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#286 結唱氷姫


(私は皇国で生まれ……)


 両親は知らない。孤児院で過ごしていたのが最初の記憶だ。

 いつから"お姉ちゃん"をしていたかも(さだ)かではない。

 孤児院には年上もいたが、私が色々と面倒を見ていたことが多かった。

 

(貧しい暮らしだった)


 でもそれは皇国では珍しいことではない。それどころか、世界中でも起こっていることだ。

 戦争・魔物・災害によって親を(うしな)う子もいれば、貧困によって親から捨てられる子もいる。自分のように親すら知らないのも珍しくない。


 そして……その世界しか知らなければ、置かれた状況が他者よりも貧窮(ひんきゅう)しているということも自覚することはなく、不幸を感じることもなかった。



(でも孤児院が存続するかは別……)


 満足を知らなければ不満はない。しかしそれとは別に、母体となる孤児院そのものが立ち行かなくなってしまった。

 そこからの選択肢は(ごく)わずかで──院長は、誰かを犠牲にする道をとった。


(私は……自分から志願した)


 それが"お姉ちゃん"の役割だと思ったから。いずれ他の子も時間の問題だったとしても、真っ先に売られるべきは自分だと。

 そうして私は奴隷としてセイマール先生──イアモン宗道団(しゅうどうだん)に買われ、新たな(せい)を過ごすことになった。


 そこで掛け替えのない家族に出会った。

 生意気だけど思いやりのある弟、ヘリオに。

 やんちゃだけど聡明な妹、リーティアに。

 そして私達の運命を変えた、まるで父のような弟──今も隣を歩いているベイリルに。



「仮にも聖騎士の邸宅なのに、慎ましやかだな」


 私は小さな庭園を案内していると、ベイリルが素直にそう口にする。

 確かに数日前に見たカラフの豪邸に比べれば、今ある地位の割に控えめと言っていい。


「ウルバノさんは聖騎士として最低限の体面だけで、他は孤児救済の為に私財を投じてるからね」

清貧(せいひん)()とし、報われぬ子たちに尽くす。ジェーンとも波長が合うわけだな」

「うん、そうかも」


 既に開放されている扉を二人でくぐる。すると入れ替わりに子供達が外へと飛び出していった。


「"至誠の聖騎士"の名に恥じぬ、か」



 ウルバノさんとの出会いは、私が学園卒業後に皇国へと戻り……元あった孤児院がなくなっていたことから始まった。

 私は元あった境遇も相まって、かつてのみんなを探すと同時に孤児を救済することにした。


 フリーマギエンスとシップスクラーク財団は、多種多様な人材を求めている。

 しかしそれが常に在野に転がっているとは限らないし、あるいは既にどこかに所属して才能を発揮している。


 いつだって優秀な人材を見込めるわけではないのならば……? 財団にとって有能な者を自らで育ててしまえばいい。


(教育の重要性は、私が身に染みてよくわかってる)


 モノを知らなければ、選択肢を(つか)むことはおろか、そもそも用意すらされず、状況を判断することだってできやしない。

 私は売られたことで外を知り、ベイリルに教わったことで世界を()ることができた。


 シップスクラーク財団にとっては営利ではあるが、同時に慈善でもある。つまりは誰しもに、選択肢を用意してあげることに他ならない。

 


(そして私は現実と直面した……)


