#300 獣人群団 I
明くる朝──俺は魔族一党が居を構える穴倉の最奥にて、集まった魔族達の前で筆頭のジンに最後の確認を取る。
「不服な者、逆らう者は?」
「もういない、全員が御大将に従う。昨日負わされた怪我も……まっほとんどの奴が問題ないくらいにはなってる」
基本的に手加減をしていたのもあったが、加えて魔族は総じて治癒能力が高いのも一役買っていた。
「よろしい。命令を復唱してくれ」
「御大将の合図があるまでは何があっても待機。ただし気を散らすことなく、その時が来れば"獣人群団"のみを蹂躙せよ」
「殺しは──」
「極力控える、勝負が決した相手への追撃はナシ」
「他勢力が乗じて攻めてきた場合は──」
「撤退と修復をはかり、徹底抗戦の構えで防衛に努める」
「俺がもう一度合図したら──」
「ただちに戦闘を停止する」
初日で魔族一党を傘下に置き、二日目にして獣人群団を相手取る。
あまり悠長にもしてられないので、機会として問題がないのならば何事も迅速に進めていく。
「今一度、末端にまで言い含めておいてくれ。命令には決して背くなとな」
「無論さ、命令系統の重要性は軍人として最初に身をもって教えられることだ。手綱はしっかりと握っておこう」
俺はジンの言葉に大きく強く頷いてから立ち上がり、十数人の面子の前で傲岸不遜に笑みを浮かべる。
「なに、今回の闘争が流れたとしても……どっちみち暴れる機会は必ず与える。だから充実させておけ」
◇
俺は穴倉の外で待っていたストールと合流し、獄北の獣人群団の縄張りへと連れ立って歩いていく。
「つつがないか?」
「多少は苦労しましたけどまっそこはオレっちも、いくつか作っておいた貸しを使った次第で。なんにせよ獣人群団とは渡りをつけときやした」
「遠からずお前の働きには報いるつもりだよ」
「期待しときますよ、一応。ところで旦那ぁ、なんで獣人群団が先なんですかい?」
「不服か?」
「異を唱えるわけじゃありませんがね……ただ獣人種は、人族や亜人種よりも交渉しにくいもんで」
「いざ抗争となった場合に、乱入を防ぐ意味でも近い方から攻めるのが基本だが、それ以上に──」
勢力圏を考えれば、西側から北の獣人か、南央のはぐれかのどちらかを経由していくのがセオリーである。
しかしそれは武力をもって制覇していく場合であり、人族と内応して挟撃するなり、はぐれ集団を取り込むといったやり方もある。
まず交渉を第一とするのならば、獣人種を最初に選んだ意図を図りかねているのだろう。
「魔族は強き者に憧れといった理性で従うのに対し、獣人は逆らうべきではないといった本能で従う傾向がある」
「あーーー……」
「恭順の姿勢だけ示して、腹では一物抱えるような人族と違ってわかりやすい」
「それ、オレっちにも言ってます?
