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#274 現場検証


 "黄昏の都市"──黄昏の姫巫女を首長とし、神領との接続都市にあたる街だが……栄えている様子はなかった。

 清貧で素朴な……田舎を思わせるような街並であり、とても神領との交易点とは思えないほど。


 ただしそんな街中にも一際(ひときわ)大きく、意匠も(こと)なる建築物がいくつか存在していた。

 それらはどれも神族を迎え入れる為のものであり、その内の一つが俺の目的地でもあった。

 

 俺は専用ではなく一般財団員ローブを身に(まと)い、フードを目深に(くだん)の歓待屋敷まで向かう。


 街中にポツンポツンと点在するだけにわかりやすく、門前に立つ歩哨(ほしょう)へとカラフからの派遣であることを伝えて書状を渡した。

 すると特に問い詰められるようなこともなく、あっさり(とお)されたことに俺はやや拍子抜けする。

 カラフが持つ権威がそれだけ大きいということを、むざむざと見せ付けられたような心地だった。


(まっ、無駄な面倒はないに越したことはないが)


 心中で(つぶや)いた俺は歩みと共に超音波を放ちつつ、"反響定位(エコーロケーション)"によって周辺と地中を探る。

 そのままペースを崩さずに、最も重要なハイロード家が宿泊していた部屋へと足を踏み入れたのだった。



「少なくとも神族の調査が入るまでは、事件現場を保存するという考えはあるみたいだな……」


 ゆっくりと見渡す──乾いた血の匂いと血痕が残っていて、それ以外に荒らされた形跡はない。

 俺はカラフがまとめた報告書を読み進め、部屋内をじっくりと歩きながら探索していく。


 盗まれた物はなく、被害者らが持ってきていたた物品は基本的にそのまま残されていた。

 実際には皇国側も知らない神族の私物があったかも知れないので、絶対ではないものの……。


「床に乾いた血痕が一人分……、確かに致死量かは微妙なラインだ」


 神族とは魔族やエルフや獣人種も含めた、あらゆる人型の祖先である。

 しかしながら異形化したり、耳が尖っていたり、牙や尻尾が生えているわけではなく、基本的な体の作りは人族と変わらない。


 ただ"陽光に照らされると輝く髪"と、同じく"(きら)めく金色の瞳"が神族であることの(あかし)となる。



「──っし、やるか」


 俺は手元の資料を机の上に置くと、自身の魔力を"遠心循環"させていく。

 素肌を晒して全感覚をひたすらに集中させていくのも、昔は数秒と保たなかったが今やかなり馴染んできたものだ。


 "天眼"──俺が使う基本スペックの真骨頂にして奥義。


 魔力強化したハーフエルフの持ちえるすべての感覚から、無意識に取得した情報を、イメージとして脳内に映し出す。

 それはある種の無意識の有意識化。識域下における意思という、相反する要素の同居。


 平面ではなく三次元という高みから世界を俯瞰(ふかん)するように、場に存在するあらゆるものを知覚し掌握する最高級技。


(それぞれの感覚器官は獣人の専門家(スペシャリスト)には劣るが、全てに秀でている万能家(ゼネラリスト)なのは俺だけだ……)


 視覚──通常の可視領域を超えた赤外線や紫外線をある程度まで(とら)え、暗所も遠所も広く見通すことができる。

 嗅覚──犬や熊には及ばないものの、数多くの匂い分子を速やかに判別し、ほんのわずかな異臭も感じ取る閾値(いきち)を有する。

 聴覚──五感の中でも特に鋭く、可聴域の広さは言うに及ばず、気圧の変化や音波の揺らぎをも察知しうる。

 味覚──空気の味を感じ取るほど研ぎ澄まし、他の感覚で得た情報を補強する為に役立てている。

 触覚──大気の流れから周辺の動きを掴むことができ、温度や湿度なども含めて敏感に感じ取ることができる。

 魔覚(まかく)──第六感(シックスセンス)のようなそれを、便宜的にそう名付ける。魔力というエネルギーを皮膚感覚のように理解できるのは、操作に優れたエルフの血を引くがゆえだろう。


(全感覚を統合したがゆえの──俺だけの世界)


