#302 人族陣営
無事バランは敗北を認め、それからもトントン拍子に──とは、もちろんいかなかった。
下っ端にとっては今いる頭の上に、さらなる大将が新たに立つというだけの話なのだが──しかして。
頭の地位を虎視眈々と狙っていたような血気盛んな連中や、相応しくないと不服申し立てをする連中……。
そういった手合いは数多く、"決闘"で手ずから地面に抱擁させるのを見せ付けて理解らせていくより他はなかった。
新たに名乗り出る者がいなくなり、群団内の意思統一が完了した頃には二日目も過ぎ去ってしまう。
(獣人種も、魔族に負けず劣らず──良く言えば素直であり、悪く言えば欲望に忠実と言うべきか)
一度上下関係をキッチリさせ、締めるべきところを間違えなければ、割かしあっさりと付いて来てくれるのは過去の経験と変わらなかった。
魔族と獣人、今まで反目し合っていた種族勢力同士が昨日までの因縁を忘れ、今日から足並みを仲良く揃えるというわけにはいかなかったが……。
さしあたっての糾合は成さしめ、俺という旗頭の下で何とか争うことなく落ち着いている。
そうして俺は一人、次はどう詰めていくかを考える。
(次は……"人族陣営"だな、首領は"自由騎士団"出身って話だが──序列第三位との縁……威を借るにしても、あまり効果的じゃぁないか)
インメル領会戦において──共和国の大商人"エルメル・アルトマー"が契約し連れてきた自由騎士団と、統率していた"フランツ・ベルクマン"。
元帝国軍人であり、自由騎士団内における第三位の序列を持つ地位ある人物との知己。
しかしながらあくまで契約関係の域を出ず、少しばかり試合もしたが……その程度の間柄でしかない。
まして力及ばぬ監獄において、知り合いだからどうこうというのは現実味がない。
(交渉の札としては期待できない、となれば──)
「……囲むか。ストール! ジン!」
俺は魔族一党の穴倉の中で、寝転がった状態から起き上がりつつ二人の名を叫ぶ。
「あいよ、旦那」
「なんだい、御大将」
少し離れたところで座っていた煽動屋と魔族一党の元ボスが、揃って俺の前にやって来る。
一日目にして魔族を下し、二日目にして獣人を傘下に抱きこんだ。
そして三日目を迎えた今日にでも、獄中における趨勢を決定付けようじゃあないか。
「状況は変わらずだな?」
「──っすねぇ。風聞もかなり混乱していて、ただ人族陣営と亜人派閥が組んでいる様子もないようで」
ストールの言葉に俺は頷いてから、確かな意思で命令を下す。
「わかった、これより人族陣営を喰いにいく」
「昨日の今日で、本当に急ぎなんすね」
「情報を制し、相手よりも常に一歩……いや百歩先んじるのが何事も基本だ」
つまりは他国よりも早く高度なテクノロジーに到達・実現させ、最先端の文化を啓蒙することが絶対勝利の鍵。
「それじゃ御大将、自分らは具体的にどうすりゃいい?」
「魔族と獣人種を含めて戦力で劣るということはありえない。であれば数では劣っても──包囲して威圧しろ」
「了解……戦闘はあるか?」
「無論、示威を含めた交渉で済ませるつもりだが……十分にありえる」
圧倒的な武力でもって脅迫を掛ける。強者とはそれだけ優位に立っているのだから、これを利用しない手はない。
「ただしこの際は……人族陣営より亜人派閥がどう動くかの方が問題だ」
「ってことはだ──魔族が展開するのは、東の亜人派閥側が具合がイイってことだな?」
「さすが元軍人、話が早くて助かる。いざとなった場合の防波堤となるよう猛者で固めておいてくれ。最悪の場合は挟撃になるから、屈強なのを頼む」
「まかせてくれ」
「旦那ぁ、オレっちはどうすりゃ?」
「"はぐれ"の連中を煽っといてくれ。獄内状況の把握と、亜人派閥が動きにくいよう散らせておいてもらえばなお良し」
「そんならお安い御用だね、戦闘になったら危ないトコなんて正直行きたくなかったんで」
「お前の口先も欲しいところではあるがな、ストール」
「嬉しいお言葉ですがねぇ、まっ荒事に関しちゃお任せしますよっと──」
◇
新たにバランと段取りを整え、獣人種を引き連れた俺は狭い獄内を大名行列のように練り歩き──
到着した人族陣営を半包囲させる形でもって、大きく息を吸い込んだ。
『こちらは獣魔連合の大将グルシアだ!! 我々は徹底した戦争も辞さない覚悟でもって、そちらの陣営を包囲するに至っている!!
