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#260 大化学者 II


(俺も──ハーフエルフ(せい)500年と生きられるとは限らない)


 不慮の死亡がなかったとしても、日々の生活で無理をしているから寿命は減っているに違いない。

 そもそもハーフでもその程度は生きるという、伝聞で聞き及んでいるだけだ。


 とはいえさしたる不安や杞憂(きゆう)はない──さすがに数百年とあれば、延命の為のテクノロジーも発達するだろうと。


(さらに言えば……サルヴァ殿(どの)によって、それは飛躍的に加速されていく)


 自身が病毒を操り、薬学・化学・生物学に明るい人材。

 それ以上に知識ある大人の研究者であることもまた、この際は大きな恩恵をもたらしてくれると言えよう。



(そうだ、テクノロジートリオにとっても──)


 童心は大切であろうが、リーティアとティータには精神性によって危なっかしい面が見られる。

 ゼノがそういった部分を抑えてはいるものの、どうしたって経験の足りない部分がある。


 他の研究者や技術者に指摘しようにも、若き頭脳へのやっかみが()けて見えて邪魔をしてしまう。

 そういった心情や態度は、スムーズな研究・開発を(とどこお)らせているのも否定できない。


 サルヴァ・イオはそうした老いも若きも、(たば)ねて引っ張っていけるという人材になりうる。

 古き知識や慣習に囚われて(くすぶ)っている年を重ねた、他の部門の研究者達にも幅広くその存在を示せるのだ。


 率先して新たな知識を柔軟に受け入れ、応用する賢者。

 誰よりも知識豊かで、経験を積み上げ、極東で人を統率することにも慣れていて、年齢を理由に嫉妬されることもない。


 テクノロジー開発の旗頭(はたがしら)の一人となれる人物。



「なんにしても、我もいつまで生きられるかわからない。この知識を継承することなく腐らせるのも、もったいないと思った部分もあったわけだ」

「財団内を巡る内に、自由にやれるだけの地位を欲した。それでシールフに会ったと」


 俺の記憶から発掘・抽出した現代知識によるテクノロジー特許まで踏み込んだ部分は、財団における最高機密である。

 一般公開はまだされておらず、現状では財団内の各部門ごとの習熟度から見るアクセスレベルに応じたものが開放される。


 全情報にアクセスできるのは10人にも満たない、極々限られた人間だけである。

 さらには知ったところで理解すらできないのが多々あり、全容の把握などそれこそ俺とシールフくらいなもの。


(しか)り。知識の泉の底に到達した、などと思ったことは人生で一度としてないが……ここまでとは思わなんだ」

「そうですね、水底(みなぞこ)どころではない。膨張・拡張し続ける宇宙(そら)のように果てしない──」


 俺は右手の平を天空へと向けて、少年のような(きら)めきを宿したつもりの瞳で見つめる。


「こことは(こと)なる地球(せかい)が到達した"技術(テクノロジー)"と、今後もたらすであろう進化を想えば……まさに夢が踊り狂う心地だよ、転生者ベイリル」

「魔導と科学──二つの(ことわり)をもって、"人類皆進化"を促し"未知なる未来"を見る。俺も夢がさらに広がった思いです、サルヴァ殿(どの)


