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#263 雷音 II


「うんうん"スライム"魔薬(ポーション)、なるほどなるほど」


 高度な回復魔術がなくても強力な回復薬があれば十分に事足りる。

 むしろ即効性に秀でていて、使う者も選ばない薬のほうが迷宮攻略においては有用な場面も多い。


「なんだよ? すらいむって」

「コレだよ、アッシュを蘇生させたトロル細胞があるだろ──を、さらに精製したものだ」


 そう言って俺は腰に括り付けているバッグから、サルヴァ謹製のスライム瓶を取り出した。

 これは従来の魔薬(ポーション)とは違い、少量で劇的な効果を持っている上に、なによりも保存が効くというのが迷宮攻略においてことさら重要となる。

 


「ベイリルくん、ソレです。というか"スライム"って名前なんですか?」

「はい、サルヴァ殿(どの)がこっちに来た時に名付けられたものです」

「誰だよ」

「あーしも知らない」


「私は少し前に一度お会いして知ってます、とっても凄い人物(ひと)でしたよ。医療分野もあの(かた)のおかげで、壁を超えられそうです」


 それもまた、ハルミアが迷宮攻略をしている暇がないと言った理由なのだろうとすぐに察せられた。

 サルヴァ・イオ──化学分野に精通する彼は、これまで積み上げた財団のテクノロジーを飛躍的に高める……さしずめ爆燃火薬のようなもの。


「多分だが開発拠点にいるだろうから、後で紹介するよ。ただしまだ試作段階だから、実用化までは"待ち"だな」


 ちょうどロスタンを実験台にしている最中であるし、安定した品質の為にも時間は不可欠である。



「つーまーりーさ、ハルっちがいなくても回復薬で代用するってこと?」

「そういうことだ。ハルミアさんも壁街(ここ)で、魔薬(ポーション)製作に協力してくれます?」

「私はそれを含めて、色々と学ぶ為に来ましたから。もちろん、ベイリルくんとアッシュちゃんに会うのもありましたけどね」

「クゥゥゥアァアア!」


「そうさな、フラウとキャシーも──リーティアに協力して、ここで時間潰してくれないか?」

「あ~~~リーちゃん、朝にそんなこと言ってたねぇ」

「迷宮探索用に、装備を整えておく必要もあるだろうしな。なんか良案があれば、特注で黄竜素材の装備を作ってもらえるかもだぞ」


「マジかよ、んならいくらでも協力するわ」


 キャシーもかなり強くなった分だけ、既存(きそん)の単なる鉄爪籠手だけじゃ不足しているのか、前のめりな反応を見せる。



「さて──迷宮再踏破に関して、明るい未来が見えてきたが……まだ"キャシーだけ行かせられない"理由がある」

「あ? アタシだけ? なんだよそれ」

「なぜならば……迷宮攻略をするなら四六時中、男と一緒になるってことだ」

「はァ……?」


 半眼になるキャシーに、俺はとくとくと説明を続ける。


「フラウは身持ちが固い。俺以外の男に(なび)くことはもうありえない」

「いぇ~い」

「はいはい、ごちそうさま。つーか男っつってもよ、バルゥのおっさんだろ?」


「バルゥ殿(どの)はいい人だ、しかもこれ以上なくいい男だ、しかも未誓約の身だ。だから俺は心配だ」

「バルゥおじがキャシーに興味示すとは思わんけどね~」

「確かに、少なくともまだキャシーちゃんにはもったいない(ひと)かも知れませんねぇ」


「うっせぇぞフラウ! ハルミアも! 大体それを言うならベイリルとだって今までずっと一緒だったろうが」

「そうだな、俺も日々の中でそれなりにアプローチをしてきたつもりだ──好きだぞ、キャシー」


 キリッと俺なりのキメ顔を作り、純粋(ピュア)真摯(しんし)な瞳をキャシーへとぶつける。



「っな──あ、ぐ……」

「なぁキャシー、お前は俺が嫌いか?」

「この……おま、こんな時に──そりゃ……嫌い、じゃねぇけどさ。でも好きってのもいまいちわっかんねェんだよ!!」

「よしっ、それなら問題ない。ぼちぼち勝負を掛けさせてもらおう」

「はあぁん?」


 ピンッと張り詰めたように、俺は空気を変容させる。


「そろそろ復讐(リベンジ)すべき時なんじゃないか、キャシー。俺が部室棟(カボチャとう)を叩いたあの日、ぶっ飛ばされた時から(かぞ)え続けた因縁を──」

「っんだよ、それって……──負けたら従えってのか?」

「まぁそうなるな、でもそれくらい単純(シンプル)なのが好きだろ?」

「ははっ、そうだけどな!」


 するとキャシーはその場でステップを踏みはじめた。

 猫っ毛ストレート赤髪がやにわに静電気を帯びて立ち上がっていくのを眺めつつ、俺は手を伸ばして制止する。



「いや待て、今すぐじゃない」

「んはぁ? どういうこったよ、アタシは今すぐでも構わないぜ」


 やる気は結構だが、俺としては可能な限りぐうの()も出ない状況を知らしめたかった。


「なぁキャシー、お前が俺やフラウに勝てる状況はなんだ?」

