#281 神族 II
「そうでしょうとも。神族の方々から見れば……人族も魔族もみな下等と言える種族」
俺の皮肉めいた口調に対し、オルロクは露骨に嫌厭した表情を浮かべる。
「はっきりと言うがいい」
「では、許可を得て発言させていただきます。完結した世界で生きながら、なにゆえに神族は地上へと干渉なさるのか?」
「口が過ぎるな」
嗜められようとも、俺は過言であることを承知で続ける。
「外交官として皇都に派遣されている"代弁者"。麓の"黄昏の姫巫女"と交易。"ハイロード"家の行幸と……オルロク殿ご自身も」
「それ以上半端な見識で語るな、人族」
その見下しっぷりに、俺は緑竜とのやり取りを思い出しながら愛想笑いを浮かべる。
「はっはっは、まぁこちらとしてもある程度は聞き及んでいますから。復権派、維持派、変革派、自然派──」
人差し指から順に一本ずつ立てていった俺は、最後にグッと握り締めて潰す仕草を取る。
神族には神族だけの──神王教の信仰とはまったく異なる──"歴代神王に付随した派閥"があることを、サルヴァから聞き及んでいた。
初代神王ケイルヴが築き上げた栄華を惜しんで、過去の歴史に縋るように、神族を押し上げようとする復権派。
秩序を尊んだ二代神王グラーフの思想を継承し、現状で不足がないのだから不要を求めることなく、現在を保つことを第一として注力する維持派。
かつて最も苛烈に大陸を席捲した三代神王ディアマに倣い、旧態にこだわらずより新たな形に適応し、積極的に世界を支配すべきだという変革派。
四代神王自身を後ろ盾に、流れに逆らうことなく、成り行きのままに生きるべきだとする自然派。
「チッ……元神族を知っているという話も本当か、キサマ」
もはや感情を抑えることができなくなってきたオルロクに対し、俺は臆することなく揺さぶって、言葉を引き出すべく誘導する。
「オルロク殿、貴方は一体どの派閥に属していらっしゃいますか? いえ……わざわざ人領に派遣されて来るあたり、急進派である復権派か変革派でしょうが」
聞き及んでいる限りでは……維持派と自然派は神領でのみ生活し、地上に対しては不干渉を貫いているのだとか。
「さしあたって変革派だったら話が早かったんですがね。なにせ"決闘"には自信があるもので」
争いや裁判においてすら、一対一の勝敗は当人同士──他の何者にも侵さざる神聖な結果だとして──独特の秩序を保ったのが三代神王、武のディアマである。
それは神王教ディアマ派に受け継がれているものとまったく同じであり、神領においてもポピュラーなやり方として通じるはずだった。
「でも、違うでしょう。ケイルヴ・ハイロードの血族と護衛の惨殺の調査、および黄昏の姫巫女の処遇と皇国への対応──その調査の為に参ったのでしょうから」
「よく回る口だ。人族相手に明確な殺意を抱くなど、今までの記憶にはない……」
いよいよもってオルロクの敵愾心が露になるが、五英傑や七色竜と対峙してきたことに比べれば……なんてことはない。
「だが……ふっ、クハッ! ハッハハハハハッハッハッハッハハハハハアハハハ!!」
オルロクが突如として、力の限り笑い始めた情緒不安定さに……俺は一抹の不安を感じ取る。
「だが、だがな。キサマの言っていることはあまりにも的外れだ。"ハイロード"だと? あんなものは紛い物に過ぎず、姫巫女などという単なる飾りに神族が関わると?」
向こうから黄昏の姫巫女に切り込んできたばかりか、さらっと曝露してきた事実。
「あぁぁあああまったく、あんなものは何一つとして、栄光には繋がらないというのに……」
愚痴るように吐き出すオルロクを、俺は下手に茶々を差し挟むことなく静観する。
「それでも徒労をいつまでも……いつまでも、惜しんで、忌々しい──」
(ハイになりすぎたのか……? 赤スライムの許容量にはまだまだ余裕があるはずだが)
ブツブツと虚空を眺めるように呟き続けるオルロクに、さしもの俺も眉をひそめる。
「皇国──そうだ、人族の国を利用するならばもっと、もっと上手く扱うべきなんだ……」
このままでは具体的な実入りが無いと判断し、俺は今一歩踏み込むことを決意する。
「ちょっと、よろしいですかね?」
「うるさい!! 少し黙っていろ! 今、考え事をしてるんだ!」
聞く耳持たずといった様子に、俺は腰を低く……大らかな態度で敵意がないことを示す。
「そういう時は、誰かにはっきりと言葉にして話すと、頭の中が整理されますよ」
「なに……? いや、しかし──」
「それに俺は部外者です。秘密は守りますし、たとえ漏れたとしても誰が信じるというのです?」
「あっ──はあ? あぁ……そう、そうだな。たしかに、たしかにそれも悪くない案かも知れない」
(オイオイ、大丈夫かよ。これじゃ真実か嘘かも判別つかんぞ……)
信憑性が格段に薄れてしまうが……とはいえ、もはや後戻りできる状況でもなかった。
俺はオルロクの正気がさらに失われる前に、早々に核心へ踏み込む。
「ハイロード家の者、というのは偽物なんですか?」
「そうだ、かの血脈などとうの昔に喪失われている。それをわかっていながら、ふ……古い考えに固執して──」
オルロクがまたトリップしそうになるのを、俺は矢継ぎ早に──問い質すように──阻止していく。
「では黄昏の姫巫女に移植したとされる初代神王の瞳も、本物ではないのですね?」
「当然だろう、あれは我々の技術の結晶だが──そも神王ケイルヴが"黄昏色"だったということもい、いま……今となっては疑わしい」
「なるほど。つまり黄昏の姫巫女とは──神王ケイルヴ・ハイロードを再現する為の実験台だと」
初代神王の肉体を模した瞳を移植し、時間を掛けて馴染ませた上で、神領にて最終的なデータを取る。
それまでに被検体自身に魔力が黄昏色の素体を探させると同時に、一族まるごとで素体候補も育てさせていたといったところか。
「……そうだ、無駄なのだ。枯渇した人族などでいくら実験したところで、今までのすべてが徒労なのだ!!」
「自分はそうは思いませんよ、技術とは"枝葉"です。確かにその枝には成らなかったとしても、その途中から伸びた枝に実を結ぶこともある」
「……? そう、なのか……?」
「あるいは、捨てた技術が次なる技術の土台となることもある。枯れ落ちた枝葉が、新たに樹木を成長させる栄養となることもあります」
それは科学的思考における前提の一つである。
発明が別の発明の下地になること、得たデータを違う分野に転用できることはままあることだ。
「それで。"黄昏の姫巫女"はこれからどうなるのです?」
「か、回収だ。その前に……次代の者を選ばねば──」
「重労働のようですが一人で行うのですか?」
「無論だ、他の者は地上になど……行きたがるのは、物好きだけだ」
「オルロク殿はその、物好きだと?」
「そんなわけがあるか!! 持ち回り、なのだ。なぜ、このような、面倒な……重なった──」
するとオルロクは、両手で頭を抱えるように髪を掻きむしり始める。
「しかし、あぁしかし……そんな無為だ。無意味だ。我々がすべきはもっと現実的であるべきだ。今こそ魔法を……新たな魔法を──」
「魔法……?」
「黄昏の姫巫女などどうでもいい。時を遡り、神王ケイルヴ本人を連れてくればいいのだ!! いや、だが魔力が……絶対的に魔力が足りない」
錯綜するオルロクの話題に対し、俺は呆れた半眼をもはや隠す必要性すら感じなくなっていった。




