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#273 権勢投資会 III


「──ジェーン(かのじょ)の歌だ」

『……えっ?』


 カラフとジェーンの呆気にとられた声が重なる。


「この子の名はジェーンだ──カラフ、お前ならその意味するところわかるよな?」

「ほっ、ほほ……本物ですか?」

「当然だ」


「あの……お嬢さん、もう一度お声をお聞かせいだたいでも」

「あっはい、あらためて……はじめまして、私はジェーンと申します」


 ゆっくりと……非常にゆっくりとした動作でうんうんと、虚空を見つめるように(うなず)いたカラフの口が震えながら開いていく。


「おっ、おぉ……ぉぉぉぉおおおおおおおおおっっ!!!?? 声も姿までお美しいぃいいいいい」


 限界化していきり立ち、天井へ雄たけびをあげたカラフは大急ぎで部屋から出て行ってしまった。



 俺とジェーンが二人して取り残された中で、姉は耳打ちするように疑問符をぶつけてくる。


「えっと……あの……どういうことなの、ベイリル?」

「カラフは裏の世界では連綿と続いてきた有名な"競売請負人(オークショニア)"でな。時と場所を選んで、世界中で様々な希少品──人間をも()りに掛ける元締めだ」


 ありとあらゆる需要(ニーズ)(こた)えるプロフェッショナルであり、需要がなければ(・・・・・・・)産み出す(・・・・)ことすら生業(なりわい)とする。


「あの人がそんな仕事を……それで?」

「何を隠そうカラフ自身もご多分に漏れず収集家(コレクター)であり、あらゆることに対して健啖家(けんたんか)な人生を満喫している」


 アーセン・ネットワークから関わりを持てた人脈(コネ)の中では、もっとも大きな(えにし)と言えよう。

 "権勢投資会"内部においては中流会員なものの、カラフの影響力それ自体は非常に強いものだった。



「しかしそんな世界中の一品(いっぴん)を知る奴にとっても、未知に(あふ)れたシップスクラーク財団はさらに垂涎(すいぜん)モノの(かたまり)だ」

「慣れてると忘れがちになるけど……財団って本当にスゴいんだね」

「俺はそんなありとあらゆる"文化"を、奴に仲介・提供している立場にある。金を出すだけではどうしようもないことも教え込んであり、俺のご機嫌次第なわけだ」

「いいように使われてるんだ、あの人……」


「ナイアブが描いた絵画の飾られた部屋で、市場には一般流通していない音盤(レコード)をすり切れるほど聞きながら、一般流通していない食材で作られた料理と酒を楽しむような男だ。

 多分この部屋以外にも邸宅のどこかに、大切に……それはもう大切に色々と保管してあることだろう。闘技祭で売っていた限定品なんか、それはもう恐ろしい額で買い取ってくれるぞ」


