表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

278/538

#261 霧中の真実


 ──この世界に俺が唯一人(ただひとり)──と思い込めるほどに孤高の時間。

 宇宙と惑星との中間圏に浮かびつつ……俺はすっかり日課と化した魔導の修練に励み、研ぎ澄ましていく。


 そんな星明かりだけが照らす俺だけの世界に、遠慮なく入り込んでくる人影が見える。

 はたしてそれは──青みがかった銀髪をサイドテールに結んだ幼馴染。

 薄紫色の瞳をわずかに潤ませ、片犬歯を口の端から覗かせたハーフヴァンパイアの"フラウ"であった。


 

 俺は重力操作でここまでやって来た愛する女を抱き止め、自然に口付けを交わすと同時に"風皮膜"を付与する。


「あー……おかえり?」

「ん~~~ベイリルって居場所に帰ってくる意味では、ただいま?」

「ハルミアさんとキャシーは地上か」

「うん、ハルっちには悪いけど……あーしだけ先走らせてもらった」


 こんな超高高度まで到達して平然とできるのは、俺を除けば重力魔術を扱うフラウくらいである。



「よく俺の位置までわかったな」

「ベイリルを探すなんてお手のモノだよ、な~んて。どうせ何かあった時の為に支部から遠く離れないのはわかってるし」

「まぁ……それもそうか」


 勝手知られたるフラウには、俺の思考や行動パターンなど当たり前のように筒抜けなのであった。


「それにしてもサイジック領からだと、さすがに遠いねぇ~」 

「おつかれ。俺もなかなか断絶壁(コッチ)を離れられないもんでな」

「いそがしいんだ?」

「まっ成り行き上な──と言っても自分で増やした仕事だし、他にも色々と両立させていかにゃならん」


 そうしてシップスクラーク財団に……少しでも貢献できていると思えばなんてことはない。

 未来への投資を含めて、発展に寄与できることもまた充実感を俺に与えてくれる。


 労働に歓喜(よろこび)を感じるなど、転生前の自分からすればまったくもって考えられないが……これもまた環境の違いと変化であった。



「今はフリーの時間だ、二人っきりで邪魔も入らないことだし……するか(・・・)?」

「いいねぇ~、こんな綺麗でロマンチックな場所でするのなんて初めてだ」


 世界でたった二人だけと錯覚してしまいそうな星空。

 フラウ達と分かれてから、それなりに経っていて俺としても久し振りに人肌が恋しいところだった。 


「でもぉ……その前に、ちょっとだけいい?」

「ん、フラウのペースでいいぞ。俺はお前の為ならなんでも受け入れてやる」


 神妙な表情を見せ、動悸が激しくなるフラウを……俺は(ちから)強く抱きしめて安心させてやる。

 "使いツバメ"の連絡ではほとんど(ふれ)れられてなかったが、恐らくは彼女の記憶に関することだと察する。



「ありがと。本当は言いたくない──けどベイリルなら知りたがるだろうし、知るべきだとわたしも思うから……言うね」


 俺は思わず固唾(かたず)を飲み込む。フラウがそこまで言う、シールフに掘り起こしてもらった過去の記憶。

 

「あの時、わたしたちの故郷が焼かれた炎と血の惨劇の日──ベイリルのお母さんが……"ヴェリリア"さんがいた」

「……っ俺の、母さんが──?」

「シールフせんせも、記憶違いの可能性はまずないって言ってた」


 "読心"の魔導師シールフ・アルグロスは専門家(スペシャリスト)である。

 捏造や勘違いによって凝り固まった記憶と、原記憶との違いをしっかり区別できるほどの超がつく一流。


 だから彼女が間違いないといえば……確かにフラウがその瞳で見て、心脳の奥深くに刻まれていた記憶。

 それがたとえ任意に見せられた幻覚によって記憶したものであっても、シールフは膨大な経験則から実際に見たものか、見せられたものかまで判別がつくらしい。



「ただ……実際にどうしてたかはわからない。もしかしたらベイリルを探しに来てたのかも知れないし」


 フラウはそう言うが彼女自身、薄々は感じていて口にしているのはわかりきっていた。

 そうした可能性は……限りなく低いということを。


「ありがとう、フラウ。つらかっただろう?」

「ん──まぁそこそこ? でも大丈夫」


 フラウも俺を掴む(ちから)をギュッと強くし、心臓の鼓動も落ち着いていくのが耳に届く。


「どっちみち向き合わなくちゃいけないことだったもん。それに……記憶の中で父と母(ふたり)に会えたし」


 確かに()(モノ)が取れたような表情であり、大丈夫という言葉が本音なのも間違いないようだった。


「あと可愛いかった頃のベイリルにも会えた」

「むっ──」

「こんなことなら、もっと早くにシールフせんせに記憶探訪を頼めば良かったなぁ~。正直かなり楽になったよ」

「そっか、まぁまぁなによりだ」


 人間の脳は未解明な部分が多く、また記憶も曖昧なものだ。

 無意識領域を含んだ深層にまで手を届かせるシールフの魔導が、いかに凄絶というものか。

 

