#21 未知
「──では改めて交渉へと移らせていただきます」
くるくると道士の椅子で回っていたゲイル・オーラムは、ピタリと止まって俺を見据えてくる。
「キミはワタシに何を求めたい? 何を我々にもたらすことができると言うのかナ?」
「ご承知いただいた通り私が持つのは断片的な知識、ゆえに必要なのは"人材"です。その為には下地を作る必要がある──」
「つまり人を集めて研究機関を作り、先刻のたまった技術を発明して儲ける……と」
「ご慧眼痛み入ります。第一段階はまず農業改革です。農業こそ文明の発展において最初の発明ですから」
曰く──"耕作地が開かれるところには技が生まれる。土を耕す者こそが人類文明の創始者なのだ"。
その日暮らしな狩猟生活から、計画的な農業生活へ移ったこと。
継続的な食糧自給が獲得できたからこそ、人類は余暇に別の何かをするという利を得た。
それこそが文明の始まり。
そうして人類は畜産を行い、漁業を営み、採鉱し、物を作った。
文字を編み出し、暦を生み出し、学問を考えるようになった。
膨大な知識を、集積・保存・伝達し、後世へ連綿と受け継いでいく。
時の流れの中で失われたものも少なくなかろうが……それでも改良し発展させていった。
「まずは何をおいても、食糧を潤沢にして人類を増やします」
「それが化学肥料ってわけかい」
「はい、さすれば民衆の生活が向上し、余裕が新たに様々な方面へ発展を促し、ひいては国力が上がっていき、より多くの労働力を得られます」
「そんなものは戦争で浪費されるだけではないのかネ?」
確かにこの世界では戦争は多い。
魔物と人との。魔族と人との。そして人と人との。
「それでも……です。多くの人間に、考える時間を与えるのが第一義であり第一歩となる。できれば多様な教育も同時に広めたいところですが、障害が多いので……先に経済を活性化させます」
「つまりベイリルぅ、キミは下級層に力を持たせたいわけか」
「国を──世界を"人体"と捉えるのであれば、経済活動とは"血液"と言えるでしょう。富が正常に循環してこそ、世界はより活力よく生きていける。より高く跳ぶことができる」
経済とは、元世界──資本主義社会において最も象徴的なものだ。
世界とは経済そのもの、と言っても過言ではなかっただろう。
人的資源、思考の為の知識、回す為の金。
あとは"必要"という動機があれば、仮に自分が介入せずとも文明は進んでいく。
「下級層に限らず、人類全体で進化の階段を登っていきたいんですよ」
「志はご立派なことだネ」
「諸々を詰めていく時間が必要です。早急にそういった分野に強い人間を集めたいのですが──」
「それはワタシに金を出せ……と?」
「可能であればお願いしたいです。本来ならこの宗道団の財貨で、最初の投資をするつもりでした……"ガラス"工業を」
「ガラスぅ?」
「ぶち割った屋敷の窓もそうですが、自分が求めるのに比べると透明度も厚みもいまいちでして。それにガラスはあらゆる産業の基盤になるし、高く売れます」
ガラスは採光のみならず、レンズとしての機能を持ち、高品質のメガネや反射率の高い鏡は大きな商品となる。
何よりも数多くの化学変化を拒絶するので、ビーカーやフラスコや温度計といった研究や精製において不可欠な素材なのは言うまでもない。
また培養用品や顕微鏡のレンズ、あるいは薬品だけでなく食料品の清潔な長期保存をも可能とする。
電気技術が進んだならば電球などにも当然使用され、特別な資源やさほどの技術を必要としないにも関わらずその有用性と価値は限りない。
化学肥料や医薬品を作る為にも、まずは良質なガラス製品を揃えるところから始めねばならない。
「農業と経済。他にも様々な産業に着手し、どんどん輪を拡げていき──」
ゆったりと、それでいて確実に、声音は自信をもって。
しかして驕ることなく。時に共感を。時に猜疑と納得を。
その展望を──子供のように希望を詰めて。大人のように現実的に語り、浪漫を明確にイメージさせる。
時間を忘れるほどに、ひたすら俺は語り続けていた。
列挙し説明したテクノロジーがどのように作用していくのか。
決意の日から構想し書き殴ってきた、"文明回華"の道筋。
それらがなるべくわかってもらえるよう噛み砕きながら──
