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#270 皇都


「皇都"大聖堂"か──いずれはアレを遥かに凌駕(りょうが)する"フリーマギエンス大聖堂"でも建築したいもんだな」


 俺は皇都内でも、"教皇庁"に次ぐ高さと威容を誇る建造物を見上げていた。

 本来であればのんびり観光がてら、一般公開されている内部も見て回りたいところである。

 しかし可及的速(かきゅうてきすみ)やかに遂行せねばならない事案がある為、それはまたいずれのお楽しみにするしかない。



「まだ顔色が(すぐ)れないな、ジェーン」

「うぅ……そりゃそうでしょ、あんな"喋ることもできない移動"なんて」


 俺の隣で肩を落としてついてくる姉は、首を少し傾けて気怠(けだる)さを隠そうとはしなかった。

 それは俺への当て付けの意味もあり、多大なる抗議を含んでいる。


「"大陸弾道飛行"だからな、俺としても制御に集中する上に人一人(かか)えて会話するほどの余裕はない」


 俺達二人は"飛行ユニット"を利用して、大気圏付近まで加速上昇。

 そのまま慣性飛行と微修正を繰り返した落下により、最速で皇国へと到達していた。


 飛行制限がある皇都周辺より少し離れた地面へと、流れ星がごとく()ちて着地。

 空気を歪めてステルス迷彩を(ほどこ)し、皇都の壁を越えて悠々入り込んだのだった。



「それにしたって……飛行酔いなんてだらしないぞ、ジェーン」

「もうっ、あんなのは飛行って言わないの!」


 飛行ユニットはそのままシップスクラーク財団の皇都支部に預かってもらい、身軽になったところで皇国貨幣をいくらか都合してもらった。

 追加で必要な情報を調べてもらった俺達は、脇目を多少なりと振りつつも目的地へと歩を進める。


「それにあんな規格外の飛行なんて、ベイリルにしかできないでしょ。慣れろっていうほうがおかしいってば」

「いやいや、このまま"TEK装備"が発展していけば、いずれは俺だけじゃなく誰もが使えるようになるんだぞ」

「……テック装備?」

地球(アステラ)語で、"Technology(テクノロジー) Enchant(エンチャント) Knight(ナイト)"の頭文字から──魔導科学による、武具・兵器全般を()す」


 フリーマギエンスを(むね)とするシップスクラーク財団にのみ許された、時代の最先端をいく魔導科学を駆る騎士。

 科学と魔術が相互補完し合い、さらには相乗効果で新境地を切り(ひら)く──次世代の多機能兵装である。



「まだ試作品ばかりだがな。あの"推進飛行機構(スラスターユニット)"の試験稼動データも大切な仕事の一つだ」

「自分から実験台になるなんて、ベイリルは偉いね」


「当然さ。ちなみに原理としては……内部に格納された"浮遊極鉄(アダマント)"の磁界が、惑星の磁場と反発することで物体を浮揚(ふよう)させるのを利用している。

 平時は同じく内部にある魔獣メキリヴナの部位である"水流蠕動筋(スポンジ)"に貯留(たくわえ)えた大量の水分によって、重量の釣り合いを取って浮き上がるのを阻止。

 その水を"黄竜由来素材(エレクタルサイト)"に充填された電気で分解し、発生した水素を爆燃させることで噴射加速の為の推進剤にする。

 水分の軽量化と浮遊・上昇に(ともな)い、高高度で重力のくびきから解き放たれたところで慣性飛行に移行、ここからは個人魔術で弾道修正しながら目的地へ。

 最後に浮遊極鉄(アダマント)本体を急速過熱することで、浮揚能力を一時的に減衰させ降下。そうして現行最高峰とも言える超高速移動を実現させたわけだ」


(まっ……それでもイシュトさんの光速移動には一生及ぶまいが)


 俺はそんなことを思いながら、目を細めて薄っすらと笑うジェーンにズバっと刺される。


「すっごい早口だね、ベイリル」

「……好きなことには饒舌(じょうぜつ)になるものさ。ほとんどゼノが説明してくれた内容の受け売りだが」

「いつかはみんなが使えるようになる、かぁ──」



「正直なところでは、相当先にはなるだろうがな。課題は山積みだ──」


 現状では俺の"六重(むつえ)風皮膜"があってこそ成立しているに過ぎない。

 高高度における呼吸の為の空気供給や体温調節。細かい飛来物防護に、爆燃推進や大気摩擦の回避にしてもそう……。

 軌道修正は風によって補完しなくてはならず、降下における減速と着地時のクッションにも空属魔術を使っている。


 さらには位置測定するGPSや弾道計算する補助コンピュータなども当然ない為、自ら目的地を見極めるだけの"遠視"能力も必須。

 無事に到着した後も、時間経過で浮遊し始めるユニットをただちに保管しなくてはならない。


(天空魔術士たる俺にとっては便利なんだがな)


