#301 獣人群団 II
促された俺はストールを置いてバランと共に、獣人種が居を構える穴倉で二人きりとなる。
「とりあえずバリス殿を知っているみたいだな」
「その、名を、二度と、出すんじゃねえ──」
バランが決死の形相をもって接近距離で恫喝してくるが、俺は言葉とは裏腹にバランの心身の状態を分析する。
表情には余裕がなく、脂汗が滲み、動悸は激しく、過呼吸ぎみで、声まで上ずっていては、もはや言い逃れの余地はない。
「バリス殿のことだ、容易に察しはつくというもの」
「は、はあ!? てめえは何を言ってやがる」
「一体何年監獄で囚人やってるのかはわからないが、昔に煮え湯を飲まされたクチのようだ」
そのものズバリ図星を突かれたバランは、もはや隠そうともせず苦虫を噛み潰したような顔になる。
「あー、あー、ぁぇぃぅぇぉぁぉアー……──」
俺は喉を調律するように声を出してから、腹の底から低い笑い声を残響させる。
『ヴァッハッハハハアッ!!』
「っお──!?」
「ふむ、我ながら意外と似ていたな。はてさて、随分とビビってしまわれたようで」
「な……てめ」
露骨にビクついてしまっては、もはや言い逃れもできぬと観念したのか……バランは尻尾までシュンとしてしまう。
「うっく、てめえ本当にあの野郎を知ってるのかよ……」
「世は巡り会わせ──色々な縁をコツコツと紡いできた結果ってものさ」
「クソがよ……」
「本当は共通の友人の話題で花を咲かせようと思っていたんだがなるほど、バリス殿ならそれもむべなるかな」
粗暴にして野卑なあの性格で、"対等の友"になれる人間など一人くらいしかいなくても不思議はなかった。
「あの野郎は……同世代だったんだよ」
「おぉ、つまり同期! ってことは"白き流星の剣虎"バルゥ殿も知っているな?」
「バルゥのことも知ってるのか!? ってことはアイツ……そうか生きてたんだな──そんな二つ名まであるとは」
「……ひょっとすると、洗礼後の王国との遭遇戦でバルゥ殿の犠牲のおかげで生き残ったクチだったり?」
バルゥが相棒獣を失って王国に捕まり、奴隷剣闘士として売られるキッカケとなった戦い。
"絆の戦士"となったばかりで、圧倒的な不利であるにも関わらず王国軍相手に大打撃を与え、自らを犠牲に仲間を逃がしたという戦い。
「そうだ、アイツがいなかったらオレはあの時に死んでいた。そしてその後、民族へ戻ることもなく皇国でやらかして……かれこれ20年だ」
「相当な古参だったんだな、あんた」
バルゥやバリスに劣等感を抱いていただろうことも想像がつくし、実際的な強度も比較になるまい。
それでも騎獣民族の出として、数多くの獣人を統率するに至るまで──並々ならぬ苦労があったようにも思う。
「まぁいい、どちらにしろ手間が省けたことに変わりはない。これもまた縁ってもんだ」
「省けた、だあ?」
「共通の知人を持ち、バランの汚点を知り、バルゥ殿に助けてもらった恩義を間接的に俺に返すこともできる」
「舐めたクチを叩きやがって」
グルルと喉奥を唸らせるバランに、俺はキッパリと告げる。
「大人しく傘下につけ、でなきゃ戦争になる。魔族一党と闘り合って仮に勝てたとしても、勢力図がどう書き換わるかな?」
「……他のとこに食われる」
ゆっくりと小さく吐き出したバランのその言葉を肯定するように、俺はさらに案を出す。
「俺としては"決闘"をオススメする。バリス殿らを懐柔する時にも象族長を相手したし、こちとら魔族全員を相手した身だ。何人ほどぶっ飛ばせば示しがつく?」
「信じらんねぇ……テメェは一体何が目的なんだ、地下の王様でも気取りたいってのか?」
「情報漏洩を防ぐ為に、詳しくは獄内統一してから話す。今は黙って勝ち馬に乗れ、魔族と獣人が俺の下で同盟を組めば最大勢力だ」
「他に選択肢は無いんかよ」
