#256 思い伝わるもの
黒と白の姿が消え、地表に噴出したマントルの一部もろとも潜っていき──しばらくして大地は静寂を取り戻す。
「おわり」
「ありがとうございました、ルルーテさん」
「……? うん」
"大地の愛娘"ルルーテは、首を傾けたまま眠るように地面へと消える。
俺がお礼を言った意味もわかってない様子だった、ハイパーウルトラマイペースな五英傑。
逆らうのも御するのも……関わることすら不可侵であるべき存在。
しかし白竜と共に黒竜を永遠の眠りへと誘ってくれたことには、心よりの感謝をしておく。
「──紫に、黒と……白までいなくなるとはね」
目線よりもやや上の空中にいたのは……はたして緑竜グリストゥムであった。
「それにしても最期に加護まで与えていくとは……白も最後に闇黒に当てられて正気を失ったか?」
「いえ、それは──」
「おいヒト、何も喋るな。白がいない今、ボクはおまえなんかと交わす言葉はない」
態度は相変わらずといった様子であり、恐らく今後とも親密に交わることはないだろうに思える。
「ただし、おまえらと違って竜は礼儀を知る。だから……感謝だけはしておく、ヒト」
俺は真剣な面持ちを保って、ゆっくりと深い会釈のみで返した。
("七色竜"──棲む場所や気質こそ、それぞれ違えども……)
それでもやはり世界にたった7柱しか残らなかった真なる同族なのだろう。
彼らには彼らなりの想いがそれぞれにあったということは、よくよくもって知るところである。
ともすると、撫でるような爽風が周辺を包むように吹き始める。
「赤にはボクから伝えておく」
そう最後に言い残したグリストゥムは、緑竜へと姿を変えてはばたきを一つ。
瞬く間に高々空へ舞い上がってその姿を消すのだった。
「──さて……俺たちも戻るか、アッシュ!」
「クゥウウァアアアッ!!」
マントルプルームの衝撃波によって晴れ晴れと、雲一つなくなった青空を望み、俺は新たな気持ちを胸に大地を蹴り出すのであった──
◇
"スーパーマントルプルーム"の余波も治まり、一時避難が解除されたところで俺は洗いざらい話すことにした。
イシュトが白竜だったことも含めて皆に説明し、そして事の顛末についても全てである。
反応は本当にそれぞれであり、付き合いも長くなかったからか驚愕のほうが強く感じられた。
なにせ七色竜が4柱と"大地の愛娘"まで絡んだ、通常考えられないような超事態である。
改めて俺もそんな当事者の一人だったということが、夢見心地とも言ってよいほど。
そうして落ち着いてから──俺は新たな開発の発想提供・調整を含めて、しばらく断絶壁に留まることに決めた。
フラウとハルミアとキャシーらがこっちに来るのには今しばらく掛かるようで、それまでは執務に励む。
俺はソファーに座り、サイジック領とモーガニト領それぞれの報告を読みながら進捗を確認する。
(あの時は考えもしなかったが……"黒竜素材"はもったいなかったな)
時間が過ぎゆくと、そんな非常に打算的かつ台無しなことを考えてしまう自分がつくづく度し難いとも感じる。
しかし一方で、マントルが噴出した残骸によってちょっとした小山が残っていたのだった。
(異世界にも当然ながら鉱山業が存在しているわけだが)
いわゆる下賤な職業に類する為、他国でも魔術士がそういった業務に就くのは非常に稀である。
特に王国などは魔術士は総じて高貴な立場である為に、賤業に対しては獣人奴隷が酷使されていると聞く。
(掘削や補強に換気はもとより、漏出した地下水の処理にも魔術は非常に有用ではあるんだが──)
実際に鉱山業として成り立たせるにはそれなりの実力が必要で、それだけの実力があるならばわざわざ劣悪な鉱山業はしない。
犯罪者奴隷などは反乱や脱走の恐れがあるので、高度契約が為されていない限りは、魔力強化も魔術もなしの生身で従事させるのが基本となる。
よって星の内部奥深くから持ってこられ、地表に剥き出しにされた──言うなれば、"大地の愛娘ルルーテの置き土産"。
それは採鉱に本来掛かる労力と費用を大幅に省くのみならず、鉄以外にも豊富な物質が多いと思われるので、その旨味は計り知れない。
(殲滅された魔領軍もしばらくは攻めて来ないだろうし、今の内に可能な限り採掘して運び込んでおきたいところだな……)
「あっし!」
「クゥゥァア!」
部屋の中ではヤナギがアッシュとじゃれ合っていた。
そして幼灰竜の首元には、白黒の重ね竜鱗が紐によって提げられている。
(まっ……黒竜素材を入手したところで"闇黒"を内包している以上は、すぐに使えるような素材でもなかったか)
アッシュの首にある鱗のみが例外であり、闇黒を撒き散らすようなことはなかった。
魔力感度の高い俺が調べてみても、本当になんの変哲もないただの硬い鱗である。
それでも白竜イシュトの遺言を考えると、何かしらの力が宿っていると考えられる。
俺がもらったであろう"白竜の加護"と同様、簡単に引き出せるようなものではないのかも知れない。
(イシュトさん……一緒に歩んでいきたかったな)
白竜であることを差し引いても、ただただ親しみを覚えられる竜だった。
実利においても生きていればどれだけの利益を、シップスクラーク財団にもたらしてくれただろうか。
