#296 魔族一党 I
地下孔はそれなりに広いとは言っても、やはり人口密度で見ればかなり高い。
また目撃者も多く刺激も少ない監獄内では、小一時間もすれば新入りの噂は瞬く間に風聞となるものだった。
ただ今のところストール以外には俺に対して接触してくる者もおらず、獄内を眺めるに……ストール本人が話題の中心となっている模様が聞こえてくる。
(名折れ、じゃなさそうだ)
まさしく囚人達を煽っていて、"煽動屋"に相応しい振る舞いとも言えよう。
「それにしても"決闘"──か」
俺は獄中でも通用するらしい、そのたった一つの絶対法規を口にした。
それは幼少期のカルト教団でもよくよく学んだ事柄の一つ。
炎と武を司る"三代神王ディアマ"──彼女を信奉する神王教ディアマ派には、他にない特徴的な裁判方法がある。
(……"決闘裁判")
"真に正しき者は勝利へと導かれる"──揉め事があれば闘争にて決着をつけるという、実に乱暴なやり方。
それが武力の象徴たるディアマらしさと言えばらしさであり、現在でも連綿と継承されている教義の一つ。
地球史においても特定の時代・文化圏では存在していたもので、人間の考えることはいつでもどこあっても変わらない部分が少なくないのだろう。
(普通は国家法が優先されるし、細かい取り決めや守るべき作法もそれぞれあるわけだが)
少なくとも大監獄では関係ない。魔力なしでシンプルに戦って、勝った者が正義を体現することになる。
「──なら、最初に制するべきは一択か」
俺はゆらりと立ち上がって、大きく伸びをしてから全身をゴキゴキと鳴らす。
のんびりしている時間はなく、"その時"が来るまでにやっておくべきことは、しっかりと終わらせておかねばならない。
向かう先は南西──最も凶暴とされる"魔族一党"──へと、俺は足取りを軽く歩き出すのだった。
◇
「そこまでだ、止まれ長耳……いや半長耳か」
「これはまた随分と根付いちゃっているようだな。魔族は皇国じゃあ忌み嫌われて排斥されるから、監獄はむしろ過ごしやすい部類なのか?」
俺が言い放った挑発に対して、数人の魔族が立ち上がって不用意に近付いてくる。
異形化した肉体──瞳や角や尻尾など──それぞれが違う身体的特徴を持っていて、奥にはさらに2メートルを軽く越える巨漢までいた。
「いきなり暴れたんだってなあ、新入り。そんで調子に乗ってココへ来るとはいい度胸だ」
「そいつはどうも。ところで話が通じるついでに、あんたらの中で一番強い奴と"決闘"したいんだが」
「おいおい寝言か? 誰に聞いたかは知らんが、昼夜感覚は大事にしとけよ」
「あいにくと"予備階"でたっぷりと休息したから体調は万全だ。魔族なら、一番強い奴がこの集団を仕切っているんだろう? 俺が成り代わろう」
「威勢は買うが……いきなりボスとやれるわきゃねえだろうが」
「ふゥ……──」
俺はゆったりと息吹をした。魔術が使えないので"風皮膜"を纏えはしないが、一連のルーティンとして集中状態へと突入する。
「そうか、それじゃあ一人ずつ決闘してもらおうかな。負けたら俺の軍門に下れ、それで全員まとめて俺の傘下だ」
「ナニをバカなこと──っお!? ガぁ……」
俺の有無を言わさぬ足払いから、肘の打ち下ろしで地面へと叩き付けたことで闘争の火蓋が切られる。
「多勢に無勢で一向に構わん。対集団戦で遅れを取るつもりは……もうないからな」
無法の獄中において、さらなる無法に振る舞う俺へと、血気を漲らせて飛び掛かってくる魔族らを的確に迎撃していく。
膝を狙撃して右拳を顔面に叩き込み、背後から掴もうとしてきた腕を取って一本背負う。
別の懐へと差し込んで鉄山靠をお見舞いし、離れて様子を見ていた相手の間合いの外から鋭く蹴り上げる。
"天眼"の全開領域には程遠いが、五感で周囲を捉えて空気を視る。
因果を受け入れ、呑み込む──あらゆる流れを掌握し、支配下に置いた白兵戦。
未来を予知するかのように先読みし、最適の俺へと現実の俺を重ね合わせ続ける。
むしろ魔力がないゆえに魔術が飛んでくるのを警戒する必要がなく、飛び道具も精々が投石という限られた状況では、いささか温いと言っていいくらいであった。
「ぬぅぅぅがぁああああっっ!!」
「無駄、無駄ァ──」
巨漢の両手振りかぶりチョップを躱しながら、逆に土台として跳躍しつつ、リズミカルに空中から何度も頭蓋を蹴り抜く。
相手にも魔力を使えないというハンデがある以上、生半な強度で俺を止められる者など存在しない。
あまりの一方的な展開に、残った魔族連中が二の足を踏んだところで関係ない。