「断じて無い。素直に協力するなら、若かりしバリス殿にイジめられていただろう件についても流布しないでおいてやる。面子に関わるだろう?」
「チッ……てめェもバリスとは違った意味でクソ野郎っぷりだな」
「くっははは、それで目的を達成できれば褒め言葉ってもんだよ」
俺はバッと大きく両手を広げて、何もかもを包み込むような様子を見せる。
「たしかにバリスの野郎に苦手意識があるのは否定しねえよ。けどなぁテメェはサルマネが上手くたってバリス本人じゃあねえ」
「なら戦い方も似せようか、模倣には慣れてるもんでね」
「やめろッ!」
「いやどちらかと言うとバルゥ殿の戦型のが似せやすいな。ワーム迷宮では短くなく肩を並べたし」
「このお調子者がァ、オレにだって立場ってもんがあんだ。はいそうですか退くわけにゃいかねえんだよ」
空気がわずかに緊張する──それは他ならぬバランが気を張り詰めたからに他ならず、俺は軽く受け流す。
「随分と乗り気になってくれたな、それじゃどうせ闘るなら派手にいこう。誰の目から見てもわかりやすいように、な」
「いーや、それには及ばねえ」
すると穴倉の奥から、羽翼が毟り取られたように切断されて痛々しい鳥人族の男が出てくる。
「生身とはいえ感覚は鋭敏だと自負していたんだが……気配を完全に殺しきっていてわからなかった、やるなお前」
「……」
「オレの腹心だ。20年もいるとな、そういうのも自然とできるってもんだ」
バランは穴倉の入口を塞ぐように立ち位置を変え、俺は二人に挟まれる形になる。
「二人掛かりか、まぁ俺は一向に構わんけど……ちょっとは狡いとか思わんのか」
「手段は選ばねえ、しばらく口が利けない程度に痛めつける。死んだら──それまでよぉッ!!」
正面のバランの左ハイキックと、背後からの鳥人の左鉤突き。完璧なタイミングで繰り出された連係攻撃を俺はすり抜ける。
「悪くない。散々っぱら魔族連中を相手にして肉体の方は馴染んだが、ズレた感覚の方を合わせるのに丁度いい」
そこからは武闘というよりは舞踏──俺は感覚のままに、あえて紙一重に躱し続けていく。
(映画やドラマの囚人モノで危機に陥りそうになった時──)
もしも物理的に力があったらどうなるかと考えてしまう。稀にそういう主人公もいるものだが、今の俺はまさにその状況に合致している。
"不可拘束"──縛られぬことなき最自由の身で力を振るう歓び、他者を蹂躙する歪んだ愉悦感をを俺は思うさま堪能する。
何度となく回避するにつれて、バランと鳥人族の表情はみるみる内に苦渋と焦燥に満ちていく。
やがてバランは肩で大きく息をし、鳥人族が先に膝をついたところで……俺は呼吸を整える必要すらなく、悠々とその場でステップしながらリズムを取る。
「持久力不足だ、まっこんな監獄じゃ仕方ないがな。こちとらつい先日まで現役ぞ」
こんな穴倉の奥で魔力強化もなしに、無呼吸で動き続けるのは単純に堪えるのだ。
「ッ……すみません頭」
「いい、そのまま休んでろ。あとはオレがやる」
「あいにくと俺はもう仕上がった──最後っ屁を見せてもらおうか」
ギリッと噛み締めたバランは地面を削りながら掬い上げ、土粒を巻き上げながら鋭き双爪手刀を放つ。
──と同時に、休んでいろと言われたはずの鳥人族も、捨て身の突進で迫り来るのだった。
「示し合わせて油断を誘ったのは結構だが……お生憎様」
俺はバランの手刀を避けながら懐に差し込み、竜巻もかくやという無拍子の一本背負いをかます。
そして回転するバランの体を利用して、背後からの鳥人族を迎撃しながらまとめて地面に叩き付けたのだった。
「──ッッ」
バランの肉体がクリティカルヒットした鳥人族は完全沈黙し、立ち上がった俺はバランの喉仏を踵で踏み付ける。
「従え」
有無を言わさぬ殺意でもって躾られたバランは、顔色を一気に青くして吠えることなくコクコクと頷くのであった。




