#298 竜教団
騒然とする囚人達と錯綜する噂に紛れるように──俺は自身の備える空気を最大限に希釈する。
(南西・魔族一党──)
俺は鬱蒼とした群衆の波をすり抜けながら、高台を中心に時計周りで順繰り廻っていく。
囚人らの会話に耳をそばだてながら情報を集め、視線を流して軽く見定めながら歩き続ける。
(西・竜教団──)
さしあたって最初の目的にすぐ到着し、俺は躊躇なく縄張りへと足を踏み入れる。
すると俺よりも一回りほど大きい、肌に鱗が見える爬人族の男が行く手を塞いだのだった。
「汝、信ずるものはあるか」
やや聞き取りにくい声でそう問うてきた男に、俺はあっさりとした口調で答える。
「そりゃぁもう……"白"、かな」
決して嘘ではない、ある意味では心から信奉していると言って過言ではなかった。
最初に出会ったのは"黄"であり、死闘を超えた末のやり取りは印象深い。
俺が扱う空属魔術を考えれば、風の使い方を参考にさせてもらった"緑"を推してもいいだろう。
出会いこそ不穏だったが、終わってみれば"赤"もなかなか話せたし、合理的な考え方や気質が最も似ていると感じられた。
そして単純にして圧倒的な強度を誇り、魔竜とも呼ばれた"黒"にも《そそ》られるものはあった。
(だけど俺にとって……)
短い時間だったけれど──やはり白竜イシュトへの想いが、どうしたって強いと言わざるを得なかった。
「そうか……では、他の色の者をどう思うか」
「はて? 意図がわかりかねます」
「我々は色で分かれど、執着することを良しとしない。等しく竜を崇め奉る者たちであると」
(ふむ……獄内で内輪揉めを回避する為の規律かな)
竜教団は教義や思想の基本骨子は同じなれど、色ごとにそれぞれのスタンスは異なっている。
当然ながら七色だけでなく頂竜や、竜という種族それ自体を信仰する教徒も存在する。
しかし獄中においてそういった内部争いをしていては、外圧によって喰い荒らされかねない。
ゆえにこそ竜そのものを信奉する点で一致させ、団結するというのは自然な流れなのだろう。
「他の色の信仰を否定はしません。なんなら"紫"と"青"以外は好むところですし、その二色もあまり知らないというだけで──」
「ならばよろしい。我々は汝を快く迎え入れよう。同じ頂竜から産まれし色同士、争うなど愚かなことだ」
(へぇ、"分化"のことも知っているのか……まぁ赤竜から伝わっているという可能性もあるか)
七色竜──正確には元々12色いたそうだが、神族との戦争で減じてしまっていた。
いずれも頂竜の分け身という形で誕生し、"人化の秘法"によって現代まで残っている兄弟姉妹のような、不思議な存在であり関係性。
(それも既に四色竜なわけだが)
紫竜はサルヴァによって看取られ、白竜と黒竜は"大地の愛娘"ルルーテの手によって安らかに眠った。
あるいは灰竜アッシュが、今の5色にしてかつての8色にして、過去の13色目となりうる存在かも知れないが。
「お気持ちはありがたいですが、俺は竜教団に加わりに来たわけではないです」
「……ならば何用か」
「竜の加護についてお聞きしたいと思いまして」
爬人族のギョロリとした瞳がこちらへと向く。
「よろしければ最も詳しい方お話できれば……教祖様とかですかね?」
「貴公は信仰こそあれ、竜教団についてはあまり詳しくないようだな」
「えぇまぁ、そうです。白竜への信奉は個人的なものなので」
俺が唯一ツ──宗教として信仰し、同時に推進していくのは"自由な魔導科学"だけである。
「竜教団にはいわゆる教祖はいない、竜こそが頂点なのだ。我らの立場は皆同じ──」
「あ~~~聞いた事はあります。でもまとめ役はいますよね?」
「"導き手"は存在する」
「ではその導き手の方に、詳しい話をお聞きしたい」
「ワタシがそうだ」
数拍置いてから、俺はパチンッと指を鳴らした。
「なんと! なぜ自らが門番のような真似を?」
「見極めるのもワタシの役目だからだ」
「それは手間が省けて助かりますね、俺の名はグルシアと言います」
「"ライマー"だ」
