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#276 黄昏の姫巫女 II


「最有力候補──それが捕まったカドマイア・アーティナだったわけですか」


 俺の言及にフラーナは目を伏せながら、同情と憐憫(れんびん)がブレンドされた表情でゆっくりと(うなず)いた。

 少なくとも彼女はカドマイアが犯人ではない、と思っていることは明白であった。


「彼には悪いことをしました。わたしも証拠不十分だし、動機もないと抗弁はしたのですが……」


 カドマイアが捕まった理由は、カラフから受け取った書類に詳細が書き記されてあった。


 要約するに、まず事件当時のアリバイがなく一人でいたということ。

 また神族に怨恨があって犯行に及んだという、根も葉もない動機が取って付けられていたということ。

 そして殺害と死体遺棄に際して、地属魔術士であるカドマイアが最も適していたことが挙げられる。


生贄の羊(スケープゴート)としちゃ、一番条件が整っていたにせよ──)


 カドマイアがメインとして使うのは泥を操作する魔術で、相手の足場を崩して引きずり込むという地味にえげつない戦法。

 それが死体を消したという理由として、犯人扱いするにはおあつらえ向きだったのは運も悪かった。



(まったく"大地の愛娘"じゃあるまいし……掘り返せないほど地底深く引き込めるわけないだろうが)


 実際に周辺を"反響定位(エコーロケーション)"した時の結果も示している。地下百数十メートルまで、人間の死体は存在しない。

 "天眼"で調査した見立て通り、死体を持ち去った人物がいるということだ。

 さらに屋敷内に抜け道といった(たぐい)も存在せず、それなりの人数が詰めていた使用人らは全員の身元に関してはカラフが照会済みである。


 そうなると殺害者共々(ともども)通常の方法で入り込んだということになるのだが……。


(まさか血文字(ブラッドサイン)の"透過の魔導"や、アイトエルの()く"転移魔王具"みたいなのがホイホイあるとは思いたくないな)


 可能性は0(ゼロ)とは断定できないが……それでも非常に低く、他の方法を考えたほうが早い。


(俺とて衛兵がいくら配置されていようが、陽動して一瞬だけ気を逸らせれば……ステルスを使うまでもなく楽勝だろうし)