それならそれで俺の方から突っ込んで、虚を突く形で楽に制圧していく。
そしてあらかた片付いたところで、ついには魔族連中が根城にしている穴倉の中にまで踏み入り、同じように理由を付けて荒らし回っていくのだった。
◇
「はァ~……──さすがに無尽蔵の体力ってわけにはいかんが、やはり馴染ませるには闘争に限る」
一心地ついた俺は、歩を緩めながら最奥へと到達していた。
「えっ、いや、なに、コレ、どういうこと!?」
「あんたがボスだな」
「そうだけど、おまえはなんなんだよ!!」
俺の背後には"瀕死屍累々"の魔族が転がっていて、魔族派閥のボスもまったくもって困惑しかないようだった。
「片っ端から"決闘"してきた」
「頭おかしいのか!?」
「問答は要らん、魔族なら強い者に従え」
俺はやや左半身に両手を広げるような形で構え、闘気を隠すことなく露に……傲慢に笑った。
するとやはり血気盛んな魔族にして剛の者たるボスも、俺につられるように口角を上げた。
「魔族が誰でも、そう単純だと思うなよ」
「そりゃもちろん知っているさ」
学園でも魔族は少なくなく在籍していたので、種族的な偏見を持ってはいない。
ただ魔力の暴走から成った種族の所為か、情緒不安定になりがちな部分が全体の傾向としてあるというだけ。
ナイアブのように感受性豊かに芸術分野で抜きん出る者もいれば、レドのように確固たる自我で次期魔王を自称する者もいる。
「まったくとんでもねえ奴だ──やり方も狂ってるし、実行してきたなんてもっと狂ってて信じらんねえ」
「御託はいいから、さっさと来い。名前くらいは聞いてやる」
「……"ジン"だ、こっちが名乗ったんだからおまえの名前も教えろよ」
「意外と丁寧な奴だな。俺は本日付けで囚人の仲間入りしたグルシアだ。そしてあんたには忘れられない名になるだろう、ジン」
「新入りかよ。あまりに調子に乗りすぎだ……が、ここまでやらかした以上は認めるしかねえな」
壁際で追い詰められている状況で、ジンという名の男の左腕が肥大化していく。
「へぇ……魔力もなしに"部分変異"させられるのか」
「あぁあぁ、おかしな奴に"体を弄られた"もんでなァ!!」
自身の体躯並に巨大化した青白い巨大左腕が、俺の眼前へと迫り来る──
(体を弄られた……?)
俺は攻撃を躱しながら、猛烈な既視感に襲われた──この巨大な左腕には覚えがある。
かつて寄生虫とトロルを自らを被検体に合成した、あのキマイラ女──"女王屍"のことが脳裏にはっきりと……。
「ぶっ……ごほぁっ」
考え事をしつつも、俺は空中で軽やかに捻転しながらジンの顔面にあびせ蹴りをぶち込んでいた。
「なぁジン、あんたその腕はどこで改造された?」
「ッうぐ……おまえ、問答や御託はいらねえつっといて──」
「話すだけの価値があるなら別だ」
トロル左腕を持つキマイラ男──鼻血を流すジンに、俺はスッパリと言い切った。
「知るかよ、気付いたらこんなナリで放り出されてた。そんで上手く扱えず、魔族が皇国の街中で暴れちまってこのザマだ」
「そいつはご愁傷様だ」
「まともに動かせるまでに3年も掛かって、ようやくココでも上に立てたってのに……おまえの所為で無茶苦茶だよ」
男の言葉に違和感を覚えた俺は、瞳を鋭く聞き返す。
「……今、三年と言ったか?」
「は? あぁ、そうだが──」
「確かか? 本当に間違いないのか」
「いくら日の光もない監獄にいたってな、おまえみたいな新入りが定期的に来るし、今がいつかくらい間違うわけないっつの」
(時系列が……合わない)
"女王屍"は死んだ──この手で跡形もなく殺したのは間違いない。
時期的に逆算すれば5年近く経っている……であれば、よりにもよってこいつにトロルをキマイラ合成したのは一体誰だというのか。
(まさか研究を受け継いだ奴がいるってのか──?)
女王屍は死んだ。が、その研究成果を接収する為に、学園の遠征戦の後から行動範囲を調べ、研究実験施設を探索してもらってはいた。
しかしついぞ見つかってはいない。恐らくはそれを誰かが見つけて、しかも実際にキマイラとして造り出すだけの人物がいるということだ。
「危険、だな」
「あぁ? なんっだ──」
ジンの声は途中で掻き消え、肥大化したトロル左腕も収縮していく。
考え事をしながら識域の空隙に差し込んで接近した俺の"無拍子"の一撃によって、彼の思考は寸断されてしまったがゆえに。
「俺の野望にとってさ」
もう聞こえていないジンに向かって、俺は一人言としてそう呟いたのだった。