「そんなん……いつでも、どこでも。すぐにも、ここでも」

「俺たちが飛行したら?」

「そん時ぁさ……こうっ! するッ──!!」


 俺の疑問に対してキャシーは雷属加速によって、断絶壁から空中へと飛び出す軌道を(えが)いた。

 バヂンッという空気が破裂する音を残し、直角に空中を疾駆(はし)ったキャシーは──

 なんと俺の後方へと地面をこすって着地し……そのまま勢い余って反対方向へ落ちていく。



『あっ──』


 俺とキャシーの声が重なったかと思うと、すぐにキャシーの落下が止まっていた。

 キャシーの体はふわふわと無重力状態のまま、断絶壁上まで運ばれて着地させられる。


「なにやってんのさぁ、キャシーは向こう見ずなんだから気をつけてよ」


 フラウの呆れた様子に、開き直ったような様子を見せるキャシー。


「はぁ……くっそ、真後ろに回り込んでやろうと思ったのに──バルゥのおっさんみたく上手くいかね」


(間違いない、今のは……)


 はたしてそれはバルゥがインメル領会戦で会得した"空疾駆(そらばし)り"であった。

 水面を走るように……空気にも重さ──質量があるならば、そこを強引に足場にすればいいというトンデモ発想による空中移動法。


 俺も"風皮膜"の余剰分の固化空気を利用した、瞬間的な空中転換として真似させてもらっているモノである。



「なかなかに驚かされたが……まだ練度が足らんみたいだな。初速だけならバルゥ殿(どの)より速いのも原因だろうけど」

「ぬぐぐ──だからって速度を落としたらアタシの持ち味が……」

「というわけで、まともな空中機動ができないと一方的にボコられるわけだ。それもまた実力だし、地上戦に限定してもいいがそれだと手加減感もあって少しばかり納得いくまい」

「じゃぁどうするってんだよ」

「キャシーにとって最も勝率が高い戦法は"開幕速攻"、雷属魔術士の持ち味にして切り札だ」

「まっ、な」


「だが来るとわかっていれば俺もフラウも対処できる、そこで変則"前田光世(マエダミツヨ)"方式を採用したい」

「まぇ……はァ?」


 眉をひそめ首をかしげるキャシーに俺は説明する。



「とある人物が考案したやり方で……壁外町で普通の日常を過ごし、やがてごく自然に出逢(であ)い、ごく自然に決着と相成(あいな)る」

「ふーん、ふんふん」

「そこに"索敵(さくてき)"を加えることで、より実戦的にするわけだ」

「するってーとつまり、アタシがベイリルを先に見っけちゃえば……不意討ちを喰らわせたっていいってわけか?」

「そういうこと。闘争なんてのは、向かい合ってヨーイドンな状況のほうが少ないわけだしな」


 相手の戦力や位置といった情報を先んじて制した者が、絶対的な優位性(アドバンテージ)を確保することができる。

 それこそが闘争でも、戦争においても、狩猟にしたって基本中の基本となる。



「俺もずっと"風皮膜"を張ってたらその分消耗するし、魔力や集中力といった総合的な持久力も試される」


 キャシーには獣人の特化感覚と、電磁波センサーがある。

 同じように索敵に関しては俺も得意分野であり、お互いに全能を懸けた勝負ができる。


「まっ街中の人に危害は加えないってことで。どのみち殺す気でやるわけでもなし」


「……つーかよベイリル、それだと結局オマエは空から探せばいいって話になんね?」

「遮蔽物が多いと隠れられるから、あまり有効な方法じゃない。むしろこっちが捕捉されると、着地に合わせられる可能性もあるしな」


 空気密度を歪めたステルス状態にあっても、キャシーの感覚には引っ掛かるだろう。

 "反響定位(エコーロケーション)"は"大地の愛娘"ルルーテがいるのでやるつもりはないが、どのみち人が多すぎては個人を正確に判別することも難しい。

 


「次──二人が出逢った時に、俺はキャシーに勝って……そしてお前とする(・・)。覚悟しておけよ」

「上等だってぇの」


 ともすると俺とキャシーの(あいだ)に割り込むように、フラウが手を挙げてくる。


「ねぇねぇベイリルぅ、それあーしも参加していい?」

『……』


 俺とキャシーが揃ってフラウへと向いて沈黙する。なぜならば彼女が何を考えているか、すぐに察しがついたからである。


「ひとまずは俺とキャシーの勝負だから、"そんな早い者勝ちで奪うならいいよね?" みたいのは遠慮してくれ」

「ちぇぇっ~~~」

「はっ! ベイリルに勝ったら、次はフラウだから安心しとけ」



「よーーーっし、キャシーは二連勝しないと貞操を守れないわけだ。楽しみだなぁ」

「二連敗したら三人でだな、ハルミアさんが良ければ四人でも……」

「私は大丈夫ですよ」


「オマエら……吐いた言葉は戻せないからな」


 ビリビリと電気を(ほとばし)らせ、キャシーは咆哮()えるように叩きつける。


「よーっく見とけ!! アタシがどんだけ強くなったかをな!!」



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