#278 黄昏の姫巫女 IV
「っと……おう、いたいた。すぐに護衛を振り切るんじゃねぇよ、フラーナ──って?」
部屋へと入ってきたのは騎士装束に身を包んだ男。
鎧の上に着たサーコートには、姫巫女の護衛の証たる紋章を着けている。
「従兄さん、これは人助けですから勘違いはなさらず。彼の看病をしていたのです」
「あぁそう、だったか……」
守るべき黄昏の姫巫女相手に、随分な無礼な態度とも思ったが……なるほど家族であればそれも不思議はない。
「フラーナ殿の従兄、ですか」
「はい、わたしの従兄妹の兄です。さきほども少し話に触れていた、放蕩の従兄でして……。今はわたしの護衛騎士の一人である"ヘッセン"です」
『……』
俺と護衛騎士ヘッセンは揃って見つめ合い、互いに記憶の中からその顔を引っ張り出していた。
そしてほぼ同時に思い出して声が重なる。
「もしかして……ベイリル、さん?」
「あぁ、あの時の──」
「えっ!? 二人はお知り合いですか??」
はたしてそれは、カエジウス特区のワーム迷宮へ向かう途中で──巨熊から命を救ってやった冒険者であった。
軽く話して食事を共にし合った程度なので、名前までは正直忘れていたが……"ヘッセン"、今度は忘れまい。
「ああ、おれの命の恩人だ」
「それはまあまあ!! 従兄さんを救っていただきありがとうございます」
「いやまぁ、成り行きでしたので」
仲間を殺され、本人もズタボロで死に掛けていたが──まさか黄昏の姫巫女の兄だったとは。
ということは彼自身もかつては姫巫女候補だったということである。
「でも、ベイリル……さん? グルシア……さん? お名前が二つあるのですか?」
「あーーー、すみません。色々と事情が込み入っていて、グルシアもベイリルも俺の名前なんです」
「どちらでお呼びすれば?」
「そうですね、では──ベイリルのほうが親しみやすいので、そちらでお願いします」
「わかりました、ベイリルさん。助けられた時の話も兄さんから聞いていましたが……まさかこのような縁もあるのですねえ」
「まったくです」
本当に青天の霹靂な再会であり、人同士というのは一体どこで繋がっているのかわからないというものだった。
するとその場に跪いて、深々と頭を下げて礼を示すヘッセン。
「あの時は本当にお世話になりました」
「えぇ、お世話してやりました。ということで以後は普通で構わないよ、あの時のように」
「んじゃま。お言葉に甘えて」
そう言って立ち上がったヘッセンは、近くにある椅子に座る。
「しっかし──冒険者稼業からは足を洗い、縁故とはいえ今や姫巫女の護衛騎士とは出生したもんだ」
「まあ仲間も死んだんで頃合だったんでね。他にやることもなかったし、実家に戻った折に家族に尽くすと決めたんだ」
「言っちゃ難だが……護衛騎士が務まるのか?」
「手厳しいなあ。さすがにあんたらに比べちゃアレだが……おれも血反吐にまみれて修練を積み重ねたんだぜ」
確かにあの頃の印象とはかなり違っていて、最初顔を見た時もすぐには気付けなかった。
「そうそう、あれからワーム迷宮はどこまで行けた?」
「制覇」
そう一言告げると、ヘッセンはポカンと口を開け──そしてしばらく思考停止に陥ったようだった。
「ぷっ、くっ──くあっはっはははははは!! さすがだなあ、おい!!」
「詳しくは言えないが、一応ね。カエジウスの手によって内部構造も一新されているから、もう一度挑戦するのもいいのでは?」
「あの時よりは多少なりと通じるとは思うがね……ただ今は、護衛騎士をやっているもんで」
ヘッセンの表情には郷愁と哀悼が込められていた。それは失った仲間に対するものであろうことはすぐ察せられる。
「ところで今は何をしに"黄昏の都市"までやって来たんだ? あんたらはたしかケイルヴ教徒じゃなく──」
「"フリーマギエンス"」
「それそれ、ってこたぁ巡礼で来たわけじゃないよな。歓待屋敷にいるってことは──」
「依頼があってね、今回の神族殺しの事件を調査しに来たんだ」
「へぇ~……手広くやってるんだな、それもシップスクラーク商会ってやつか?」
「今は名実共に財団と呼称しているんでそっちで覚えてくれ」
「はいよ、財団ね。よくわからんけど了解了解」
それまでニコニコと俺たち二人の会話を眺めていたフラーナが、気付いたように従兄へと口を開く。
「そうそう、そうなのです従兄さん。ベイリルさんが仰るには、犯人は別に二人いるそうなんです」