 新たな指針に沿って我が道を進んでいく中で、どうしたって存在する腐敗が私の()(はば)んだ。

 しかしそんな程度で(こころざし)を断念するほど、(あきら)めが悪かったことなどない。


 私は入手した情報や人脈といったシップスクラーク財団の(ちから)を存分に使う中で──ウルバノさんの(ほう)から接触されたのだった。


 事態を常々憂慮(つねづねゆうりょ)している聖騎士とて、皇国に属する以上は立場がある。


 確たる証拠もなければ権力者を弾劾(だんがい)することはできない。

 そんな気を揉んでいた状況で()って()いたのが……私と財団だったのだ。


 財団が持つ情報力と組織力、さらに聖騎士の権限によって、ほんの一部だったとしても腐敗を浄化することに成功したのは大きな意義である。

 そうして私は至誠の聖騎士との知己(ちき)を得て、今でもこうして交流するだけの繋がりがあるのだった。



「ウルバノさん、ジェーンです」


 私は部屋の前に立ってノックをすると、「どうぞ」と穏やかな返事の後に中へと入る。


「ジェーンくん、おかえりなさい」

「ただいま、ウルバノさん──紹介します、弟のベイリルです」

「お初にお目に掛かります、ウルバノ殿(どの)。ベイリル・モーガニトと申します」


「えぇ、ベイリルくん。あなたの話はジェーンくんから兼々(かねがね)うかがっていますよ。その年齢で伯爵位だとも」


 事務と応接を兼ねた部屋にて、メガネを掛けたまま柔和な笑みを浮かべる、(しわ)も目立ち始めたウルバノは私達をソファーへと(うなが)す。


「名ばかり領主です。それに……帝国人ですから、もし皇国と戦争にでもなったら一応は敵対する立場になりますし」

「それでも今はわたしの客人です。どうか(やす)んじて、もてなしを受けてもらいたい」

「はい──では遠慮なく」



 ベイリルの快諾に大きく(うなず)いたウルバノは立ち上がると、手ずからお茶を入れる。

 しかしその動きは……見る者が見れば、明らかに不自然さの残るぎこちなさがあった。


「失礼ですが……具合、よろしくないんですか?」

「えぇ、少しばかり面倒な相手をしてしまいましてね」

「噂で聞いた程度ですが、大層な罪人を相手にしたと──」


 ベイリルはやや前傾姿勢で、ウルバノへとそれとなく問う。


「同じ聖騎士であるファウスティナくんと二人掛かりで、この有様(ありさま)です。わたしもそろそろ、後進(こうしん)に道を明け渡す時期なのやも知れませんね」

「そんなっ!! ウルバノさんは聖騎士を(こころざ)す皆のお手本です。一線を退(しりぞ)くにはまだ早い、かと……」


「そうは言ってもね、ジェーンくん。感覚と肉体のズレは本当に如何(いかん)ともし(がた)いのだよ……昔のようにはいかないさ」


 かつては攻め込んできた魔族相手に、殺戮の限りを尽くして回ったという逸話を持つウルバノ。

 そんな彼も今は人格者として丸くなっただけでなく、寄る年波に(かな)わなくなってくる段階に入っているようだった。



(わたくし)はよろしいかと思います。聖騎士であるばかりが(むく)いることではない」

「ベイリル……?」

「まぁまぁジェーン、余生ってのは大事だよ。むしろ堅苦しい立場がないからこそ……できること、見えてくるものもある」


 ベイリルの物言いに、フッと笑う様子をウルバノが見せる。


「ははは、ジェーンくんから聞いていた(とお)りだ」

「はてさて何をでしょう?」

「気分を害したならすまないね。彼女よりも年下のはずなのに、随分と達観した意見だと思った次第(しだい)だ」

「……様々な苦楽を過ごしてきましたので。人並(ヒトナミ)に、ですが」


 ベイリルがどこか懐かしむように目をわずかに細め、口角を少しだけあげる──それは今までに何度も見たことのある表情だった。

 なにかしらの言及を(かわ)すような時に浮かべるそれ……曖昧(あいまい)に煙に巻く際に浮かべる顔である。



「それとジェーンにも色々と苦労をさせられましたから」

「ちょっ……」


「ほほぅ、それは是非とも聞きたいですね。ジェーンくんの口からだけでは、知れないことも多いでしょうから」

「えっ──」


 思わぬ流れに狼狽(うろた)えつつも、ベイリルは雑談を止めることなく、時間は過ぎていくのだった。





 その日は邸宅に宿泊することなく、ウルバノに見送られてベイリルと共に街中をゆく。

 すると弟は神妙な口調でもって、いきなり真に迫った疑問を私にぶつけてくるのだった。


「なぁジェーン、もしウルバノ殿(どの)と敵対することになったらどうする」

「そんな可能性があるの?」

「無いとはいえない。今すぐでなくとも、いつかはどの国家とも衝突するしな」


 シップスクラーク財団とフリーマギエンス、その目的は"文明回華"。

 "未知なる未来"を見る為にありとあらゆる手段を選択する。

 "人類皆進化"を(おこな)うにあたって、戦争すらも(いと)わず、場合によってはあらゆる手段を推進していくこともあろう。


「その時は……もちろん戦うよ、私は財団員だもん」


 迷いらしい迷いはなかった。それはもう幼少期から刷り込まれたと言っても過言ではないほど、己の中で自然なものだった。

 私だってベイリルが語ったオトギ(ばなし)──"未知なる未来"──を見たい欲求は強い。



「……もしかしてべイリル、だから(あん)にウルバノさんに引退をすすめた?」

「まぁジェーンの今後に(わずら)わせたくないと思ったのは確かだ」

「そっかぁ……わざわざ心遣いありがとう、ベイリル」


 私は一般的な観点からすれば、いわゆる"善性"だ。

 見知らぬ他人でも困っているなら手を差し伸べ、悪が目の前で暴虐を働けばそれを(くじ)くし、正しく平和な秩序を重んじる傾向がある。


「いや、俺の(ほう)こそ改まって礼を言うべきことだ。色々と巻き込んでは振り回してるからな、ありがとう」

「あはは、そういう殊勝(しゅしょう)なベイリルは希少(レア)だねー」


 しかしそういった面は、私の一部分でしかないのだ。

 それを捨て去るのは確かに難しいが、ただそれ以上に優先すべき順位が核として存在する。


「でもね、少ぉしだけ思い違いがあるかな」

「うん……?」

「今も昔も私の一番の原動力はね、ベイリル。ヘリオとリーティアと、みんなの味方であり、みんなを支えることだから──」


 そこだけはどれだけ世界が変わろうとも、私の中で変わることはないのだと断言できるのだった。



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