しかしながらそちらの首領が速やかに出てくるならば、この俺が自ら交渉に応じる所存である!! しかと検討されたし!!』
戦々恐々としている陣営へと、俺は肺活量を最大に叫び掛ける。
『なお血気に逸る連中を抑えておくにも限度がある!! 多少の時間は与えるつもりだが、激発すればその時点で決裂を意味することを留意して欲しい!!』
しばしの猶予を与え、人族陣営の首領が出てくるまで待つ──するとほどなくして3人の男が現れた。
その後方には何十人もの強面で歴戦の男達が、控えるように続いているのだった。
「なかなかに粒を揃えてきたのは、宣戦布告かな? んじゃっ闘るかい」
「勘違いしないでもらいたい、後ろの連中は事が起こった時にすぐに対応する為のもの。まずは話し合いをしてくれるのだろう?」
真ん中の30代ほどに見える短髪の男が数歩前へと出て、俺の視線を真っ直ぐに受け止める。
「お前が首領──名を"マティアス"。元自由騎士団だとか……もしかして"廃騎士"か?」
「自由騎士団をよくよくご存知か」
「ゆえあって雇ったことがあってね。で、お前は廃騎士なのか?」
"廃騎士"──自由騎士団が誓いし"鉄の掟"を破って、除名に加えて自刃を命じられた者。
自由騎士団は各国から人の集まる独自の騎士団であり、その中にはかつて他国で重責を担っていた人間や犯罪者すらもいる。
そうした機密情報を持つ人間の扱い。有象無象の団員を厳格に律すること。また戦争を請け負うにあたって略奪その他、犯罪行為の抑止など。
様々に絡み合う事情を、絶対遵守のルールによって秩序を保つのである。それがあってこそ自由騎士団は傭兵業として成り立っているのだった。
「いや断じて廃騎士ではない、我らが誇りに懸けて誓える」
"鉄の掟"は強い結束を生み、そして一人一人の胸裏に矜持を抱かせる。
そしてそれを破る者を、他ならぬ彼ら自身が許さない。ゆえに極刑──しかし最低限の誇りまで捨て去り、逃亡する廃騎士も存在する。
逃げた廃騎士には必ず追っ手が掛けられ、その首を刎ねられるのである。
「われら……?」
「人族陣営の決定権は我ら3人の同意をもって為されるのだ──代表は最も序列の高い、15位であるわたしが担わせてもらっているが」
「元序列27位、セヴェリ」
「同じく78位、トルスティ」
そう名乗り出たのは、マティアスの両隣にいた男達。
「ふむ、てっきり一人ばかしと思っていたが……自由騎士が三人でもって首領なわけか」
共和国に自由騎士団の本拠があることを考えると、ワンマントップではなく合議制というのも納得できるというものだった。
「たとえわたしが闇討ちをされたとしても、残り二人がいれば回る。本来であれば……あなた相手にも隠しておきたいことだった」
「なるほど。流石に追い詰められた状況で一人で決定するわけもいかず、さらには俺に悪印象をも持たれないように、といったところか」
「そんなところだ……それに自由騎士の身から落ちれども、誠の心まで失った覚えはないのでな。これほどの勢力でありながら、交渉を望んだ相手には誠意を尽くす」
「ふむ、建設的な話ができそうでなにより。魔族も獣人も根っこでは闘争好きだからな、俺も他人のことはとやかく言えんのだが……」
戦闘狂としての一面もまた、異世界にて新たに獲得した業であり、それを否定する気はさらさらない。
「あなたの目的をお聞きしたい。もしも監獄を統一するというのならば、我々としても協力はやぶさかではないのだ」
「ほう……?」
「魔力がなければ……人族が最も脆弱なのは言うまでもない。ソコを徒党を組むことで、なんとか弱者とならないようにしている」
「つまり立場が公平であるなら──ってことか」
「然り。あなたが統一を達成したところで、人族が奴隷のように使われるようであれば……戦争もやむなしと考える」
マティアスのやや斜め後ろに立つセヴェリとトルスティ。さらに後方に控える人族の面々は皆一様に強い意思を持った瞳を向けてきている。
「そちらの主張は理解した。では俺からも伝えよう──魔族や獣人の下ではなく、この俺唯一人の傘下につけ」
「それはつまり……公平と見て良いということか?」
「まぁそうだ、俺は種族差別はしない。俺自身が人間とエルフのハーフだし、種族関係なく能力があればその限りではない」
「では……"能力なき弱者は見捨てる"ということか?」
「俺が最終的に求める世界に絶対的な弱者なんていない。個人差はあっても誰もが恩恵を享受する」
「いささか話が見えないのだが……」
「その一端は獄内の統一を成し遂げた暁に教えよう。今は魔族のボスも、獣人の頭も知らないことだ」
数秒ほど目を瞑ったマティアスは、ゆっくりと口を開いて受け入れると共に二人の名を呼ぶ。
「わかった……セヴェリ、トルスティ」
「仕方ないでしょうねえ。どのみち戦力差を考えれば、抵抗しても全滅するのみです」
「異存はありません」
「──三人の合議をもってここに決した。我ら"人族陣営"は、グルシアの下について獣人と魔族とも協力体制を敷く! もし彼が約束を蔑ろにしたならば、我らが陣頭に立ってこれに抗うと誓う!!」
「……あぁ、よろしく頼む。揉め事や不都合があったらいつでも言ってくれ」
『旦那ァーーーっ!! あっ、旦那ぁーーーッ!!』
交渉が無事終了した直後、タイミングを見計らったかのように俺を呼ぶ聞き覚えのある声が響く。
すると収監直後にぶちのめした、見覚えある鬼人族を連れて……ストールが割って入ってくるのだった。
「何か火急の用事か、ストール」
「えぇ、そりゃもう……わざわざこんな危なそうな場所に来るくらいには──」
話す途中で鬼人族の男が、周囲を一瞥だけして端的に発する。
「……新入り、"長老"がお呼びだ」