「なに? それは……」
「俺の調査結果です。ただし物証はないですし、犯人も不明で場所も定かじゃない」
「っ……そうか」
どこか落胆したような表情をヘッセンは見せつつ、俺は思わんとするところを推察する。
「なあベイリルさんよ、ちょっと二人だけで話したいことがあるんだが……いいか?」
「それは構わないが……」
ちらりとフラーナへと視線を移すと、彼女はコクリと素直に頷いて立ち上がる。
「ではわたしはいったん席を外しますね」
「すまねえな、フラーナ」
「い~えいえ、お二人とも積もる話があるのでしょう?」
「ちっとだけな、隣の部屋で待っていてくれ」
◇
そうして一時的にフラーナは退席し、俺はヘッセンと部屋で二人きりとなる。
「神妙な話か?」
「なんだか悪ぃな……あいつにはまだ聞かせるわけにいかないんでな」
「言うだけなら無料、聞くだけなら手間のみ。時は金なり、なれど聞かせてもらおう」
俺は営業トークよろしく、軽調子でそう言った。その言葉にヘッセンもいくらか緊張が解けた様子で口を開く。
「フラーナを皇国から連れ出してほしい」
「ふむ……」
俺は特段の驚いた素振りも見せず、冷静にその言葉を受け止める。
「今回の一件はおれを含めて、神族から管理責任を問われるだろう。それは黄昏の姫巫女という立場でも例外じゃあない、神族相手に通じる権威じゃないからな」
「すぐに次代の姫巫女が選出されるか?」
「ああ……そうだろうな、不足でも強引に決めるだろう。だけどフラーナはずっと皇国と神王教の為に尽くしてきたんだ、その結果がコレじゃあんまりだ」
ギュッと握り締めるヘッセンの拳には、感情がこれ以上ないほど込められているのが読み取れる。
(黄昏の姫巫女という象徴を失墜させることは、後々の皇国攻略の足がかりにできる──かね)
その身柄を攫ったことで発生するリスクは決して低くはないが……同時に得られるリターンもそれなりにあるだろうか。
それに魔力を見ることができる能力も、財団が手掛ける研究においてもきっと役に立ってくれるだろう。
「財団ってのは幅広くやってるんだろう? 人を一人運んでくれるだけでいい、簡単なことだろ?」
「まぁ運ぶだけなら──」
(露見しなきゃいいだけだしな……)
バレなければ問題ない、失踪という扱いだけでも十分に通用する。
「フラーナを救ってやりたい。アイツだけなんだ……落ちこぼれだったおれにも、変わらず接してくれてたのはな」
「姫巫女の身柄攫いなんて、企てるだけでも反逆罪でしょうに。それを打ち明けてくれたことは、俺に対する信頼の証と受け取っておく」
「そりゃ、あの時おれは一度死んだようなもんだ。だから一命を預けるくらいの覚悟はあるつもりだ」
真っ直ぐ据わった瞳に虚偽はなく、ただただ信念だけが宿っていた。こうして再会した縁……大事にするのも悪くはない。
「では回りくどい建前はなしにして──財団で受け入れるのはフラーナ殿とヘッセンさんだけでいいのかな?」
「ん、あぁ……やっぱりおれも受け入れてくれるのか」
「ついでだし。シップスクラーク財団はあらゆる人材に活躍の場がある。あと誰かしら世話役がついていたほうが都合が良い」
「わかった、おれとフラーナだけでいい。他の連中は……増えれば増えるほど危険だろう?」
「もちろん。とりあえずの障害は色々と考えられるが──」
"初代神王ケイルヴの瞳"を宿し続けられるのか、その際に発生する弊害はどうなのか。
具体的な方法は──実際の猶予は──他の護衛騎士の処遇──彼女ら一族の進退は──
「さしあたって一番の問題があるな」
「それは、なんだ?」
「フラーナ殿本人にその気があるかどうか」
本人の意思を捻じ曲げるのは憚られるし、連れ出したところで皇国に戻られては元も子もない。
その後の彼女がどうなるかはわかったものでもないし、財団が関与したことが露見してもマズい。
フラーナの世界を広げてやりたい──それは俺も素直に思うところだが、まさか軟禁するわけにも……。
「おれが説得するさ」
「結構なことだが……そう簡単に説き伏せられるとは思えない」
狂信とまではいかないものの、信心深いことは事実。
「──だから俺からも一助しよう」
そう言って俺は懐からフリーマギエンス"星典"を取り出し、ヘッセンへと投げ渡したのだった。
#98【道中一会 II】に出てきたモブ。




