#297 魔族一党 II
──俺は乗っ取った魔族一党の穴倉で、ぼちぼちと考えるのをヤメにする。
(うん、後回しだな)
"女王屍"が保有していた遺伝子工学テクノロジーと、その継承者の存在──
あるいは別途に研究・開発したまったく別の誰か──
どちらにしても今この場で考えても、詮無いし無駄な時間の浪費であると結論付ける。
「ようグルシアの旦那、いや……ボス? 大将? 頭? 主? 長? なんて呼べば具合がいっかね?」
俺は掘り削られた土椅子に座ったまま、"煽動屋"ストールを出迎える形になる。
「好きに呼んで構わんさ、ストール──お前の都合の良いようにな」
「へへっそうかい、そいじゃオレっちは旦那のままいかせてもらうぜ」
ストールは周囲に倒れている魔族を見回した後、地べたに座り込んで向かい合う。
「それにしても、こんな穴倉の奥まで直通できるなんて恐れいったよ旦那。スゴイ……なぁんて言葉すら生ぬるいかね、ぶっ飛び過ぎだぁね」
「有ること無いこと吹き込むのは終わったのか、ストール?」
「失敬な、この有様に比べたらオレの吹聴なんてかわいいもんだったよ」
にへらを笑うストールに対し、俺はトントンッとつま先で地面を二度叩いてから尋ねる。
「絶好の機会だろうに、案外攻めてこないんだな? 多種族派閥の連中は」
「そりゃもうオレっちが軽く不安を煽り回っといたかんな。そうでなくても、こんな異常事態にすぐ攻め込んでくるほど、他の陣営も浅はかじゃぁねえのさ」
「なるほどなストール、とりあえずお前の身の振り方も決まったと見える」
「まったくだぜ? "決闘"をすすめたのはオレっちだけども、まさか初日いきなりとは思わなかっ──」
「っ……ぉお──?」
ストールと話していると、すぐ近くで昏倒していたキマイラ男──"ジン"が目を覚まして呻き声を上げる。
「最後にぶちのめした割に、復活が一番早いな」
恐らくは左腕に移植されているトロル細胞が影響しているのかも知れない。
"女王屍"の耐久力は言うに及ばず、サルヴァの人体実験に志願した"兇人"ロスタンの再生能力も飛躍的な向上を見せていた。
「あぁッくそ……どうやってぶっ倒されたのかも覚えてねえとは」
「ジン、俺に従うか? 理解するまで、もう何度か決闘っても構わんが」
「……いや、結構だ。敗北の味を何度も噛み締めさせられるほど、惨めなことはないもんで」
立ち上がったジンは壁にもたれかかるようにしてズズズッ立ち上がり、倒れている仲間達を静かに見つめる。
「なぁ……負けた以上従うのは構わないんだが、一つだけ教えてもらっていいか?」
「答えられることなら」
「なんでそんなに強い?」
素朴で率直な疑問を呈され、ストールも「あっオレも知りたい」と言った風な視線を向けてきていた。
俺はそんな問い掛けに一拍ほど置いてから答える。
「理由は、ない。強い奴は強いってのが真理だと、最近は思っている」
「はぁ……い?」
天賦の才能がある、弛まぬ努力を重ねる、死線を踏み越え経験を踏む、砕けぬ意志がある──いくらでも理由は並べ立てられる。
俺は直近まで地上にいたから、魔力強化ありきで鍛えられた筋力が衰えずにいた、というのもこの際は一因とも言えよう。
しかし"五英傑"や"七色竜"のことを思えばこそ、そういった要素は瑣末なものなのだと感じてしまうのだった。
絶対の強者とは生まれながらにしてそういう存在を宿命付けられていて、そこに理屈など存在しないのだと。
「ただまぁ強いて言えば、俺の目的は縄張り争いなんて陳腐なモノじゃないってことだ」
「それじゃあ、なんだってんだよ?」
「今は言えない──が、協力はしてもらう」
有無を言わさぬ威圧をもって、ジンは両手を挙げて観念したジェスチャーを取った。
「わかったよ、今後おれたちの大将はあんただ。ここまでされちゃあ、おれらん中でも異論を挟む奴もいないだろう」
「必要以上の手間を省いてくれて助かる。ジンはこのまま、他の連中を起きた端から締めておいてくれ」
「それは任せてくれ。ところでそっちのヒト野郎は……?」
「どーもジンさん、"煽動屋"をやっているストールです。顔を突き合わせるのは初めてっすね」
