#253 大空隙 III
「とりあえずやってみてからでも遅くはないかと──」
そう言ってから俺は、体内の魔力を加速させていく。
魔術が無理なら科学──否、"魔導科学"で対抗すべし。
「アッシュ、離れてろ」
「クゥゥゥアア」
幼灰竜が一定距離をとったところで、俺は胸元より前方へと両腕を突き出した。
「空の流弦が奏で留まるその旋律、凄絶にして第四の雷──」
俺は両の手の平を内側へと向けた掌中に、周囲の大気を圧縮・固定していく。
極一点に凝縮され続けた空気は、気体の状態を越えて電離体へと変化する。
「空六柱操法──"天雷霆鼓"」
純粋な"電離気球"は、イシュトの光球出力には遥かに及んでいないが……生成された物質そのものは魔術ではない。
あくまで圧縮・固定にのみ魔術を介しているのであって、超高密・高熱によって正イオンと電子に分かたれた電磁場は、単なる物理現象となる。
("天道崩し"と同じ──闇黒の特性それ自体によって止められない、ハズ)
非常に限定的な状況ではあるものの……俺が使う一部の魔術の利点は、通常の行程とは違う形で発現させることにあった。
同時にそういった部分は、"科学魔術具"などにも共通する部分でもある。
俺は安定まで留め置いたプラズマ球を右掌中のみで保持し、そのまま両腕を水平に伸ばした。
そうして右腕から肩に掛けて左腕まで続く"黄竜兵装"を、一直線になるように繋げる。
黄竜由来超伝導物質である内部の骨、それを一本芯が通るように左腕を黒竜へと向けた。
"黄竜兵装"を使用することによって、"電離気球"をそのままぶつけるよりもさらに効果的に運用する。
直線状に繋げた"黄竜兵装"の周囲に、俺はさらに絶縁保護の為の"固化空気"を纏わせた。
つまり──プラズマそのものを、超伝導物質による加速と指向性をもって、黒竜へと叩き込むという算段。
電子とは物質を構成する基本要素であるからして、あるいはワンチャン通じてくれればイイな……と。
「ベイリルちゃん、それってもしかして黄のマネ?」
「おいおい、ヒトの魔術ごときが通用するとでも──」
「まっ、未知数ですがとりあえず見ていてくださいよ──"超電子砲"!」
俺は掌握するように電離気球を、右腕側から"黄竜兵装"へと装填した──瞬間、爆ぜる。
膨張した電気エネルギーと熱は、黄竜由来超伝導物質を通じてレーザーのように左腕側から射出されたのだった。
爆音と衝撃と反動は"六重風皮膜"によって受け流され、"プチ雷哮"が黒竜の顔面へと突き刺さる。
「ぉお──!!」
「なっ……ヒトごときが!?」
白竜イシュトと緑竜グリストゥムが、一筋の雷跡の残像と同時に──頭が揺らいだ黒竜に驚いていた。
一方、俺は俺で予想以上に効いたことに驚愕しつつ、怪訝な顔を浮かべる。
(まぁ、通用する分には嬉しい誤算だが……?)
正直なところド派手に気を引かせて誘導の足掛かりにできれば御の字で、痛痒を与えられるとはさほど考えていなかった。
しかしその真相は、俺の肩を止まり木がわりにできず、頭上を旋回するアッシュを見て気付く。
俺は"黄竜兵装"へと視線を移すと、金属部全体が半ば融解し、左腕装甲の先端部に至っては何故か消失していた。
そこで我ながら思いがけないほど冴えた頭で、気付きを得てしまった。
どうして左腕先端の金属だけが消失してしまったのか、そして黒竜にまがりなりにもダメージが徹ったのかと。
("サーマルガン"──!!)
電磁力誘導による"レールガン"や、電磁石誘導による"コイルガン"に類する、電磁加速兵器の一つ。
ただしサーマルガンの原理は、火薬の代替として大電流によるプラズマの熱膨張を利用して弾を射出する兵器。
はからずも肉体保護の為に纏わせた固化空気が、砲身のような役割を果たした。
そこにもって腕と同じくらい太い"黄竜"の骨の一部を、まるごと覆うほどの幅と、厚みを持って連接していた金属の質量弾。
その先端の金属部が負荷に耐えきれずに外れ、膨張・炸裂するプラズマそのものと一緒に、圧倒的な速度をもってぶち込まれたからこその威力だったのだ。
そんな"魔導科学兵器"として新境地が拓けそうな予感に、俺は大いに男の子としての浪漫を胸にときめかせつつも、その辺を考えるのは後でいい。
(もう一発は無理だが……まぁいい、本命は次だからな)
水平にしていた腕を戻そうとすると、各接合部が歪んでいるのか……なにやら矯正ギプスのような状態になっている。
俺は黒竜の咆哮を半長耳で捉えつつ──力尽くで"黄竜兵装"を外しながら幼灰竜の名を呼んだ。
「アッシュ!」
俺は差し出した素の左腕を幼灰竜の止まり木として着地させる。
(黒竜の意識は拙くもまだ残っていると信じよう)
電子砲弾による傷らしい傷は見当たらないものの、衝撃によって咆哮を上げたということは……つまりイラつくだけの感情は残っていると。
あくまで半狂乱状態にあるというだけで、たとえば死した被寄生ゾンビのように何一つ意に介さないわけではないのだ。
(ダメ押しで持ってけ!)