俺が一礼をすると、ライマーと名乗った爬人族の導き手は──右手で胸元に×の字を切って一礼を返す。
「もしかしてライマー殿の信仰は"赤"色ですか?」
「その通りだ、よくわかったな」
「そりゃぁもう……今のは帝国"竜騎士"が行う礼式ですから」
竜騎士見習いだったエルンストもやっていた──"竜と人の交差"を意味する礼式。
落ち着き払ったライマーの佇まいも、朴訥と軍人然としているのにも納得がいった。
「しかし竜騎士の身柄であれば、帝国から正式に身代金が出るのでは?」
「貴公……軍事はなかなかに詳しいようだな」
「一応は、帝国の出なので」
「ワタシは秘匿任務中に火竜を喪い捕まった身だ。大監獄へ入ってしまえば、身柄交渉など通じん」
「……そうでしたか」
それ以上軽々に踏み込んで尋ねるのは、大いに躊躇われるところであった。
竜騎士にとっての火竜は、騎獣民族の"絆の戦士"における相棒獣ほどでなくとも……強い結び付きがあると聞いている。
「話が逸れた。──して、聞きたいのは"加護"のことだったな」
「えぇはい。過去に加護を得た人間が、どのように力を扱ったかを聞ければと……」
「伝承によれば"青い髪の魔王"や、"雷鳴の勇者"がそうらしい」
「なるほど……それは実に興味深いですね」
「あと赤竜さまも過去に一度だけ、ヒトに与えたことがあるというのが竜騎士の間でも語られる。その真偽を問える者はいないが」
「ふむふむ、その加護の力って人の姿のまま扱えたんですかね?」
俺の真剣味を帯びた質問に、ライマーは要領を得ない様子でわずかに首をかしげる。
サルヴァ・イオは定向進化によって自らを竜に近付けることで、紫竜の加護に付随した力を扱えるようになった。
だがもしも人の姿のままでも使えるというのであれば、俺にも可能性があるということだ。
「たとえば飛竜は赤竜の加護をもって"火竜"と相成りて──熱への耐性を獲得し、炎の吐息を吐けるようになるじゃないですか」
「……貴公ほどの知見がありながら、竜教徒ではないというのが信じられぬ」
「まぁ少しだけ物知りなだけです。それでですね、同じ竜であれば加護の恩恵を容易に受けられるが……種が違うと扱うのは難しいとも聞いたのです」
「さしあたって雷鳴の勇者は竜人族と伝え聞いているが、"青い髪の魔王"は人の姿であったとされる」
「おぉ!! それはそれは良いことを聞きました」
英傑にしても魔王にしても昔話で知っている程度で、突っ込んで調べたことはない。
これを機に、今少し情報を集めるべき価値も出てくるというものだった。
(もう一度、赤竜と会うことがあれば尋ねてみるか。加護を与えたらしい人物のことを……)
俺は竜騎士のような立場はないので、気兼ねなく質問することができる。
ただし……そもそも謁見を許してくれたならばの話であるが。
「では俺からも一つ、竜についてとある秘密の情報をお教えしましょう」
「聞くだけ、聞こう」
「実は混じりっけなしの灰竜が目撃されているそうです。風の噂によれば、白竜と黒竜の仔であると」
「なに……?」
「もしも真実ならば、七色から"八色竜"となるでしょう。既に地上では灰竜教徒も、ちらほら確認されているとか」
そうして俺は真偽を綯い交ぜに、新たな信仰の"種"を植え付けておく。
それが実際に芽吹くかはともかくとして、あるいは未来で役に立つこともあろうかと。
「それではまた、後々に話をしに来るかも知れませんが……ひとまずは失礼させていただきます」
「んっ、ああ……」
眉をひそめて考えている様子のライマーに、俺はおまけで問い掛ける。
「っと、そうそう最後にもう一つだけ聞いておきたい」
「──なにか」
「もしも帝国へ帰れたなら、また竜騎士に戻りたいですか?」
「さてどうだろうな……この身が許され必要とされるならば、といったところか」
俺はフッと笑って背を向けつつ、去り際に一言だけ残していく。
「なぁに、赤竜なら小言一つで許してくれるんじゃないですか」
なんのかんのヒト思いで身内思いな、かの竜の気質を考えれば……さもあらん。
そうして俺は訝しんだライマーが言を返すよりも早く、彼の目の前から消え失せるのだった。