 いずれにしても、護衛を含めた三人の神族をそれぞれ一瞬で殺したことを考えて、"伝家の宝刀"(クラス)の実力は()して知るべきであろう。



「フラーナ殿(どの)のお察しの通り、真犯人は別にいますよ」

「グルシアさん! 何かわかったのですか!?」

「犯人は二人、殺害した人物と死体を処理した人物がいます」

「殺害……死体……」


 犯人が別にいるということは(なか)ば確信していたのだろう──フラーナはこちらの言葉を繰り返して事実を受け入れる。


「残念ですがさて護衛の神族の方共々(かたともども)、全員死んでいます」

「そう……ですか、ではすぐに下手人の捜索を──」

「いえ、正直それは難しいでしょう。相手はその道の熟達者なのは間違いなく、時間も()ち過ぎていますから」


 それこそとっくに皇国の外に逃げているだろうし、虱潰(しらみつぶ)しで大陸中を巡って探すような真似は不可能だ。



「それになによりも、証拠が俺だけがわかる超感覚によるものなので」

「もしかして……それが魔力の色を見極めたものですか?」

「まぁそうです。"天眼"と言って、ハーフエルフの魔力操作による超強化感覚と言ったところでしょうか」

「……あれっ? それって重要な秘密だったりしました?」

「一応は身近な人間しから知らない秘密です。まぁ知られたところでどうということもないですが」

「それじゃぁわたしもあなたの身近な人間ですね。わたしにもなんでも聞いてもらってもいいですよ?」


 にこっと笑う"黄昏の姫巫女"フラーナに、俺もつられて笑みがこぼれる。


「では僭越(せんえつ)ながら、フラーナ殿(どの)は常に魔力が見えているんですよね?」

「ですよ。それが"黄昏の姫巫女"の役割(・・)ですから」


 眉をひそめる俺に対し、フラーナは穏やかな表情のまま説明をし始める。


「この眼は"初代神王ケイルヴの瞳"なのです」

「ほほぉ……」

「そんなに驚かないんですね、冗談に聞こえました?」

「いえいえ虚言(ウソ)真実(ホント)かは先程も言った超感覚でおおよそ見抜けるので、言葉そのものを疑ってはいませんよ」


 カプランやエルメル・アルトマーといったプロフェッショナル相手でなければ、表情筋・体温・声色・心音・その他の微細な身体反応から察せられる。



「ただ俺はケイルヴ教徒ではないですし、これでもそれなりに波瀾万丈な人生を歩んでいるんで」


 "五英傑"や"七色竜"と会って来たのは伊達(だて)ではない。

 歴史の生き証人たるアイトエルやイシュトの口から語られた創世神話からすれば──

 驚きはすれどオーバーリアクションまではしない。単純に疲れているという一面もあるにはあるが……。


(そもそも本物だという確証がないからな)


 初代神王の遺体ともなれば、確かに現存していても特に不思議はないだろう。

 しかして実際にそのような貴重な存在を、人間に移植したかというと疑問符が残る。

 黄昏の姫巫女にそう信じさせているだけで、実際には似て非なる偽物(パチモン)という可能性のほうがこの際は高い。


 それでも魔力の色をその瞳に(とら)えるという特性はもとより、実際の移植技術については興味深くもあった。



「気になるお話です、グルシアさんの人生」

「そこらへんは(いとま)ができたら、おいおい語りましょうか──それで、初代神王の瞳は魔力の色を見通すことができるわけですか」

「はいそうです。そして"黄昏の姫巫女"の最大のお役目が……黄昏色の魔力の持ち主を探すことにありますから」


 俺は「ふむ……」と右手を顎に添えて考える仕草を取る。


「フラーナ殿(どの)の黄昏色では不足なのですか?」

「わたしの色は近くとも違うのです。これは瞳を受け入れる条件であるのと、自らの色と比較する為の色なんです」


 そもそも魔力の色で何が変わるという話でもある。色によって使える魔術に得手不得手でも現れるのだろうか。

 特定の魔力色を求める、その意味や必要性がよくわからない。神領にそうした知識があるのなら、是非知りたいところだった。


「候補者も実のところ、色が最も近い者を当代の姫巫女が選出します。輩出する家柄が決まっているのも、長年掛けて厳選されたのです──」


(魔力色は遺伝する……まっ、さもありなんな話だな)


 円卓の魔術士第10席の"双術士"──彼女らは魔力を互いに受け渡すことができた。

 それは双子だから()せたことなのだろうし、遺伝的要因が絡むのも理解できる。


 

「この街には"巡礼"で皇国中から様々な人間が(おとず)れますから、その中から近い色の者をお呼び立てして見比べます」

「見つかったらどうなるのです?」

「神領にお(まね)きして、神族の方々(かたがた)が最終的な判断を(くだ)すようです」


 未だにお役目が続いているということは、該当者がいないのか。それとも複数人必要なのだろうか。


「神領に行った者は?」

「わたしの代では8人ほど……」

「少ないですね、およそ二年に一人くらいですか──」

「わたしは歴代の中でもかなり色を見る(ちから)が秀でているらしいので……」

「なるほど、より黄昏色に近い人間を選んでいるというわけですか。ちなみに神領(むこう)へ行った方々(かたがた)は?」

「"神門官"さまのお話では、神領にて(すこ)やかに暮らしていると」



(話に聞いているだけ、か──要するに帰ってきてない。人領(こちら)に帰ってくる気がなくなるほどの場所……とは思えんな)


 俺は元神族であり、当然神領で過ごした時期のあるサルヴァ・イオから、ある程度の内部事情は聞き及んでいた。

 なにぶんサルヴァ本人が出奔(しゅっぽん)したのが200年以上前なので、様変(サマが)わりはしているのだろうが……。


 俺は淡々と現実を突きつけるように、真に迫った問いを黄昏の姫巫女フラーナへ投げ掛ける。


「本当に、幸せに暮らせているとお思いですか?」


 それは彼女自身と、その生き様を(おとし)めるとも言えるものだったが──それでもあえて。

 次にフラーナから最初に返ってきたのは、言葉ではなく柔和で(さと)ったような表情なのであった。




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