#299 群雄割拠
(北・獣人群団──東・人族陣営──南・亜人派閥──中央・はぐれ集団──)
俺は半長耳を澄ましながら、獄内を一周したところで元いた場所へと戻る。
"寝袋"と"壷の入った皮袋"はちゃんと置いたままであった……が、寝袋の方は明らかに汚れてしまっていた。
(……交換されたか、まぁいい)
新品の寝袋を放置していったのは俺であるし、盗まれたとしても承知の上であった。
どのみち魔族一党を傘下に入れた以上はいくらでも徴収できるので、俺は壷の入った皮袋だけを気にせず拾い上げる。
「んんっ──」
俺は改めて高台を見つめ、そのまま目線を上に天井の"搬出入口"まで目を凝らす。
基本的に搬出入口が開くのは、日にたった一度だけ──食料供給と、排泄物の回収である。
鐘が鳴らされると囚人達は排泄した壷と、また寝袋に詰めた獄中死体があればそれぞれ置きに行く。
その後、高台から全員がしっかりと離れたところで初めて昇降装置が降りてくる。
排泄壷と洗浄済みの壷の交換および死体も回収されたところで、次は連絡事項が刑務兵から発せられる。
そこまでを終えてから、ようやく食料の供給が始まるのだと収監される前に説明された。
多くは焼いただけの魔物の肉を地面へと落としていくだけらしく、集団に属していないならば余り物にしかありつけない。
水分は獄内各所に作られた水場があり、滲みだした自然の濾過水が貯留される仕組み。
(はっきり言って、環境は悪いことは悪いが……)
管理側からすれば、ほとんどを放置しているような状況。あくまで結界維持の為に最低限生かしておく程度のもの。
当然そうなれば病気などが蔓延する危険もあり、あらゆる予防や抑止として獄内に"秩序"が存在するのも自然な成り行きなのも頷ける。
それでも世界にはもっと悲惨な環境はいくらでもある。秩序があり、魔物などにも襲われる心配もないのはマシな部類だろうとも。
(例外的に搬出入口が開くのは──囚人の行き来のみか)
新たに収監される受刑者を地下へと落とす時、そして刑期を終えた受刑者が地上へ戻る時である。
いずれにせよ搬出入口が開く際には人員が投入されている。脱獄でも試みようものなら、魔術による一方的な洗礼が待つことになる。
「よぉうグルシアの旦那ぁ」
色々と思索を巡らせようと思った矢先に、"煽動屋"ストールが俺の姿を見つけて近付いてくる。
「仕事はずいぶんと早く終わったようだな、ストール」
「そらもう、バッチシよ! な~んて言いたいけど、大方はもう色々と広まり始めててなぁ。甲斐はなかったぜ」
「──の、ようだな。俺も聞き耳を立てていたから、ある程度は知っている」
「さっすが抜け目のないこって。とりあえず方向性は少し修正しといたけど、既に事態が大きく動き出したことは知られてる感じだね。明日にはかなりの詳細が知られてると思うぜ」
「抗争……いや、戦争になるか?」
「さぁてさてさて、それはどうだかねぇ……? 案外すぐには起こらないんじゃないかと、オレっちは見てる」
「俺の得体が知れない上に、戦力的にも頂点に立ったからか?」
「いやぁ、言っちゃ難だけどさ。総戦力的にはどうしたって上がいるぜ?」
ドカッとあぐらをかいて座るストールに付き合うように、俺も腰を据えて話を聞くことにする。
「獣人か?」
「そうさねぇ、確かに獣人は勢力としちゃ最も幅を利かせてやがる。しかもなんと、お頭はあの"騎獣民族"出身って話だし」
「へぇ……」
俺は気になる文言があったものの、とりあえずは本題から逸れぬよう聞き流す。
「でも違うんだよなー」
「獣人でないなら人族か、数も一番多いんだろう?」
「うん、まー人族も強いことは強いよ? 特に首領が"自由騎士団"の奴らに代わってからは、やたら集団戦術に長けてるしね」
俺はもう一度ほど聞き流しつつ、消去法で残った派閥を挙げる。
「ということは"亜人派閥"か」
「だねぇ、少なくともここの古株の見解はほぼ一致してると言っていい。本気の戦争となれば亜人連中だってね」
