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#280 神族 I


 黄昏の都市からさらに北へと俺は飛び続け──"神領"へと近付くにつれ──嵐のような激しさが次第に増してくる。


 世界で最も高い神領の山脈──その奥深くへ、好奇心と不安感とを強く……他にいくつもの()()ぜの感情を胸に。

 "六重(むつえ)風皮膜"を(まと)った俺は、暴風雨そのものと同化するかのように、荒天の空を疾駆()け抜ける。


 地面はある程度は(なら)されているようだが、それでもなお(けわ)しき山道を眼下に高度を上げていく。



 やがて一団……どころか、悠然と歩く一人の男を見つけ──俺は嵐に身を任せるように、そのまま一度(とお)り過ぎた。

 ある程度まで進んでから反転し、ゆっくりと遠目からその人物の様子を観察する。


(周辺に他の影も無し、と。たった一人で来るなんてよっぽどの実力者なのか……?)


 あるいは単なる連絡員なのだろうか……暴風雨の中でも男の周囲は()いでいるように静かで、目に見えない結界でも張っているかのようだった。

 陽光には照らされずとも金髪であることは確かであり、神領から来ていることを踏まえても神族なのは間違いない。


(不意討ちかまそうと思ったが、はてさて)


 俺は少しだけ逡巡(しゅんじゅん)してから、心を決めて男の前へと降り立つことにした。



「どーも、はじめまして」

「……」


 嵐の治まる領域内に踏み入った俺に対し、その神族は無表情のまま一瞥(いちべつ)だけくれて淡々と口を開く。


()ね」

「まぁまぁそう言わずに。少しくらい──」

「迷い込んだわけではないことはわかる。()ね」


(聞く耳持たず、か。だがこれは──)


 話し途中でバッサリと叩き斬られつつ、俺は眼前の男に対して一つの確信を得る。

 明らかな不審者であるのに警戒心も悪感情もなく、ただただ興味がないといったその様子。


("長寿病"だな……)


 その(やまい)は単純なもので、長生きしすぎて感覚や精神性が鈍化(どんか)していることに対しての通称名である。

 多くはエルフも代表とする長命な亜人種に見られ、幼少期に住んでいた頃にも何人か見たことがあった。


 娯楽や刺激の少なさから来る、()(おとろ)えた反応の薄さや記憶能力の低下といった症状は……認知症にも似ている。

 

 だからこそ創世神話から生きながらも、確固たる自我を有しているアイトエルは異様なほど稀有であり……。

 同時に俺自身がそうならないよう常日頃心がけていることで、そうならない為の"文明回華"なのだった。



(らち)を明けるのに最も有効な手段は……)


 交渉や誘導尋問は通じまい。暴力や拷問に訴えたところで、はたして鈍化した精神に効くだろうか。

 確実なのは身柄を(さら)って、"読心"の魔導師シールフの元まで運べば情報を得ることができる。


(あるいは──)


 もはや一言(ひとこと)すらなく、こちらの存在を無視して歩き出す神族の男。

 一方(いっぽう)で俺はその場に(たたず)んだまま、羽織る外套(ローブ)の裏で……ベルトバッグに収めた小瓶から"赤"のスライムカプセルを取り出していた。


 続いて俺は手の中で潰して気化させた赤スライムを、周辺の空気へと馴染ませ滞留させる。

 そしてすれ違いざまに男の肺へと取り込まれるように、微風を調節して相手の呼吸に合わせるように混ぜ込んだ。



「っ……!! ん、ゴホッ──」


 神族の男はわずかに咳き込みながら数歩ほど歩いたところで足が止まり、俺は半眼でその後ろ姿を眺める。


(向精神薬がわりだ、長寿病にもはたして効くか──ついでに人体治験にも付き合ってもらおう)


