#20 交渉 II
場所移しながら、俺は自分の先を歩くゲイル・オーラムについて考えを巡らせていた。
未だ掴みどころはないが理性的で柔軟、それでいて油断もなく機知に富んでいる性分。
こんな子供相手でも多少なりとも信を示し、交渉の場へと応じてくれた男。
(そうだ、まずは利用されるのではなく、この際は逆に利用してやるというくらいの気概が要る)
そう心積もる。ゲイル・オーラムという一人の人間に対してどう対応すべきか。
相互利益の道を模索し、"文明回華"の実現化する一助。
危急から好機を掴む為に──どう立ち回るのか、思考の歩みを止めることはない。
「アイツはいけ好かなかったけど、部屋のセンスは嫌いじゃなかったねェ」
応接も兼ねた道士の部屋に入ると、テーブルを挟んだ向かいにそれぞれ座る。
「さって~と、この際は忌憚ない問答を楽しむとしようか」
ゲイル・オーラムは机に足を組んで投げ出し、俺は神妙に言葉を選ぶ。
「ありがとうございます。では……まず前提から言っていいましょう。私が子供なのに、まるで大人のような振る舞いをする理由ですが……」
回りくどい説明をするよりは、まず核心に入ることを優先する。
出し惜しみはしないが嘘は言わないように。
しかしてそのまま言ってはあまりに荒唐無稽な話。どこらへんが露骨にならない着地点だろうかと考えながら……。
「表現しにくいのですが、あえて言うなら……私は"未来予知"ができる──」
ゲイル・オーラムの片眉が上がる。
例によってこちらの抑揚や表情から真偽を判断しているようであった。
「じゃあ明日の天気でも占ってもらおうかな? 狂った宗教の下で狂ってない証明として」
「疑われても仕方ありませんが……事実です。ただ天気や後世の歴史などはわかりません。私は夢で見るという形で、遠い未来の世界──その技術や叡智の一端を知り得ています」
「未来の技術ぅ? ねぇ……?」
疑問符は呈すれど頭っから否定はせず、オーラムはこちらの話に聞き耳をしっかり立てている。
こんな子供の阿呆臭い話であっても、一度話すと決めれば応じる誠実さをこの男は持っているのだ。
俺は彼に対する一定の信用と共に、ゆっくりと話を紡いでいく──
「魔術とは別系統の"科学"と呼ばれるものです」
「……続けたまえ」
「定義は色々ありますが──物事や事象に対し、その原理を解明し普遍的に扱えるようにする学問でしょうか。感覚ではなく理性的に。直感ではなく論理的に。発想と体系化と積み重ねによって、"テクノロジー"を確立させ蓄積していく」
「てくのろじー?」
「それらを総称した言葉です」
広義的に捉えた科学から見れば、魔術も数ある学問の一つに過ぎないと言える。
知識・経験を集積し、分析・応用し、発展・進化させていくもの。ただ魔術は基本的にはイメージで確立されるものである。
その為か個々人のデータとしては、広範かつ細緻に渡り無秩序になっていた。
「例えば──物理学、化学、冶金、工業化、化学肥料、蒸気機関、電気、プラスチック、内燃機関、無線通信、航空機、レーダー、抗生物質、ロボット、コンピュータ、インターネット、原子理論。
素粒子物理学、遠距離通信、遺伝子工学、量子力学、ロケット工学、人工知能、ナノマシン、オーグメンテーション、バイオニクス、サイバネティクス、エキゾチック物質、テラフォーミング──」
俺は思い出し思いつく限りのテクノロジーをとりあえず列挙した。
そして自分の知識で理解できている範囲で──順繰りに骨子部分のみを説明していく。
「えーっとまずは物理学についてですが──」
長く長く──説明し終えるまでゲイル・オーラムは、そっぽを向くことなく聞き続ける。
それゆえについこっちも興が乗ると共に、手応えを感じていく。
「──とまぁ、空に浮かぶ"片割れ星"も人為的に環境を整えることで居住可能にし、さらに宇宙へと進出していくわけでして」
時間を掛けて説明し終えた俺は、緊張した心地のままゲイル・オーラムの反応を待った。
「そのちょくちょく出てきた、"宇宙"ってのはナニかね?」
「天の光は全て星なんです。我々が住む大地や、先ほどお話した片割れ星と同じように──全てを内包した世界こそが宇宙なんです」
「ふ~~~ん」