「さてな」
「勘弁してくださいって」
「──なんにしてもこっちの戦力が拡充し、強大化すれば……人族は戦わずして降伏する公算が増える」
「追い詰められて亜人と組む可能性もありますけどねぇ」
「もっともだ。だから急激な勢力変化に対応されるまでに、最速で片を付けていくのさ。強さという一点で結束するこちらの方がより頑健だ。
それと勢力図が完全に二分された全面戦争になったらなったで、後顧の憂いを考えることなく持ち味を全力で活かせるというものさ」
ストールとそうこう話している内に、俺達は縄張りまで到着すると……立っていた獣人達に威嚇されるように睨まれる。
「よーよー、約束は聞いてますよね?」
ストールが臆した様子をおくびにも出さずにそう言うと、露骨に顔を歪めた獣人らはクイッと顎で「ついてこい」と示す。
(バルゥ殿と一緒に、騎獣民族を引き入れた時を思い出すなぁ……)
俺は獣の群れの中を進みながら、種々雑多な獣人らを眺めつつ"荒れ果てる黒熊"バリスと会った時のことが脳内に巡る。
種族差別問題はあるが、やはり異世界は個の力が強い。
だから地球史ともまた、成り立ちや文化も大いに違っている部分がある。
人族の次に多い獣人種は皇国や王国ではそのヒエラルキー下層でも、帝国では種族的に強い立ち位置を持っている。
(そしてそれは監獄でも同じ──っと)
「お頭、連れてきやした」
「ご苦労さん」
俺とストールはさながら引っ立てられてきたかのように、獣人種の頭である犬人族の男の前に立つ。
頭一つ分ほど俺よりも背が高く痩躯にも見えるが、獄中にいながら引き締まった筋肉に加え、濃い黒の犬耳と尻尾を生やしている。
「テメェがウワサの新入りか」
「どの程度耳に入ってるかは知らんが、俺の名前はグルシア。あんたは"バラン"さん、でいいんだよな?」
俺は名乗ると同時に、聞き及んでいた頭目の名を呼ぶ。
「そうだ、ウチのモンが世話になったんだって?」
「あぁはいはい、俺が収監されてすぐの時のアレね」
鬼人族とまとめてぶっ飛ばし、生身でも通じるか存分に試させてもらった。
「しかも下につけと言ったあげく、今はご大層なことにオレに話があるとか」
「その通り、獣人群団も俺の下について欲しい」
俺のそんな一言を契機に周囲から唸るような音が鳴り始める。バランの命令があれば、一斉に飛びかかってくる想像も難くない。
ストールの動悸が跳ね上がるのが半長耳に聞こえるが、それでも取り乱さず俺を信じて平静を装っているようであった。
「この場でそんなふざけたことを言える度胸は買ってやるぜ?」
「そりゃぁね、増長もするというものさ。なにせ既に魔族一党を全員"決闘"でぶちのめし、傘下に置いているもんでね」
「嘘を吐くにしても、もうちょい選ぶもんじゃねえか?」
「真実ってのは時として信じがたいモノもある。ただ"警告"はしとくぞ、俺の合図があればすぐにでも魔族と獣人の全面戦争になる」
バランの目が細まると同時に、唸りが幾許かナリを潜め……ザワザワとした喧騒が入り混じる。
「もっとも俺としてはだ、穏便に済ます為にこの場の会合へと臨んだわけで。なんだったら"決闘"で全員を打ち負かしても良かったっちゃ良かった。
俺も人生の中で獣人種とは関わる機会も多く、単純に好きだからさ。今も犬人族の女性を一人、なんとか口説き陥とそうと頑張っている最中だ」
「聞いてねえよ。どのみち獄中にいちゃ、もう二度と会えんだろ」
「そうでもないさ」
「あ?」
俺の不可解な一言に疑問符を呈したバランを無視し、俺は話を続ける。
「帝国はいいよな、あれこそ好例だ。獣人も魔族も亜人も人族も……一つの国として成り立っている」
「それがどうしたってんだ、オレたちには関係ねえ」
「種族がなんだ? 俺は人とエルフの子だがな。結局元を正せば皆が皆、神族から進化していっただけで同じ種族だ」
俺はこの場にいる全員に訴えかけるように言い切った。
魔力の"暴走"や"枯渇"といった歴史の中で、生き抜いていく為に遺伝的形質を求め、取得したに過ぎない。
「だから俺たちも分かり合える。実際に"騎獣民族"とだって手を取り合えたんだ」
「……今、なんだって?」
「俺は地上で領主をやっていてな、まつろわぬ民である騎獣民族も同志として迎え入れたんだよ」
聞く者が聞けば語弊が生まれる言い回しであるが、嘘を言っているわけではない。
「騎獣民族が……だって?」
「何年収監されているか知らんがバランさん、あんたも騎獣の民の出身だと聞いたぞ。なら"荒れ果てる黒熊"バリスを知ってないか?」
「っおいテメェ──ちょっと穴倉で顔ぁ貸せ!」
「ん? まぁそれは一向に構わんが……」
「てめえらはそのまま待ってろ! 先走んじゃあねえぞ!!」
そうして俺は大した警戒もなく、穴倉の奥へと入っていくのだった。