 やがてゆっくりと振り返った男は、(いぶか)しげな表情を浮かべていた。


「どうしましたか、こちらに興味を持っていただけました?」


 俺はすっとぼけながら感覚を鋭敏に集中させ──男から発信される、ありとあらゆる情報を読み取っていく。


「いやはや。すげなく無視された時は、どうしようかとも思いましたが……」


 男の動悸は激しくなり、体温もわずかばかり上昇し、呼吸も不規則に乱れ始め、指先が落ち着きなく動き、表情も強張(こわば)る。

 実用化された"スライムカプセル"の即効性は高く、摂取した際に肉体が順応するまでに出る初期症状が、いくつも垣間見(かいまみ)えたのだった。


「──(ヒト)(ぞく)……迷い込んだわけではない。わざわざ……何が目的だ」


 肉体活性・精神昂揚の効果が如実(にょじつ)に表層化し、無感情から一転して渦巻く心地(ここち)(おだ)やかならず、持て余してるように見受けられる。



「よくぞ聞いてくれました。自分は現役(げんえき)の神族の(かた)と一度、お話をしたいと思った次第(しだい)で」

「……現役?」

「暴走によって魔族と()った、元神族と知人なものでしてね」


 相手がその気になったところで、俺はさらに撒き餌となる情報を与えていく。


「神領についても、ある程度のことは聞き及んでいます。もっとも200年近く前の頃の話ですが」

「名は?」

「自分はグルシアと申します」

「キサマの名じゃない、かつて神族だった男の名だ」

「サルヴァ──サルヴァ・アルレグリカ。知った()でしょうか?」


 それは財団の誇る"大化学者"サルヴァ・イオが、極東に渡ってイオ()の名を貰い受ける以前──

 神領から飛び出したその瞬間に、捨て去った(せい)だと聞いていた。



「覚えはない」

「そう、ですか」


 俺はあるいは知り合いであれば……と、(ほの)かな期待が(つゆ)と消えたことに少し気を落としつつ、さらに言葉を重ねる。


「しかし覚え(・・)ということは、少なくとも200年以上は生きていらっしゃるようで……」

「さて、な。もは……や──何年生きていたかなど覚えちゃいない」


 そう言ったところで、男は何度か大きく深呼吸をし始める。


「ご気分が(すぐ)れないようですが、大丈夫ですか? えっと……──なんとお呼びすれば」

「ッッ……"オルロク・イルラガリッサ"」


「オルロク殿(どの)、よろしければ──」


 ドサクサ(まぎ)れに名前を聞き出せた俺は、介抱(かいほう)すべく近付こうとしたところで(せい)される。


「それ以上近付くな! もういい、落ち着いてきた。人族……グルシアと言ったな」

「えぇ、グルシアで合っています」


 俺は諸手(もろて)()げて無抵抗の意を示しつつ、オルロクの次なる言葉を待つ。



「キサマの真意はなんだ」

「えぇ、それでは……お聞きしたいのは今の神領の状況です、オルロク殿(どの)


 オルロクの細まる眼光を受け流しながら、俺は淡々と説明を続ける。


「人領にてそう遠くない内に大規模な騒乱が起こるでしょう」

「キサマが起こすのか」

「いいえ。帝国の勢いが目覚(めざ)ましく予断を許さぬばかりか、戦争の裏で暗躍するような連中もいましてね」


 俺は財団(じぶんら)のことは棚上げして、いけしゃあしゃあと(のたま)いつつ……オルロクの状態に合わせて言葉を紡いでいく。


「自分はとある商会に属する人間で、戦争で一儲けをしたい。しかしながら神族の方々(かたがた)に介入されるとなると、先々(さきざき)が読めなくなるのですよ」



人族(ヒト)の争いなど、神族(われわれ)の知ったことではない」

「そうでしょうとも。神族の方々(かたがた)から見れば……人族も魔族もみな下等と言える種族」


 俺はサルヴァから聞いた神領の生活を思い出しながら、そう自嘲と皮肉の両方を込めて口にした。


 神領──世界で最も標高のある山脈にて、魔王具"意思ありき天鈴(あしたてんきになぁれ)"による天災で守護された不可侵の土地。

 遠い過去に魔法によって整えられた肥沃(ひよく)な土地を、"自律型ゴーレム"が労働して必要なものを生産し続ける。


 それはある種、究極の共産主義。

 神族は一切(いっさい)働かなくとも、全員が(ひと)しく、ありとあらゆる恩恵を享受(きょうじゅ)する。


 そしてサルヴァ(いわ)く──地上より隔絶された楽園(・・)にして……(とき)の停滞した天獄(・・)であるのだと。


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