ストールは軽い調子で挨拶をし、ジンはやや冷ややかな視線を注ぎ続ける。
「おまえが何度か魔族一党の……いや、元魔族一党に何度もいろんな話を持ちかけてきたっていう」
「そうですそうです。以後お見知りおきを」
「ストールは俺の耳と声になる男だ、人族でも丁重な待遇を用意してもらう」
「……了解」
「さっきからジンは物分かりが大分いいな」
「これでも魔領で軍人やってたんだ、上下関係ってのはよくよく知ってる。御大将がそう命じるなら、文句などないさ」
「遠からず、他の種族も増える。その調子で頼むぞ」
「ほんっと言動も行動もトンデモねえわ。でもしょうがない、付き合わさせてもらうよ」
ニィッと俺は笑って返してから、ストールへと突っ込んだことを尋ねる。
「早速だがストール、他の集団は暴力以外で従うか?」
「他の一派は暴力だけでなく色々と交渉の余地があると思いまっせ、好戦的な魔族一党と違って」
「一言多いな、おまえ」
「へへっ性分なもんで、慣れてくださいよジンさん」
「まったく……減らず口屋が」
「魔族は強者に矜持をもって敬意を払い、治癒能力も高い傾向にあるからいいんだが……正直なところあまり怪我人を増やしたくはない」
「本気なら武力だけで制圧できるって聞こえますね、旦那ぁ」
「おいおい、そりゃできるだろ。御大将は魔族一党を小細工なしでぶちのめしてんだぞ」
ストールの懐疑的な言葉に、ジンが実体験を踏まえた上で物申した。
「いやぁそうは言っても数が違いますし、相性ってもんがあるのが闘争でしょ。ねぇグルシアの旦那?」
「ストールお前……もっともらしいことを言うな? 本当は実力を隠して、弱き者を装っているんじゃないだろうな」
「滅相もない、オレっちは筋金入りの弱者ですぜ。魔力があろうが魔術も大して使えない……だからこそ、この眼と耳と口が達者なんっすよ」
それはすなわち"煽動屋"の相手を視る能力が、いかに洗練されているかの証左と言えよう。
「頼りにしておく。ストールの言う通り、確かに俺の戦型は大味な魔族には噛み合った」
どんな攻撃も当たらなければどうということはない。フィジカル任せの強度は、俺にとって格好の餌食となる。
耐久力だけは覆しにくい要素であるが、人型であれば狙い打つべき"急所"はいくらでもあった。
「速度に特化した獣人種や、技術を練磨し続けた亜人種、戦術・連係に長けた人族を相手にしようとも別に苦にするわけでもないがな──
ただやはり数が多くなると色々と手間が増えて面倒だし、それだけ不確定要素も増える。可能なら交渉で済ませたい、その為の魔族一党だ」
「あーーーつまり対外戦力を見せることで、対等な交渉の場を持たせようってわけと。簡単にはいかんでしょうが」
「一番楽で手っ取り早いのは、集団を率いる者と"決闘"して奪うことなんだがな」
「そいつはさすがに難しっかなぁ。あくまで集団をまとめあげているだけで、たった一人の一存で進退すべてを賭けるような奴には下もついていかんので」
「仮に"決闘"で勝ったとしても……新たに統率者が立てられる、か」
「そんなとこかと──そもそも簡単に面通す機会なんてありえない話なんで、ねぇジンさん?」
「……そりゃノコノコと出向いてくる奴はそうはいないが」
ジンの言葉にうんうんと頷いた俺が腰を上げると、ストールが座ったままこちらを見上げる。
「……? 旦那ぁ、どこか行く気ですかい?」
「自分の眼でも見ないことには始まらないからな、少しばかり散歩してくる」
「散歩、ねえ……」
俺はジンから冷ややかな視線を向けられるが、気にせず歩きだす。
さすがに磨り減らしたので、喧嘩を売られれば迎撃こそすれ……自分から吹っかけるつもりはなかった。
「なんなら案内がてら、ついていきましょか?」
「いや結構だ。ストールは風聞を流して獄内をやんわりと煽っておいてくれ」
「はいよぉ! まっかせときな」
勢いよく立ち上がったストールを背に、俺は足早にペースを上げる。
(まっ色々と気になるところだが──)
早々と接触してみたいと思わせたのは……一つだけあった。収監される前から、少しだけ気になっていた連中。
(はたして実りがあるかね、"竜教団")