 それもまた二重螺旋の系統樹が示す(みき)(みき)であり、この惑星と空に浮かぶ片割れ星のように影響し合うのだ。



「──ところで一つ提案があるんですけど、よろしいですか?」

「言うのは自由だ、受けるかも自由だ」

「では……ロスタンへの実験もありますし、しばらくはこの地にて財団(うち)の研究者たちと歩調を合わせてもらえないでしょうか」

「ふむ──」


 サルヴァは顎に手を当て、俺を値踏みするかのように見据える。


「貴方のような知性ある大人が必要なんです、"あいつら"には」

「さきほど言っていた、科学・技術・魔導科学の者たちか」

「はい、分野は違いますが三人とも最高峰です。お互いに高められることもあるでしょう」


 実際にテクノロジートリオはそうした相乗効果(シナジー)によって、己の能力を伸ばしてきたのだ。


「特にゼノという男は数学に明るいので、あらゆる分野で必ず役に立つ知識のはずです」

「どのみち一度は会うつもりだが、実際にそこで話してみてからだな」

「長期のお(とど)まり、感謝します」

「ふっ──既にベイリルお前の中では決定事項か。だがな、お前にも協力してもらうぞ」


「……俺を、ですか? 正直研究で役に立てることはないかと思いますが」

「自覚をしていないだけだ。地球(いせかい)の知識を自然な形で飲み込んでいるのは、大切なことだ」

「そんなもの、ですかね」

「時に埒外(らちがい)の人間が、違った発想や転換をもたらすもの。ましてお前は異邦人、あちらとこちらと二種類の常識と知識を持っている」

「では微力ながら(ちから)になりたいと思います」



 俺としてもその点については、特に問題も異論もなかった。

 ロスタンへの抑えとしても、しばらくは駐留しておくに越したことはない。

 そもそも俺がいなくてもサイジック領都計画は着実に進むし、モーガニト領もスィリクスがつつがなく運営してくれている。


 フラウ達が気になるところではあるが、連絡も取れているし現状では特に動く事態ではなかった。

 むしろどこか一所(ひとところ)に落ち着いて、ヤナギやアッシュの教育をしていくのが今の最優先事項とも言える。


「危急あらば飛んで行きますが──それでよろしければ」

「構わん、常にいろというわけでもない。それに再生医療のことだけでなく、寄生虫とキマイラについてもお前と語って聞きたかった」


「"女王屍(じょおうばね)"のことですね──トロル幼体を確保したのもあの時でした」


 学園生時代、遠征戦の(おり)に遭遇した寄生虫とトロルを自らの肉体に結合させたキマイラのマッドサイエンティスト女。

 ()となる寄生虫を媒介に、ゴブリンやオークを単純ながらも屍兵軍団として運用していた。


(まかり間違えば世界を滅ぼす──のは、"五英傑(・・・)"がいるから無理(・・・・・・・)として)


 国家の一つくらいは滅ぼしたかも知れない人間災厄。

 もしも彼女が精神性が()れておらず、財団職員として迎え入れられていたなら、遺伝子工学の権威となっていたことだろうに。



「やはり話とは本人の口から聞くのに限る。シールフ程度では足りないのでな」

「読心の魔導でも……そんなものですか?」

「あれは所詮ヒトの記憶を覗いただけのモノだ。実体験に限りなく近いが、実体験では決してないのだよ」

「言いますね」


 俺はなぜだか自分をも(けな)されているように感じてしまう。

 それだけシールフとは記憶を共有し、深く繋がった半身(はんしん)のような存在であるのだと。


「確かな(へだ)たりがそこにはあるのだ。実験一つとっても、思わぬ結果が出てしまうようにな」


 しかし彼が言うことも十分理解できる。価値観の相違というほどでもなく、それもまた真実なのだろうと。



「便利であることは疑いない。ただ……()(おんな)もかつては探究者であったのだから、そこを思い()させてやるべきだろう」


 クイクイッと顎でさされて、俺は首を(かし)げる。


「俺が? ですか」

「他ならぬ一番の理解者以外に、誰が思い出させてやれるというのだ」


 ズッパシと心臓を射抜かれるような想いが俺の中に渦巻いた。


 シールフには"目的"がある。それは今のところ彼女だけの目標(モノ)であるが、実現には一人では無理だろう。

 しかして主導するつもりもないようで、気長にテクノロジーの進歩を待つような様子。


 ただし現行のテクノロジーが(みの)ったところで、シールフの願いが叶う可能性は非常に低いだろうと俺自身は感じているところだった。



(その手掛かりはイシュトさんと緑竜が語った中にあった──)


 だからこそ達成する為には、シールフ自身が立ち上がる必要があるとも考える。

 彼女の想いを遂げさせてやる為にも、俺はこの身をいくらでも(なげう)って構わないくらいに。


(それに俺にも財団にも、恩恵がないわけではない話だし……)


 改まったところで、シールフに伝えるべきことなのかも知れない。

 こうしてサルヴァに突きつけられ、考えさせられた以上は……心を読ませるのでもなく、俺自身の言葉で(・・・・・・・)


「ふっははははっ! なかなかに悩んでいるようだな。もっともそこらへんは我の知ったことではないから、好きにするがいいさ」

「なんというか……また違ったタイプの頼れる大人で──ありがたいです、サルヴァ殿(どの)

「そうだ()めろ、(うやま)え。それで損するということはない……滅多には(・・・・)、な」


 思慮深くも豪快なサルヴァに、俺の表情には自然と笑みが浮かんでいた。

 


「それとだ、ベイリル。お前は化学を魔術に応用するそうだな」

「応用と言えるほど大層な自負はありませんが……まぁ化学に限らず、思いつくものはなんでも取り入れています」

「そういう部分が得難いのだよ。ではさっそくだが見せてもらおうか」

「──構いませんが、多くは戦闘用ですよ?」


 そんな俺の言葉に、サルヴァはゴキリと首を腕を鳴らした。


「専門ではないし気分転換程度だが、我も闘争は(たしな)むクチでな。"紫竜"を真似た強度を存分に味わうといいぞ、"竜殺し"」

「ふゥー……ちなみに病毒も効きませんので、あしからず」


 そう言って"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)った俺と、竜翼を羽ばたかせたサルヴァは、空中戦へと躍り出るのであった。




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