐した状態で地面まで届き、皺が年輪のように顔に刻まれ、声もややしわがれている。
見目を若く保てるエルフ種でありながら、老齢の見た目ということは……おそらくは400歳は越えているだろうか。
「ワタシの名前は知っているようだが……先刻の響いてきた大声を聞いた限りだと、グルシアくんでよかったかね?」
「はい、改めまして──グルシアと申します」
「ほんに派手にやったものだなあ」
スッと両の瞳まで見開いたモンドは、その眼光がわずかに緩まる。
「ふむ……ハーフエルフか、珍しく、奇遇よの」
「えぇお互いに」
「そして、若いな」
「お察しの通り、モンド殿の二十分の一に満たぬであろう──まだまだ若輩者です」
「なるほどまだまだ人生楽しかろうに、このような地底の獄に来るとは何をしでかした?」
「大したことではありませんよ、人道に背いた悪逆だとか……そういったことは微塵にもない。ただ真実を語ったに過ぎない」
「真実とな?」
「まっ神王教の立場としては、どうにも気に喰わない"創世の物語"とでも言いましょうか」
俺は含みを大いにブレンドした笑みを浮かべ、フレンドリーに声の抑揚を一つ上げる。
「もっとも……ここに来るのは狙い通りだったので──この"新たな人生"は今なお謳歌している最中ですよ」
そんな言葉にモンドはこちらを値踏みするように見据え、そして俺もまた彼という人物そのものを敬意をもって測る。
同じハーフエルフ種の大先輩にあたる男相手に、どうしたって畏敬のような念は拭いきれない。
「魔族や獣人も既にきみの傘下だそうだが、それも狙いか」
「はい、つい先ほど人族陣営も加わることを承諾させました。残る大きな集団は──
「亜人派閥だけかい」
ここまで大きくなってしまえば"はぐれ"はどうとでもなる。つまりここが最終局面と言って差し支えはないだろう。
「元気の余る新入りの話しが出てから、わずか三日──いやはや大したものだ」
「恐縮です」
「それに我々も取り込みたいと?」
「亜人派閥の皆さんはモンド殿を長老と慕い敬っているようなので、貴方を説き伏せられれば手間がないと考えています」
しばしの間、場を沈黙が支配する──
その佇まいは、底の見えぬ強者であることが疑いがない。しかしながらさすがに"五英傑"のような圧力までは感じない。
("果て無き凡人"──の類かな)
それは俺が個人的に、好き勝手にカテゴライズしている分類であった。
歴史上には英雄・英傑は数知れず存在するが、その強度は実に多彩。
"伝家の宝刀"級として──各国の切り札となる"単一個人戦力"として高めるまでに、そのいずれもが才能の一言で片付けられるものではない。
たとえば通常はどこかで頭打ちになるところを、長命かつ練磨を怠らないことで強引に昇りつめる"果て無き凡人"。
目の前のモンドがそうであろうし、五英傑のアイトエルも創世神話より生き続けたがゆえの到達点であろう。
そして手前味噌ながら俺自身や、フラウやキャシーあるいはバルゥやバリス、ないし円卓の魔術士や戦帝といった者達は、"修練せし才人"と呼べる。
種族や才能に恵まれ、同時に自らを鍛え上げた結果として、戦術級の一騎当千にまでは成ることができる。
(だが──普通は到達してもそこまでなんだ……)
しかしてそこをさらに踏み越えるものがいる者こそ、"天与の越人"。
見ている世界が異なると思わせるほど歴然とした性能差。有象無象の才能を足蹴にする超天賦──ゲイル・オーラムやケイ・ボルドが該当する。
努力する必要すらなく、それでいて伝家の宝刀を打ち砕けるほどの強度の二人が味方であったことは……実に幸運だったと言える。
(そして、頂点の存在──)
人類はおろか生物の枠すらも超えた"規格外たる頂人"。存在そのものが世界のバグとまで断言できるくらいで、完全なイレギュラーにしてバランスブレイカー。
すなわち"折れぬ鋼の"や、"大地の愛娘"ルルーテである。単独で国家を相手にし、さらには容易く滅ぼせるだけの強度を備えた究極存在。
こうした存在は歴史の中でも極稀に生まれていて、いずれも世界を征服したり滅ぼすような気性を備えていないことは世界にとっての幸いであろう。
とはいえ彼らみたいなのがいるというだけで、戦争を拡大しての強引な制覇勝利の芽は潰されてしまう。
"文明回華"を推し進める側としては目の上のたんこぶなのは否めないが……同時に帝国や魔領による、戦火拡大に対する防波堤としては助かっている部分もある。
いずれにしてもこちらの都合の良いように扱える相手ではないので、現状と折り合いをつけていくしかない。
──俺がじっくりと思考しながら観察していると、モンドがゆっくりと口を開く。
「加わるのを拒む、と言ったらどうするかね」
「さしあたって理由をお聞きしても?」
「荒事を好まないだけよ」
「くっはは、モンド流魔剣術の開祖ともあろう御方が……随分なことを仰いますね」
俺は煽るようにそうのたまい反応を窺うも、こちらを見透かすようにモンドは口角を上げる。
「それを知っていてなお、"決闘"を欲するか若いの」
「勝てる見込みがなければ喧嘩は売らないですよ。なにせモンド流の魔剣士とは死合の末に勝利してますので」
「ほう……」
「テオドールという名を御存知ですか?」
王国は円卓の魔術士第二席"筆頭魔剣士"──実際にはその門弟集団には負け確も同然だったのだが、多勢に無勢であるのでノーカウントとする。
「知らんなぁ、ワタシが監獄に入ってもうかれこれ150年以上が経っている。囚人になって以降のことについてはとんと──」
「そうですか、同門がやられていても特に思うところはないと……?」
「尋常な勝負であれば、特に言うことはないわなあ」
あっけらかんとモンドはそう口にしてから、ゆらりと流れるような動作で立ち上がる。
「しかし"立ち会い"が望みとは……久しぶりに、若さを思い出させてもらうとするか」
「──快き返事、感謝いたします」
俺は深く一礼をもって示す。魔剣術はおろか剣すらない魔剣士がいかほどのものか、たとえ無刀であろうとも武の達人には変わりない。
──するとモンドは隅にいくつか積まれている寝袋まで歩いていくと、突如として中から一本の"剣"を取り出したのだった。