「──どうでしょう。細かく語れば話は尽きませんが、一端でも納得できるなら賭けてみませんか?」
しばし黙り込んで……渋い顔を決め込んだゲイル・オーラム。
対して俺がわずかに恐れの表情を見せたところで、ニヤリと笑ったゲイルは勢いよく立ち上がった。
「んん~……よろしい! "未知なる未来"、大いに結構!」
「ご理解頂き切に感謝致します、前向きに捉えても構わないのでしょうか」
俺は心中で思ったことを顔に出さないように抑えつつ返す。
わざわざこちらの不安を煽ってからかいよってからに……と。
「んでもねぇ、どうしよっかなあ」
「ご不安な点でも……?」
ゲイル・オーラムは大仰に手を開き、ググイっと顔を近付けて言ってくる。
「数百年掛けていては肝心の"テクノロジー"溢れる未来を、このワタシが見れないじゃあないか! 道半ばで"悔い"が残ってしまうくらいなら、いっそ初めからやらないほうがいい。そうは思わんかね」
(面倒臭ェ……)
そんなことまで世話しきれるかと心底思いつつも、俺は可能性を呈示する。
それはゲイル・オーラムの為ではなく、また自分の為でもない。
大切な家族や今後知り合っていく人々に対しての、措置としてまず考えていたこと。
「確かに……長命種以外の平均寿命を考えると難しいと言わざるを得ません──」
「そうだろうとも」
前世でも不老長寿や若返りなんて、まだ明確に実現化の目途までは至っていなかった。
不老の神族や長寿のエルフといった種族の、遺伝子を解析する?
地球でなら何かわかるかも知れないが、異世界文明はまだ地べたを歩く雛鳥のようなもの。
そこから羽ばたくまでには……如何ほどの年月を要するのかは全く想像もつかない。
「であれば、少し変則的ではありますが冷凍睡眠ならどうでしょう?」
「んん~~~?」
「いわゆる冬眠に近い原理と言えばいいでしょうか。低体温を維持して肉体の代謝機能を下げる──肉体を休眠状態にすることで、寿命を一時的に止めるわけです。寝て起きれば未来の世界となる」
──厳密には低体温維持睡眠。
超急速冷凍でもしない限り、細胞は体積が増加して破壊されてしまう。
ゆえに低体温で保存することで、細胞分裂による老化を抑止する。
あるいは超重力──ブラックホール──のようなものを創り出す。
歪められた空間は時の流れをも歪めて、正常な空間との時間差をもたらす。
さらには亜光速などで移動することが可能であれば、それもまた未来への道へ続いている。
元世界でも到達し得ない……遥か遠い未来技術を拝むつもりなのだ。
これはなにもゲイル・オーラムに限った話ではない。
ハーフエルフの寿命でも足りないのではと、自分自身が思っていたこと。
社会全体が、文明を発展させる為の土台作りを完了させる。
その後で冬眠に入り、定期的に覚醒し動向を見守る。
そういった可能性も考えておかなければならない。
「なるほど面白い……未来へ転移するというわけか」
「解凍する時は寿命を伸ばすような、なんらかのテクノロジーを確立させた後になりますね。もっとも中間は抜け落ちてしまいますが……そこは途中から"ビデオ"などを使って──」
「びでおとは?」
「"記録媒体"と言えばいいでしょうか。見るもの聞くものを、そのまま保存することができます。確か魔術具でも音を記録・再生することができるモノがあったと聞いたことがありますが……?」
「あー確かにそんなのもあったかもネ」
「それに未来が進んでも、中間テクノロジーは保存しておきます。順繰りに追うことも可能です」
「つまり冷凍手段と、冷凍中の保存環境。そして冷凍状態から解凍する保証さえ整えればいいわけだ」
「わたし自身がその保証となれるよう精進します」
「フッ……ハハッハハハハハハハハハ──」
ゲイル・オーラムはそんなハーフエルフの少年の言葉に豪快に笑った。
ひとしきり笑った後に……その右手を差し出してくる。
それは前世界でも異世界でも変わらぬ──誠意の証、好意の証、成立の証、約束の証。
一時は本当にどうなるかと思った。しかしこれは渡りに船。
乗ったところに、さらに棚から牡丹餅が落ちてきたような僥倖。
"文明回華"の理解者にして後ろ盾ともなる、最初の人脈。俺は美事この賭けに勝ったのだ。
「契約完了だ、ベイリル。共に未知なる未来を拝もうではないか」
「はい、オーラム殿。お互いに未知あらんことを──」