すなわち、感情に訴えかける──理屈を超越した想いこそが心を動かしうると信じて。
「あれがお前の父親だ、アッシュ。思いっきり呼んでやれ、思うさま伝えてやれ。声は俺が届けてやる」
「クゥゥァアッ!」
白竜イシュトは……灰竜アッシュの誕生を感覚的に理解し、そして見つけ出した。
それは己の分け身だからゆえか、あるいはそれ以上に母親としての愛が成せた業かも知れない。
ならば父親は……? 愛した二人の間にできた子ならば、同じことが言えるのではないか。
ゆっくりと俺は右腕を上げると同時に、アッシュも大きく息を吸い込んだ。
そして手の平を前方にかざすように振り下ろすと、幼灰竜の咆哮が俺の"音圧操作"によって一気に拡声される。
『キュゥゥァァァアアアアアアアアア──ッッ!!』
途中までは魔術を介しても、直接的に空気中まで伝播した音は"闇黒"にも減衰されることはない。
一点集中──父親の顔面に音の砲弾として叩き込まれた子供の咆哮。
それは悲痛さというよりは、純粋な呼び掛けのようでいて──はたして黒竜の視線をこちらへと確かに向けさせた。
「アッシュ、でかした!! 」
「さっすがアッシュ! 両親の自慢!!」
「おっぉう、コレいけてるの……?」
黒竜の寸胴じみた超巨体が、同じく巨翼のはばたきと共に浮き上がる。
その黒き瞳は間違いなくこっちを注視していて、遠近感が狂うほどゆっくりに見える飛行で向かってきている。
「よしっ第一段階はイケそうです、イシュトさん!」
「いやぁ~アッシュもベイリルちゃんも連れてきて良かった!」
「とはいえ油断はできません。俺はこのまま、アッシュと一緒に呼び掛けさせ続けるんで……──」
俺はスッと緑竜グリストゥムへと目線を泳がせる。
「ん? ボクの風竜は怯えてるからもう出させないぞ」
「っ──飛行しながら、断絶壁まで持続させるのはまずもって無理なんですが……」
ただでさえ、"天道崩し"と"天雷霆鼓"で魔力を消耗している。
その上で飛行しながら音圧操作の並列作業では、十中八九……辿り着く前に脱落することだろう。
「っていうか白、おまえが乗せてやれよ」
「ん~? わたしが運ぶと光の速さだからムリだよ」
「いやいや、白竜に戻れよ。さすがに黒に追いつかれる速度じゃないだろ」
「それがわたしさ、忘れちゃって……竜への戻り方」
ウインクしながらのイシュトの言葉に数瞬ほど沈黙してから、グリストゥムはそれまで見たことないほど顔を歪める。
「……はぁぁああああ!?」
「何千年も人族として居すぎたからさ~」
「おまえ……ほんっとバカなんだな」
「おかげでわたしは唯一、"人化"したまま"現象化"も使えるし? それに"光輝"って収束させてたほうが使い勝手も良くってさ」
「人に毒されすぎたなあ!」
「それって正直、褒め言葉だねぇ。まぁまぁゼッタイに竜に戻れない、ってこともないんだろうけど……多分何日も掛かるよ」
大きく溜息を吐いた緑竜グリストゥムは、諦観の入り混じった表情で口を開く。
「ちっ……しょうがない。ヒトを背に乗せはしないが──風には乗せてやる」
「ありがとうございます、それなら慣れていますのでなんとか……助かります」
ともすると俺の知らない風によって、この身がアッシュと共に羽根のような軽やかさを得る。
(流石、凄いな──こんな風の使い方もあるのか、またとない機会だし参考にしよう)
そんなことを思いながらも、俺は黒竜との必死の鬼ごっこに尽くすのだった。