 (ムチ)(アメ)。アーセン・ネットワークから辿り着いたカラフには、最初に立場を理解(わか)らさせた。

 逆らえば死をも含んだ制裁すらありえること。しかして協力するならば、こちらからも"他所で味わえない利益"を提供できるということ。


 ただ単に財団に囲ってしまうと、カラフが財団のノウハウを学んで金を稼ぐことのみに終始し、旨味もそこで終わってしまう。

 よって俺がカラフに対して仲介するのは、財団が保有する通常では入手できない品々(しなじな)である。


 "未知なる未来"へ紡ぎ出すテクノロジーと、織り成す文化こそがカラフの便利な立場をそのままに間接的に支配しうる手段となったのだった。



 そうしてシップスクラーク財団が築き上げた沼にドップリと引きずり込まれたら、もはや後戻りなどできはしない。

 財団の恩寵(おんちょう)なしに無味無臭な人生に戻るなど、カラフという男の欲望を抑え込むには既に不可能なのである。


「カラフにとっても本望だ、ウィンウィンの関係だよ。そして奴が(たしな)むのは美食に娯楽に芸術と──"アイドル"と"ロックバンド"もある」

「うん、もう大体わかったよ……」


 ジェーンは半眼で察してから軽く溜息を吐き、にこやかな笑顔に転じて威圧してくる。


「私をわざわざ皇国に連れてきたのって、この為だったんだ?」

「すまん、言ったら来ないかと思って……」


「はぁ……まったく、もう──しょうがないからいいよ。それにそんな熱心なファンなら、少しくらいサービスしてあげなくちゃいけないし」

「一流のアイドルに育ってくれて、元プロデューサーの俺としても非常に感無量だ」

「まったく、後方腕組みプロデューサーさんは調子いいんだから」



 ともするとドタバタとした足音の後に勢いよく扉を開け(はな)たれ、カラフは肩で息をしながら戻ってきたのだった。


「あ……あの!! ジェーンどの!!」


 その小脇(こわき)(かか)えられたるは音盤(レコード)を入れた上質な桐箱(きりばこ)と……左手には樹脂ペンが握られていた。

 さらに右手をゴシゴシと上質なタオルにこすりつけるサマを見た俺は、釘を刺すようにカラフへと告げる。


「握手券は安くないぞ、それにお前の()しは"リン"の(ほう)じゃなかったか?」

「何を仰います! ベルトランさま!! 二人で一つなのです!!!」

「えっと、あの……ありがとうございます」



「いえいえ、ファンであれば当然の解釈です。最高の仕事をしたなら、握手とリンどののサインもお願いできますか!?」


 そこには(にご)りも(くも)りもない、一人の純粋な熱狂者(ファン)の姿があった。


「ジェーン、どうする?」

「えっと、まぁ……はい。最高の仕事なら私たちも、お(こた)えます」

「ならば、ならばこちらも最高の情報をお約束します。それと最高の音響環境と、料理も最高のものを用意させます。生歌もその時まで──」


「良い意気だ、カラフ。ならば俺も新しいレシピを提供しようか、寝かせてある酒も調達しておこう」

「ほ、本当ですか!?」

「二言はない。それと記念品として、その場で生歌の音盤(レコード)も作るよう手配しておこう」


「ありがたき!! このカラフ……この上ない成果をお約束します!!」


 テンション爆上がりで我を見失いそうなカラフに、俺はカドマイアが実は学園時代にロックバンドのリードギターであったということは伏せたままにしておこうと心に決めるのであった。





 捜査の為に必要な印と情報をまとめた書類を受け取って確認した俺は、大邸宅から外に出たところで隣に立つ姉に問い掛ける。


「俺は支部に戻って情報部宛てに"使いツバメ"を送ったら、すぐに()つつもりだが……ジェーンはどうする?」


 黄昏の街には財団支部がないので、試作TEK装備の"推進飛行機構(スラスターユニット)"を用いた弾道飛行は利用できない。

 あくまで財団の名の(もと)に、機密を保持し信頼できる保管場所があってこそ成り立つ移動手段である。


 とはいえ皇都から黄昏の街は国家間の距離ほど遠くはないし、魔力消費は少なくここまで来れた。

 自力特急飛行の(ほう)こそ慣れたものであるし、今はまだ闘争(ドンパチ)もないだろうから、魔力消耗しても問題はないだろうという算段。

 


「私はウルバノさんの容態が気になるから、"アガリサ"の街に行こうと思う」


 情報によれば"至誠の聖騎士"ウルバノは皇都で治療された後、自らが管轄する教会と孤児院のある街に戻っていた。

 "悠遠の聖騎士"ファウスティナは大監獄へ(ぞく)を移送し、そのまま大要塞に詰めているとのことだった。


「そう言うと思ったから聞いた。道中は……さすがに心配ないかな」

「うん、飛行禁止区域でもお構いなしにステルスで飛ぶベイリルよりは大丈夫だと思うよ?」

「誰にも迷惑掛けてないし、露見しなきゃ犯罪じゃないってもんだ」

「法は法でしょ……」


 やや呆れ顔のジェーンへ、俺はわずかに笑いかけながら考える。

 神族殺しにしても、露見しなければ罪として問うことは非常に難しい。


(あぁそうだ──血痕を残さなければ……護衛もろとも失踪したと見ることもできるわけだし)


 致死量とは断言できないほどの血痕のみを残し、三人もの身柄か死体を(さら)った。

 昏倒させるだけでは駄目だったのか、わざわざ出血させる必要性はあったのだろうか。


 そんな妙なちぐはぐさ(・・・・・)にこそ……何かしらの意図か、あるいはカラクリが隠されているのかも知れない。



「まぁまぁ少し時間掛かるかも知れんが、あとで合流するよ」

「ベイリルはどこへ行くつもりなの?」

「まずは"黄昏の都市"で捜査をする。それから"大要塞"も見ておこうと思う」

「大要塞にまで入り込むつもりなの!?」


「興味が湧いたもんでな。なぁに不法(イリーガル)なやり方なら、ナンボでも潜入(スニーキング)できる得意分野ってなもんだ」



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