 人間大の大きさを持つ貴重な飛行ユニットも、ステルスで隠して運搬することができる。

 そしてなにより魔力消費も抑えられてエコ。さらには環境にとってもエコである。


(俺のように単独で使いこなせるとすれば……フラウくらいか)


 それでも呼吸に関しては不安が残ってしまうので、結局は俺くらいしか安全に検証運用はできない。



「──未来に()うご期待ってなところでココは一つ」


 財団のテクノロジーは躍進し続け、そこに不可能はないと信じる。


「私もよくわからないまま色々と協力させられたなぁ……」

「氷属魔術はそこそこ珍しいしな。まぁまぁ可愛い妹(リーティア)の頼みだから断れまい」

「そうだね、ついつい甘やかしちゃう──」


 話すジェーンの調子もかなり戻ってきたようで、語気も穏やかに顔色も良くなっている。



 そうして会話しながら揃って歩いている内に──俺とジェーンは、大きな豪邸の門前へと立っていた。


「えっ……ここが目的地、なの?」

「そうだ。緊張はしなくていいよ」


 すると向かって右側の門横にいた衛兵が、俺たちの元へと走ってくる。


「ここは私有地である。いかなる者で、いかなる用事か」

「"グルシア・ベルトラン"だ。お前たちの主人に名前を伝えてくれればわかる」

「……!? 承知しました」


 (いぶか)しげな視線を送りつつも敬語に切り替えた衛兵は、反対側のもう一人の衛兵に合図して邸内へと入っていく。

 残された衛兵は少しだけ近付いたところで、付かず離れず俺達を監視し始めた。



「なぁにその名前?」

「連邦西部の山深くに屋敷を持つ、貿易商さ」


 もちろん偽物(ニセモノ)ながら、確かな経歴を積んである存在──実体としてはシップスクラーク財団の下部組織として存在する万問屋(よろずどいや)

 帝国は伯爵位たる"ベイリル・モーガニト"の名では何かあった時に面倒なので、余所(ヨソ)行きで使う為の立場である。


「連邦西部の屋敷……? って、それもしかして"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の?」

「さすが、よくわかったな。特に再利用はしていないが、書類上はそういうことにしてある」

「色々と動く立場だと、しがらみが多くて大変そうだねグルシアさん」


「楽しんでやってることさ。ちなみに御年148歳のハーフエルフってことになっている」

「随分とサバを読んでるんだ?」

「ただ年を食っているだけでも、多くの相手は目上として接するものだからな」


 見目も若く(たも)っていられる長命種だからこそ可能な、お手軽利点の一つである。

 種族差別などは生まれ持ったものなので仕方ないものの、幸いにもエルフは世界的に見てそこまで排斥(はいせき)されてはいない。


 基本的に──どの国でも圧倒的多数を占める人族よりは、日陰で過ごさねばならない程度である。



「ところで私はどういう立場でいればいいのかな」

「そのままでいいよ、俺がツテを辿って連れてきただけ」

「でもこれだけの邸宅に住んでるってことは、かなり偉い人なんでしょ?」

「まぁそれなりにはな──ただ俺には逆らえない(・・・・・・・・)。今回直接会うことでそれはより強固になる」


 これは言うなれば"サプライズ"でもある。邸宅の主人たる男の驚愕する顔が目に浮かぶようだった。


「ベイリル……悪い顔してる」

「そりゃあもう、強い立場にあるがゆえの愉悦さ。奪った"小児奴(アーセン・)隷供給網ネットワーク"から見出した都合の良いコマだからな」


 ジェーンはその言葉を聞いて眉をひそめる。

 彼女が皇国へ渡って孤児を救う活動をしていた以上、それは当然の反応であった。

 

 姉は聖騎士ウルバノと協力し、皇国の腐敗の一部を明らかにして糾弾(きゅうだん)した。

 孤児と奴隷ではまた身分が違うものの、弱きを助けて悪徳を(くじ)くジェーンには耳聞こえの悪い話。



「気にするな、と言っても難しいだろうが……清濁併(せいだくあわ)()むのが財団の方針だからな?」

「別にぶち壊すようなマネはするつもりはないから大丈夫だよ」

「ならいいが……それに"これから会う奴"は橋渡し役の一人に過ぎず──最初に少しばかり痛手を与えてやって、今は俺の命令で皇国方面を管理している。

 奴も今は"新しい趣味"ができたこともあって、かなり没頭しているようだ。財団が産み出す文化に骨抜きにされて、もう従順ったらない」


 話をしていると、名前を伝えた衛兵と使用人と思しき男が足早に向かってくるのが見える。


「そういえば誰なのか全然聞いてなかったけど……」


「あぁ、皇国は"権勢投資会"の幹部──"カラフ"という名の男だ」


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