「人間以外の知的生命体が、あの遠い夜空のずっと先にいるかも知れないと思うと……どうです? 唆られるものがありませんか」
「作り話としては面白いとは思うけどねぇ……けど、正直狂っているとしか言えないかナ。そんなものが交渉材料になると思っていることも、だ」
「狂か真か判断つかないのは承知していますが、私は実現させるつもりです。生涯を懸けて──」
偽らざる本音を宿し、魂を込めた言葉。
狂信者のそれと思われてしまえばそれまでだが、そうはならないという確信に近いものは感じていた。
「生涯ィ?」
「自分は長命種ですから」
俺は半長耳を強調するように髪をかきあげる。
そして最後まで話を聞いてくれた男に対して、曇りなき眼で自信をもって告げる。
「見たくはないですか? "未知なる未来"を……これ以上ない刺激的な人生を──」
これは言うなればプレゼンテーションなのだ、己の可能性を売り込むそれ。
いかにして興味を惹かせて、好奇心を引き出せるか。
最低でも「別に害はないのだから好きにやらせても」と思わせる。
「もう夢物語を信じるような年齢じゃないんだよねぇ」
「夢と浪漫を求めるのに、年齢なんて関係ありませんよ」
スッとその場に立ち上がった俺は、ピッと人差し指を立てる。
「証拠とは言いにくいかも知れませんが、少しだけ俺の小噺も聞いてってください」
そう言って俺は指先に風を渦巻かせる。
「幼少期に予知夢で未来を視てから、俺は考えてきました。もしも魔術を使うなら、火・水・空・地……何が最も活かせるのかを」
「……うん?」
「他にも珍しい属性もあるようですが高望みはせず、使うとしたら空属か地属だろうと決めていました」
「それはなぜかね? と聞いてほしいのだろう」
「お心遣い、ありがとうございます。まず地属であれば、地中にある様々な金属分子を利用できるようになるかも知れない」
「分子ぃ──"原子理論"だったか。物質は微細な粒の集合体で成り立っている、それが合体したのが分子だったねぇ」
よくザックリとした一回の説明だけでしっかり覚えてんな……などと思いつつ、俺は首肯しながら話を続ける。
「そうです、その原子理論。それは空気も同じことが言えます」
「……吸って吐く?」
「はい、今まさに吸って吐いている空気です。実はこの空気、いくつもの別の空気が混じり合っているんです」
「つまり別々の原子やら分子やらってことかな?」
「話が早くて助かります。呼吸に必要な"酸素"というのが約2割、窒素が8割近く、残りは吐いた空気に混じる二酸化炭素とかその他いくつもの細かいものが混合しています」
あくまで元世界基準の大気組成を言っているだけで、実際に異世界でどうなのかは調べようがなかった。
植生豊かな昔の地球であれば、現代とは酸素量などもまったく違っていただろうし、どのみち確かめようがないので参考程度に話す。
「そう知らん専門用語をポンポン言われてもねぇ」
「理解できない相手には説明しませんよ」
「言うじゃあないか」
「ここまでの会話でオーラム殿の頭脳はおおむね把握したつもりなので」
「態度もずいぶん砕けてきたもんだ」
オーラムは悪い気はしないといった様子で笑みを浮かべ、クイクイと顎を動かし俺に話の続けさせる。
「空気中の原子も非常に重要なモノで、大気の流れも含めて操ることができれば様々な応用が効きます。だから俺は空属を選んで修練を重ねました」
「なるほどォ、それで──その知識とやらを活かして可能になったものを、ワタシに証拠として見せたいといったところかネ」
ニッと笑った俺は、魔術を詠唱し自らの姿を保護色として背景と同化させた。
「まずは蜃気楼など大気による光の屈折の再現、続いて空気を振動させて伝わる音の遮断──」
"光学迷彩"に続いて詠唱し、"遮音風壁"の魔術を発動・展開してから、手近に飾ってあった露悪趣味な彫像を床に叩き付けた。
「よぉ~くわかったよ。たしかに透明になり、砕けた音も聞こえない。それも世の原理を知ってるからって言いたいわけだ」
「はい、それと──」
「オーラム様ッ!!」
その直後であった、ノックもなく開けられた扉から犬耳従者のクロアーネが現れ、ギッと眼光冷たく俺を捕捉し山刀を振り上げ襲い掛かってきたのだった。