「ふむ、それでなぜ獄内を統一しない?」
「そりゃあもう亜人派閥の"長老"が穏健派だからさ。種族差と偏見は埋められないって知ってるらしい。そんで……べらぼうに強い」
俺は手を顎に添えつつ考える、それは個人的に是非とも戦ってみたくもある……と。
「旦那は"モンド流・魔剣術"って知ってるかい?」
「──あぁ、少しばかり縁はある」
他ならぬ王国は円卓の魔術士第二席、"筆頭魔剣士"テオドールが使っていた流派だった。
彼に師事していた以上は、門弟集団もほぼほぼ同じ流派であったろう。俺の命が窮まった苦い思い出である。
「ほーん、その長老ってのが"モンド"本人なのさ」
「本人? それは……なるほど、亜人。長命種なわけか」
魔力そのものを力場として、剣や肉体に纏うことで攻防に利用する技術であり、大きくは無属魔術とも呼ばれる一種である。
"永劫魔剣"を扱った三代神王ディアマの戦型でもあり、モンド流魔剣術はそうしたいくつもある流派の内の一つで、その開祖というわけらしい。
「あぁ会ったことはないけど、旦那と同じエルフ種っぽいね」
「で、長老の年齢は?」
「わからんね。でもこの大監獄で最高齢ってもっぱらの噂だ」
魔剣術は魔力が奪われるこの監獄内では直接の役に立つまいが、それでも積み上げた剣術の技量によって支えられているのだろう。
創世神話より生きる五英傑こと"竜越貴人"アイトエルこそ、武芸万般を豪語する最強の実例であり、腐ることなく鍛錬し続けた技術とは脅威そのもの。
「とにかく亜人派閥は長老の決定が絶対、ってくらい慕われてるらしい。まっ滅多に口を出してくることもないらしいが」
「つまり長老を懐柔してしまえば、どうにかなるか?」
「断言はできんけどね、多分できると思んますよ」
「よし、ついでに聞いておきたいんだが……モンド流の剣術を他の亜人にも教えているか?」
「獄内でも名だたる連中はほとんど習ってるらしいぜ」
「……そうか、亜人派閥が強い理由がよくわかったよ」
大元であるモンド本人が教える、魔剣術の系譜ともなればそれはもう警戒して然るべき相手である。
インメル領会戦から対集団戦に関しても鍛錬と経験を重ねたし、また魔力がない状況ではかなり勝手も違ってくるだろうが……。
(まっこれはこれで──)
俺は不確定要素に内心、不穏さを覚えるものの……同時に愉悦を抑えきれない。
異世界へ転生して来て、俺も大いに変わってしまったのだ──戦争狂の戦帝ほどではないにせよ、俺も立派な戦闘狂であることに。
「そしたら旦那ぁ、いつ攻める? どこから攻める? どうやって攻める?」
「自分では戦わないからって、調子がいい奴だな」
「つってもオリャぁだって、旦那たちが負ければ割ぃ食うんだぜぃ?」
「お前だけなら、追い詰められたとしても口先でどうにでも逃れられそうだが」
「違ぇねェ」
「そこは否定せんのかい」
「っっはははは! 世の中は利用し利用されるもんさ。ってことで、他になんか聞きたいことはあるかい?」
俺は露骨に呆れた表情を見せるも、平然と笑うストールの気質──これもある種の美徳なのかも知れない。
「聞きたいというか、調べて欲しい人物はいる」
俺はそう言うと地面に名前を書いて羅列させていった。
「おぉ……? ほうほう──」
それは後に財団における人的資源として、潜入時に調べた資料からピックアップしておいた者達。
頭脳や技術を持ちながらも、異端あるいは単純に不幸が重なって収監されてしまった……そんな人物群。
獄内統一後には改めて交渉して、脱獄の際には優先的に救うだけの価値ある囚人達である。
「もしも接触できるなら、近く交渉の席を設けることも伝えておいてくれ。小心者でも心の準備ができるようにな」
「あいよっ了解! ところでいくつかは知った名があるけんど、なんだってまたこんな"はぐれ"連中を?」
「お前と同じだよストール。今言えるのは、いずれ俺の役に立ってくれるだろうってことだけだ」