 そんな刹那の思考を最後に、俺は"天眼"状態へと没入(ダイブ)する。



 ()えてくる──()えてくる──()えてくる──俺の(すべ)てが理解する。

 現代地球の人間規格であればオーバーフローするだろう情報量も、異世界ハーフエルフの脳は処理できる。


 まずはこれまでに部屋に入ってきたであろう調査人達の情報を遮断しつつ、さらに過去へと(さかのぼ)るように知覚を深めていく。


 俺の中だけに"映し出された血痕"──それは床だけでなく、天井にまで(・・・・・)及んでいた。

 同時に"犯人と思しき人間"が残した足跡と、その動きまでも幻像(ヴィジョン)として浮かび上がってくる。

 


 "天眼"が限界に近付きて()けるまでの(あいだ)に、俺は概ねのことを理解してから困惑する。


(なん、だ……これは──?)


 犯人は2人いた(・・・・)。おそらくは"殺害した者"と……"処理した者"──ただし一緒に来たわけではない。

 殺人者は一直線に向かい、一撃で殺して立ち去ったと見られる。

 そしてその後に来た人物が……血液を含めた痕跡をある程度まで(・・・・・・)消した(のち)に、死体を持ち去った(・・・・・)ようであった。


「被害者はまずもって即死、だな」


 俺は視線を上に移しつつ、脳内にある残像と現況とを重ね合わせる。

 天井に映し出された消された血痕──十中八九、首を一瞬で斬り落としたゆえに噴き出したものだろう。 

 超速で肉体再生した様子もないことから、死んでいることはほぼほぼ疑いない。


(少なくともハイロード家の神族を見つけ出して、真実を証言してもらうことは不可能になったか……)


 しかしそれよりも気になるのは、殺した後に現れた謎の人物。



「おそらく見かけの上でなら……血痕は綺麗さっぱり消せたはずだが──」


 どうやったのかはわからないが、見た目だけなら天井には染み一つなく消え失せている。

 匂いに関しても、"天眼"を発動していない俺には嗅ぎ取れないくらいには……少なくとも消臭してある。


("殺人者"と"偽装者"は協力関係にある……)


 そこに関しては特に疑問を持つ余地はない。バラバラに来たとしても、タイミングが噛み合い過ぎている。


(だがあえて床に血痕を残した意味は──なぜだ?)


 失踪や誘拐ではなく、生死不明の状況が欲しかったのだろうか。

 護衛者の部屋も同じような現場であるのなら……いずれにしてもとんでもない技能の持ち主である。


 不意を討ったにせよ、周囲に悟られることなく潜入し、一瞬で殺害するだけの技能を持った殺人者。

 そして侵入に加えてご丁寧に血痕を消し去り、死体まで誰に気付かれることなく持ち去った偽装者。



「──とりあえず他の現場も確かめてからにするか」





 都合4度も連続的に発動させた"天眼"──俺は精神的な疲労の中で、"固化空気椅子"に座りながら声に出して書類を読み進める。

 そうでもしないと頭の中に入ってこないほど、言語化しにくい困憊(こんぱい)をしていた。


「──そして、えーっと……屋敷の内部には使用人らが。周囲にも衛兵らが詰めていた」


 護衛者らの現場も一様に同じであった。あえて違いを言うなら首を落としたか、心臓を貫いたか程度の違い。

 いずれにしても即死。そして不必要に飛び散った血痕は(ぬぐ)い去られ、死体を運んだ痕も丁寧に消されていた。


 部屋の外の廊下でも"天眼"で観察してみたものの、当然血痕は見当たらず……それ以上に往来が激しすぎて足取りは掴めそうになかった。


「"科学捜査"でもできれば、他にも判明することでもあるんかねぇ──」


 なんだか字もぼやけ、蛇のようにのたくってるように見えてきて、俺は目を(つぶ)って心身を落ち着ける。

 どのみちデータベースなどと照合できなければ、科学捜査した結果も大した役にも立たないかも知れない。

 

(それに異世界で遺伝子検査ができたとして……)


 その上で犯人は別にいると主張したところで、手法が認められていないのだからなんの証拠にもならない。



「──カガクが、なんですか?」


 俺は突如として背後から掛けられた声に、立ち上がりながら振り向く。

 するとそこには金色のサークレットを額につけた女性が、窓の外からわずかに首をかしげて微笑んでいるのだった。



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