 こればっかりは現代科学でも不可能な領域の一つであり、異世界の魔法体系の()せる(わざ)である。



(……にしてもあの日、あの場に母さんが居た──意味か)


 俺はもたらされた思わぬ情報から、冷静に想いを(いた)す。

 あるいは"竜越貴人"アイトエルが既知としながらも、言葉を濁した真相がそこにあるのかも知れないとも。

 少なくとも"アンブラティ結社"の脚本家(ドラマメイカー)がシナリオを書いていたのだから、そこに関わりをも見出せる可能性もある。


「それで……他にはねぇ、な~んもわからなかった! ごめんね」

(あやま)ることは何もないさ、むしろ物事は単純(シンプル)になった」

「どーゆーこと?」

「アイトエル殿(どの)の話では母さんは十中八九、まだ生きている。だから母さんを見つけさえすれば、一気に謎に(せま)れる」


 故郷アイヘルを襲った"炎と血の惨劇"の真実──そしてアンブラティ結社についてもあるいは……。


「少しでも役に立ったのなら、あーしも甲斐(かい)があるってもんだね」



(なぐさ)めはいるか?」

「ん、いる~」


 そう言うとフラウは俺ごと巻き込むように無重力空間を作りだし、俺は圏内に空気を供給する。

 互いに()いだ衣服を(ただよ)わせながら、俺とフラウは素肌で抱き合った。


「落ち着くなぁ~……」

「俺もだよ、久々だから止まれないかも知れん」

「なんでも受け入れたげるよ?」

「そうかそうか、子供でも?」

 


 俺はフッとした笑みと共にそうフラウへと投げ掛ける。


「んぁ~~~……そういえば"ヤナギ"ちゃん? まだ会ってないけど育ててるんだっけ」

「明日の朝になったら起きるだろうから紹介するよ」

「んでモーガニト伯はぁ……自分の子供も欲しくなっちゃったんだ?」

「まぁ半分は冗談だけどな、ただ……ヤナギじゃなくアッシュの(ほう)がキッカケかな」

「アッシュ……? が、どうしたん?」


 白竜イシュトと黒竜が残した一粒種。自身らの分け身とも言った我が子に対する愛情と願い。

 母ヴェリリアを想起させ、その最期を見届けた俺としては色々と考えさせられた出来事だった。


「連絡では黒竜討伐のことしか書かなかったが……色々と積もる話があるんだ」

「そっかぁ、な~んかちょっと哀しげな話っぽい?」

「まぁ、そうだ。フラウは会ってないから実感もないだろうが、明日にでもハルミアさんとキャシーを交えて話そう」


 灰竜の誕生に(たずさ)わった四人、託された想いはしっかりと受け継いでいく必要がある。



「おっけ~。そんで──子供作るの?」

「フラウは欲しいか?」

「デキちゃったら育てたい……と言っても、あーしら学園時代からずっとだし?」

「確かに、いつもとヤってることは変わらんな」


 妊娠したらそれはそれで……という気分ではいたものの、フラウが子を宿すようなことは今までなかった。

 エルフ種とヴァンパイア種──似て非なるその種族同士ではなぜだか子供ができない。


(しかしそれもまた……単に参考とするデータが極端に少ないだけかも知れない)


 長命種の寿命問題にしてもそう、サルヴァ・イオに指摘されてハッとさせられたばかりである。

 さらに言えば俺もフラウもハーフであり、厳密にそのまま形質が受け継がれるとは限らない。


 

「まっさっ、焦ることはないっしょ」

「あぁ……俺たちは長生きだし、仮に不妊問題があったとしてもテクノロジーがなんとかしてくれる」


 医療分野や遺伝子工学をはじめとして、財団が創っていく未来ならば(うれ)いはない。


「うんうん、どうしても今すぐにあーしを(はら)ませたいなら……がんばってね、ベイリル」


 フラウから吐息と一緒にふっと耳へ(ささや)かれ、俺はより一層(たぎ)らせるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