黒竜共々仕方がなかったと切り捨て、一切を割り切るにはいささか難しいものがある。
こればっかりは何百年生きようとも慣れるとは思えないし、慣れたいとも思わない。
「死者の蘇生……"命を与える指環"──」
イシュトはアッシュを蘇らせる為に、そんなトンデモ魔王具を探していたと言っていたのを思い出す。
遺体がなければどのみち無理だろうし、魔力も常軌を逸した量が必要と思われる。
(それでも気に留めておくべきか、財団が保有するにせよ他の誰かが持つにせよ──)
色々と想いを巡らせていると、コンコンッとノックが響いてこちらの返事を待たずに扉が開けられる。
「くろー」
「キュァァアアッ!」
すると入ってきたクロアーネへと、ヤナギとアッシュが抱きつくように突撃する。
「はいはい」
優しくヤナギを抱きとめ、肩を止まり木代わりに差し出すクロアーネに俺は声を掛ける。
「クロアーネ、何か火急の用事か?」
「いえ、特段の用事はありません。強いて言うならヤナギとアッシュに会いに来たということで」
「……? そうか」
どことなくよそよそしさを感じるが、俺は特に気にせず書類へと視線を戻す。
「顔色も戻ったようですね、帰ってきた時はなかなかに憔悴していたようですが」
「ん──まぁ、な。やっぱり知人を眼の前で喪失うってのは、なかなか堪えるもんだ。
今回は別に実力不足だったわけでもないし、イシュトさんの意思だった以上は尊重したいところなんだけど」
「貴方に非がないのであれば、気にすることはないでしょう」
クロアーネはただ静かに俺の言葉を受け止め、どうやら励ましてくれているようだった。
「まったくなぁ、今でも窓の外からひょっこり現れるんじゃないかと……思っちゃうくらいだ」
「……そうですね」
あるいはクロアーネは──ヤナギとアッシュに会いにきたのではなく、俺を心配して来てくれたなどと。
「ところで料理、残念だったな。誰よりも年季が入った調理技術──惜しかった」
「いえ……数日程度でしたが学べました。それがわずかであっても、決して無駄にするつもりはありません」
クロアーネの言葉はとても強いもので、同時にイシュトについて彼女なりに思うところがあると感じた。
「そっかそっか。しかしまぁ……短期間だったが、本当に色々あったもんだ。最初はアーセンの始末をつけるだけだったのにな」
「まったくです。こんなにも付き合わされるとは思っていませんでした」
「ありがとう、クロアーネ」
「別に……結果的に学びや発見があったので気にはしていません」
そう口にしたクロアーネはヤナギとアッシュを連れ、自然な様子で俺の隣へと座ってくる。
どういった風の吹き回しかとも思いつつ、彼女もまた整理がついてないのだと察しえた。
クロアーネは他の皆よりもイシュトと深く関わっていた。
そうした人物と永遠に別れるということ、あるいは初めて味わう気持ちであり経験なのかも知れない。
「……その、こういう時にどういう態度を取っていいかわからないのですが──」
「一緒にいてくれるだけで落ち着くよ」
「そうですか、では」
俺は茶化したり冗談めいたことを言わず、流れに身を任せる。
ヤナギとアッシュもいる以上そういう雰囲気にはなるまいし、ただただ落ち着いた心地。
「イシュトさんも財団の仲間として、"未知なる未来"を見たかったもんだ」
俺は書類を置いて、ゆっくりと背もたれに体重をあずけ天井を仰ぎ見る。
「イシュト様は最期……どういうお気持ちだったのでしょうか」
「さてな──俺も誰かを愛することは多少なりと知ったが、それでもイシュトさんの気持ちはきっと彼女にしか理解できないと思う」
「アッシュもいるというのに……」
「子を持ったことはないからわからないが……イシュトさんがアッシュを心から愛していたことは知っている」
「それは……私も感じられましたが」
「その上での決断だった。俺はその意思を尊いと思うし、彼女が信じ託してくれたアッシュを今後も守っていくさ」
クロアーネはアッシュを肩から腕へと誘導しつつ、感慨深そうに口にする。
「……子育て、ですか」
「まっ"親はなくとも子は育つ"、と俺の故郷の言葉にあったし──アッシュは種族としては最強・最長命クラスなわけで。
だから過保護ではなく多様な環境に触れさせてやって、歪まないようにだけ気をつけてやればいいってスタンスは崩さないけどな」
懸念点があるとすれば、アッシュ自身に"闇黒"の素養があるかどうかという部分だった。
黒竜が自身の闇黒によって精神を侵されてしまったのなら、それは灰竜も注意しなくてはならないことである。
「──クロアーネは死なないでくれよ」
なにやら心の中で煮詰めているようなクロアーネに、俺はやや軽調子で口を開く。
「そっくりそのままお返しします。お互いにやり残したまま死んでは……後味が悪いですから」
「そうだな……知識と技術、そして思いもまた受け継いで──次代へと伝えていかなきゃな」
今までに味わったことのない感覚を胸に抱いて、俺とクロアーネはヤナギとアッシュと一緒にゆったりとした時間を過ごしゆくのだった。
四部はこれにて終了です。次は幕間を挟んで第五部となります。
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